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氷室栞のレビュー — 臭作(ネタバレあり)

氷室栞
氷室栞
本文より設計図を読む人
7.9/10
7.9 / 10

語り手を誰にするか。その一点だけで作品全体を成立させている。

この作品の設計は、「地の文を誰に喋らせるか」という一箇所に全部が集約されている。語り手の「俺」は臭作ではなく、臭作の身体に入り込んだプレイヤーの意識だ。この一つの決定から、共犯構造も、二重人格も、終盤の分離も、全部が自動的に導かれる。設定を足したのではなく、視点を一つずらしただけでこれを作った。正直に言って巧い。ただし中盤の反復は設計の代償として重すぎる。そこを引いてこの点だ。

スコア詳細

プロット構成力 9
伏線と回収 8
ルート・分岐設計 8
テーマの一貫性 8
テンポ・緩急 6
ボリュームと密度 6

この作品について

1998年、elf。粛正音楽学院の女子寮に潜り込んだ偽管理人の話だ。

臭作は本物の管理人志望者「加藤」をパチンコ屋で脅して履歴書を書かせ、その人物になりすまして寮に入り込んだ。潜入から一ヶ月、マスターキーで各部屋に侵入して盗撮を重ね、弱味を溜めてきた。物語が始まるのは仕込みが終わった地点からで、これは構成上まっとうな判断だ。準備段階を描かずに済ませている。

進行はスケジュール制。土曜の午後五時から月曜の朝まで、八人のターゲットを何人落とせるかを問う。手順は様子を窺い→カメラ回収→追い込み→辱めの四段階で固定されている。

私がこれを開いたのは、この作品が「プレイヤーと主人公が別人格」という仕掛けを持っていると聞いたからだ。そういう仕掛けは、大抵うまくいかない。設定として宣言するだけで、構造が伴わないことが多いからだ。この作品はどうか、という興味で読んだ。

入口の三十行で、設計が全部決まっている

オープニングの処理が、この作品でいちばん重要な設計判断だ。

「俺」は、エッチなゲームを起動したつもりでいる。ところが気づけば中年男の身体にいて、喋ると自分のものでない言葉が出る。この認識が地の文で提示される。

もちろん俺はこんな下品な話し方をする人間ではない
まるで咽頭に下品言葉の変換器を搭載してる感じ

ここで注目すべきなのは、作品が「プレイヤーの意識がゲームに入り込んだ」という状態を、超常現象としてではなく、エロゲーをプレイするという行為そのものの言い換えとして提示していることだ。中年男の身体を借りて女子学生を追い込む——それはプレイヤーがこのゲームを起動した時点で実際にやっていることでしかない。比喩ではなく、記述としてそうなっている。

拒否選択肢という仕掛け

そのうえで作品は、開幕直後に「遊ぶのをやめる」選択肢を差し出す。臭作に舌を噛み切らせる。電源を切って外に遊びに行く。中古ソフト屋に売り払う。

もちろんどれを選んでも進行しない。舌を噛ませれば臭作は舌を飲み込んで死なず、電源を切れと言えば「電源を切って外にでも行っちまえ」と挑発される。拒否権を見せておいて、行使させない。

これは構造としてよくできている。「やめられたのにやめなかった」という記録を、ゲーム開始前にプレイヤーへ押しつけているからだ。この十数行がなければ、終盤の「お前も望んだ」という詰め方は成立しない。伏線というより、契約書だ。

八人を並列に置いたことの意味

ヒロイン一人を選ぶ方式ではない。八人が同時に存在し、時間内に何人落とせるかを問う。

構成上の役割分担

七人——渚、香織、志保、千秋、朝美、萌子、綾香——は、構成上は「通過すべき量」として置かれている。これは批判ではなく、機能の記述だ。後述するが、この量がないと終盤が動かない。

ただし綾香だけは別の役割を持っている。この人物は追い込みの対象であると同時に、制限時間そのものだ。偽管理人であることを疑い、月曜の朝に学院長室へ突き出そうとしている。プレイヤーが感じる「時間がない」という圧力は、スケジュール画面ではなく綾香という人物から出ている。システム上の制約を人物に担わせた。これは巧い。

絵里という例外

絵里は八人のうちただ一人、臭作の中にもう一人いることに気づく。「あなたは……誰?」と問われて、地の文が「俺は……誰なのだろう」と返す。

ここで押さえておきたいのは、絵里が特別である理由が最後まで説明されないことだ。血筋も因縁もない。「勘が鋭い」以上の補強がない。設計としては危うい選択だが、この作品では機能している。理由を説明すると、絵里が「そういう役割の人物」になってしまうからだ。説明しないことで、絵里は最後まで「たまたま気づいた一人」でいられる。

評価①:二層構造と、順序の必然性

この作品のシナリオは、同じ出来事を二つの層で持っている。

通常進行では、地の文の「俺」はほぼ観察者だ。臭作が喋り、臭作が動き、「俺」はそれを内側から見ている。両者の区別はつきにくい。意図的につきにくくしてある。

絵里を起点とする裏ルートに入ると、この関係が表に出る。臭作が「俺」に対して命令を下す。

お前に与えられた期限は月曜日の朝まで
——ヤツは俺に女の子達を追い込ませ、いざという時だけ俺と入れ替わるつもりなのだ

ここで初めて、二つの人格が別々の意志を持つことが地の文で確定する。「もしできる事なら、この場で首を絞めて永遠に葬り去ってやりたい気分だ」とまで言う。それまで一体だったものが、読者の目の前で二つに割れる。

