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伊頭悦子のレビュー(ネタバレ版) — 好き好き大好き!

伊頭悦子
伊頭悦子
この人間、本物っぽかった?
7.0/10
7.0 / 10

この男はダメ。でも、こういう男が実在するのは知ってる。それだけの書き方だった。

クリアしてから読んでほしい、と書いたのはこういうことよ。蒲乃菜の終着点、みるくが最後に言った言葉、莉果が自分に向けた選択——それぞれの場所に、このゲームが「人間ドラマとして面白い」と言われる理由があった。7.0という評価は変わらない。

スコア詳細

主人公の造形 8
ヒロインの魅力 6
キャラ間の関係性 7
序盤の掴み 9
ボリュームと密度 6
テーマ・メッセージ性 6

好きすぎて触れられない——あの場面の正体

もう一本のほうで触れた「できない場面」について、ここで話すわ。

主人公は蒲乃菜を監禁した。ラバースーツで包んで、自分だけの偶像にしようとした。なのに、いざという場面になると「できない」のよ。欲望があるのに体が拒否する。その理由が、偶像化という心理から来ている。

崇拝している対象を汚すことはできない。あの子は「完璧な偶像」だから、近づきすぎたら壊れてしまう。そういう矛盾なの。好きすぎて、手が届かなくなる——という感覚、極端じゃなければ現実でも見てきた。うちのお客さんで、好きな人の前だと声も出なくなる人がいたわ。あそこまで壊れてはいないけど、同じ回路よ。

欲望と崇拝が矛盾するという、普通のゲームならさらっと流すところを、ちゃんと書いた。アタシがこのゲームを「人間として書いてある」と感じた理由の、核心はここにあるのよ。

ED1は、アタシが一番言葉を失ったエンディングよ。蒲乃菜が——ラバーフェチになる。

監禁した側の執着を、監禁された側が引き受けてしまう。被害者が加害者の歪みを自分のものにする。これを「壊れた」と言うのか、「生き延びた」と言うのか、アタシには判断がつかなかった。

もう一本のほうで「最後の方の蒲乃菜には、ちょっと黙ってしまった」と書いたのはこれよ。否定することも肯定することもできなくて、ただ黙ってしまった。人間がどこまで変われるか——変わらされるか——を見せた場面だったわ。

蒲乃菜という子の、本当の終わり方

全11エンドを通して見ると、この子の描かれ方の幅がわかる。

多くのエンディングで蒲乃菜は「閉じ込められたまま」よ。物理的に解放されても、何かが壊れたまま終わる。そのバリエーションが11個ある。脱出するルート、諦めるルート、壊れていくルート——どれも「幸せになりました」で終わらない。

この子を「ただの被害者」として固定しなかった点は、もう一本のほうでも評価したわ。でもED1まで踏み込んで見ると、その確信が更に深まる。この子が最終的に何者になるか——作者がちゃんと考えた結果として、あの終わり方があるのよ。不気味だけど、嘘がない。

みるくという子が、最後に言った言葉

木更津みるくは、主人公の大学後輩よ。明るくて、どこかズレた子。

序盤のみるくは不思議な子なのよ。主人公の異常さを知っていても、平然と関わり続ける。「なぜこの子はそこにいるの」という引っかかりが、ずっとあった。

ED6で、みるくは主人公を刺す。

その時の台詞が「あたしならこんなナイフを使わなくても先輩の全部を、受け入れてあげられたのに」。

この言葉を読んで、アタシはしばらく画面から目が離せなかった。みるくが主人公に向けていた感情は、そういうものだったのか。平然としていたのは無関心じゃなくて、逆だった。

「女の子がここまで追い詰められる前に、誰かが気づかなきゃいけない」——そう思うのが先で、次に「でも誰も気づかなかった、この子の中の何かに」という気持ちになった。みるくルートの薄さへの不満は変わらない。でもあの台詞一本で、この子が何者だったかが全部出た気がするのよ。

莉果が最後に向かった場所

藤堂莉果は、主人公の幼なじみよ。

ED7で、莉果は「これであたしも瑠香ちゃんといっしょ」と言う。瑠香——もう一人の幼なじみで、すでに自ら命を絶っていた子——と「いっしょ」になることを選ぶの。

読んでいてきつかった。喪失した後に、同じ場所に行こうとする選択。感情として理解できるから、余計に。スナックをやっていると、長年の常連が突然来なくなることがある。後から「亡くなった」と知ることが、何度かあった。残された人間が「いっしょに行きたい」と思う気持ち——それを軽々しく言えない。

莉果ルートの密度は薄い、ともう一本のほうにも書いたわ。でもあの台詞は、薄いルートの中で突然重くなる瞬間だったのよ。もう少し積み上げてくれたら、と思う。

7.0——壊れた人間を、壊れたまま書いた

ネタバレ込みで振り返っても、7.0よ。

ED1の蒲乃菜、ED6のみるく、ED7の莉果。全部「救われない」形で終わる。このゲームは、救済を書かない作品なの。壊れた人間を壊れたまま描いて、どこかに連れていってはくれない。

それが嫌だという人の気持ちはわかる。アタシも読んでいてしんどかった。でも嘘がない。人間が実際にどういう壊れ方をするか——その観察が、このゲームには入っていた。主人公の欲望の矛盾、蒲乃菜の終着点の不気味さ、みるくの最後の台詞。どれも「こういう人間がいる」という地に足のついた書き方だったのよ。

それがアタシには一番大事なことなの。

壊れた人間を壊れたまま描くのは、誠実さの一形態だとアタシは思ってる。救済を書かないことが、時に正直になる。このゲームは、そういう選択をした作品だったわ。7.0。

— 伊頭悦子