なぜ順序が動かせないか

ここが設計の核心だ。この分離は、七人ぶんの加害を通過した後でなければ成立しない。

理由は単純で、先に分離してしまうと「俺」が無罪になるからだ。最初から「これは臭作がやっていることで自分は関係ない」と分かっていれば、プレイヤーは安全な席から見物できる。作品はそれを許さない。区別がつかない状態で七人ぶんを見せ、共犯であることが取り消せなくなってから、ようやく分離を提示する。

そして裏ルートで臭作が突きつける一行が、この順序の意味を確定させる。

あの時のお前は自ら俺の姿となる事を望み、ガキ共を陵辱しまくった

「あの時」が指すのは、通常進行で読者が実際に通過した時間だ。作中の設定ではなく、プレイ履歴を指している。オープニングの拒否選択肢がここで回収される。やめる機会は与えられていた。使わなかった。だから望んだことになる。

この構造を作るために、七人という量が必要だった。三人では軽い。逃げ場を塞ぐには、取り返しがつかないと感じる程度の量がいる。私はここを設計として認める。

評価②:分岐設計と、真ルートの立ち上がり方

分岐の作り方が、この時期の作品としては変わっている。

普通のマルチルートは、ヒロインを選ぶと世界が枝分かれする。この作品は違う。八人が同時に存在し、時間という共通資源を奪い合う。誰を追うかではなく、限られた時間をどう配分するかが分岐になっている。

この形式の利点は明確だ。選ばなかったヒロインが「なかったこと」にならない。追い込まなかった相手は、追い込まれないまま同じ寮に住み続ける。ヒロイン選択式では起きない状態が保存される。

失敗が用意されていること

もう一点、評価しておきたい。この作品には負けがある。香織の追い込みをしくじると、彼女が先回りして警察を呼び、渚・志保・萌子らが足止めをして、臭作は逮捕される。「おさらばする時間にコレもんのアレもんかよぉ」で終了だ。

加害者が無敵ではない、というだけの話ではない。ヒロイン側にも手が残されている、という設計だ。追い込みは一方的な処理ではなく、失敗しうる作業として組まれている。緊張が保たれる理由はここにある。

裏ルートの立ち上げ方

真ルートは、選択肢で選ぶものではない。臭作の計画が終わる午前五時を境に、別の時間が立ち上がる。そこでは「俺」と絵里だけが存在する。過去に戻っているのか、別の場所に閉じているのか、作品は明言しない。

この曖昧さは設計として正しい。ここで仕組みを説明すると、作品がSFになってしまう。この物語が扱っているのは時間旅行ではなく、加害の共犯関係だ。装置の説明は主題を薄める。説明しない判断は、逃げではなく選択だと私は読んだ。

終盤の処理

クライマックスで臭作は「俺」の身体を操り、絵里を壁に押さえつける。「俺の身体がバネ仕掛けの人形のように動き……」。ここで「俺」が出す一行が、全ての伏線の集約点だ。

逃げろ……俺から。

この一行が撃てるのは、①「俺」と臭作が同じ身体を共有し、②別の意志を持ち、③その事実を絵里だけが知っている——という三条件が揃った時だけだ。三つとも序盤から積んである。伏線としては教科書的だが、回収の一行がここまで短いのは見事だ。説明せずに構造を全部見せている。

絵里の応答も対称形になっている。「あなたが私を救う為だけの存在と言うなら、私も、あなたを救う為だけの存在になります」。救う/救われるの関係が反転して閉じる。序盤の「あなたは……誰?」に対する最終回答が、名前ではなく関係で与えられている。ここは巧い。

そして最後、「俺」は元の世界のパソコンの前に戻り、電源に伸ばした指を止める。切れば終わる。切らない。オープニングで「電源を切れ」という選択肢を潰した作品が、最後にもう一度同じ動作を持ってきて、今度は自分の意志で保留させる。入口と出口が同じ動作で対応している。構成として、これ以上ない閉じ方だ。

もったいないのは、中盤の書き方だ

設計は認めるが、その設計を実行する部分の手つきは褒められない。

七人ぶんの追い込みが、ほぼ同一の手順で進む。写真を突きつけ、制服で迎えさせ、同じ順番で進行する。違いは相手の属性だけだ。

先ほど「七人という量が必要だった」と書いた。それは本当だ。だが「量が必要」と「同じものを七回並べる」は別の話だ。手順を変えずに済ませたのは、設計の要請ではなく実装の手抜きだと私は見る。

実際、綾香だけは別系統になっている。写真ではなく倉庫に監禁して物理で押さえ、相手は殺意と侮蔑で対抗する。一人だけ手順を変えられている以上、他の六人も変えられたはずだ。

この反復は、テンポにも密度にも効いてくる。三人目あたりで、読者は次に何が起きるか完全に予測できるようになる。予測できる時間が十数時間続いた後で終盤の分離が来るので、そこまで到達しない読者が出る。設計の巧さが、実装の単調さに削られている。正直、もったいない。

7.9——視点を一つずらして、全部を作った

設計だけを見れば、この作品はかなり上位に来る。

やっていることは単純だ。地の文の一人称を、主人公ではなくプレイヤーに割り当てた。それだけで共犯構造が発生し、二重人格が発生し、終盤の分離と救済が発生する。設定を積み上げたのではなく、視点を一つずらして残りを自動的に導いた。この経済性を私は高く買う。

入口の拒否選択肢を出口の保留に対応させた構成も、狙って組んだものだ。偶然ではこうならない。

引くのは中盤だ。設計上必要な量を、同じ手順の反復で埋めてしまった。骨格は九点、実装は六点、という作品だと思う。均して7.9。

仕掛けものとして期待して読むなら、期待は裏切られない。ただし、その仕掛けが動き出すまでの距離が長い。そこだけは覚悟して入るべきだ。