加藤萌絵のレビュー — 終末の過ごし方

加藤萌絵
加藤萌絵
推しの最期に立ち会う女
7.6/10
7.6 / 10

いろは、「全員眼鏡っ子」をナメてたわたしの完敗。あなたが本命だった。

アボガドパワーズが1999年に出した18禁ノベル。人類滅亡まで残り1週間という世界で、主人公の耕野知裕くんが私立緑山高校で6人の女の子と最後の日々を過ごす。「全員眼鏡っ子」という設定だけ聞いてナメてプレイし始めたわたしの完敗だった。終末ものってキャラが状況の飾りになりがちなのに、この作品は終末を「キャラの内面を引きずり出す圧」として使ってる。とくに天文部の大村いろは。病気を抱えたこの子の行動原理が一度も崩れない造形に、わたしは持っていかれた。属性じゃなくて、ひとりの人間として全員がそこに立っている。主人公の受け身さと全体の短さで点は引くけど、いろはに会えただけでやった価値があった。わたしの評価は7.6。

スコア詳細

ヒロインの魅力 8.5
キャラ間の関係性 8.0
キャラの一貫性 8.0
感動・カタルシス 7.5
主人公の造形 7.0
ボリュームと密度 6.5

滅亡まであと1週間で、わたしは6人の女の子を見ていた

「全員眼鏡っ子」という設定だけ聞いて、ぶっちゃけちょっとナメてプレイし始めたんですよ。

アボガドパワーズが1999年に出した18禁ノベル。人類滅亡まで残り1週間という世界が舞台。国連が全面戦争禁止を宣言し、日本も非常事態宣言を出した中で、私立緑山高校だけは「来たい教師と来たい生徒だけが集まる学校ゴッコ」を続けてる。主人公の耕野知裕くんはそこに通う元陸上部の3年生で、両親は海外出張中で連絡が途絶えてる。彼が月曜から土曜までの6日間、校内を歩いて女の子たちの抱える小さな物語に立ち会っていく。

わたしは終末ものとか雰囲気ゲーって、キャラが「状況の飾り」になりがちで身構えるタイプなんです。世界が滅ぶっていう大きい絵があると、キャラはその前でポーズを取らされてるだけのことが多い。属性で記号化されたキャラが終末の前で泣いてるだけなら即閉じる。

で、結論。ナメてたわたしが悪かった。このゲーム、終末を「キャラの内面を引きずり出す圧」として使ってる。あと1週間で全部消えるという状況が、それぞれの子が抱えてきた本音を否応なく表に出させる。とくに天文部の大村いろは。あの子のために、わたしはこのゲームを覚えておく。

焦るんじゃなくて、静かになっていく終末

この作品の終末は、パニックじゃない。寂しさで満ちていく。

滅亡まで1週間というと、普通は暴動とか略奪とか、世界がぶっ壊れていく派手な絵を想像するじゃないですか。この作品にもそういう描写は背景にある。街中心部は荒れてるし、疎開していく人もいる。でも物語の中心にあるのは、そういう騒ぎじゃなくて、緑山高校という取り残された場所の奇妙な静けさなんです。かつての時間割をなぞって、老教師が淡々と国語の授業を続けて、来たい生徒だけがそれを聞いてる。

ラジオDJのD.J.WALKが「週末まではオマエと一緒」「あと一週間、覚悟キメてるかみんな!?」と毎朝叫ぶのが、止まった時間に拍子をつけてる。この声だけが、世界がまだ動いてることを思い出させてくれる。終末ものなのに焦燥感より寂寥感が前に出てるのが、この作品の手触りで、それが6人の女の子の描き方とぴったり噛み合ってる。騒がしくない世界だからこそ、一人ひとりの本音が静かに聞こえてくる。

攻略の構造はシンプル。校内を歩いて女の子たちと交流して、ある日を境に1人を選んで、最後の日々を一緒に過ごす。それと並行して、選択には関わらないけど物語の中で進んでいくカップルが2組いる。この脇のカップルが想像以上に効いてくるんだけど、それは追々。

6人、全員ちゃんと「立ってる」

先に推しの名前を。大村いろは。このゲームで一番好きになったキャラ。

大村いろは

天文部の幽霊部員で、心臓に病気を抱えてる2年生(事情があって本来は3年)。普段は無表情で、星の話をしてる時だけ生き生きする子。「理由や原因って、重要なモノじゃないの。知ってたって、月の輝きは変わらない。でしょ?」って言う。最初これを「達観した病弱美少女のポエム」だと思ったんですけど、終盤までいくとこの台詞がこの子の行動原理そのものだったとわかる。属性じゃなくて、一貫した考え方を持ったひとりの人間。わたしが推す理由は全部そこにあります。

宮森香織・敷島緑・稲穂歌奈

香織は元カノの清楚なメインヒロインで、「マジメというレッテルに縛られてきた」子。いい子を演じ続けてきた背景が丁寧に掘られてる。は知裕を「ちひろ」「ばーか」と呼ぶ愛想の悪い幼なじみで、図書室で読書論を熱弁する理屈っぽさが本体。歌奈は体当たり挨拶が定番の1年の元気少女で、最初はギャグ要員に見える。でもこの3人、それぞれ終盤に「元気の裏の喪失感」とか「素直になれない子の精一杯の素直」とか、表の属性とは別の本音を見せてくる。表面の属性で済ませてないのが良い。

大塚留希と、固定カップルの面々

養護教諭の留希さんは咥え煙草で「コロスョ?」が口癖の大人の女。助手の竹岡多弘くん、陸上特待生の瑞沢千絵子ちゃん、グラウンドでパンを食べてる謎の年上・松原重久さん。この4人は知裕の選択には絡まないんだけど、留希×多弘と重久×千絵子という2組のカップルが物語の中で並行して進む。これが脇役のくせに刺さるんですよ。詳しくはネタバレあり版で全部語った。

いろはの造形が、属性じゃなくて行動原理だった

わたしの評価基準はひとつ。このキャラを好きになれたか。解釈一致か。

いろはの何が良いって、序盤に置かれた台詞が、終盤の選択にちゃんと繋がってることなんです。火曜の屋上で月の起源説を語ったあとに言う「理由や原因って、重要なモノじゃないの」。これが、この子が終盤で取る大きな選択の伏線になってる。達観したポエムだと思ってたものが、実は一貫した行動原理だった。これに気づいた瞬間、わたしはこの子を完全に推すと決めました。

病気を抱えた子って、エロゲーだと「守られる側」「泣かせるための装置」になりがちじゃないですか。属性として消費される。でもいろはは違う。終盤、この子は守られる側から守る側へ、自分の意志で立場を逆転させる。「みんな、最後に死んじゃえば一緒なのに」と諦めてた子が、能動的に誰かを守ろうとする。この転換が、ちゃんとこの子の中で繋がってる。諦めてたんじゃなくて、感情を抑え込んでただけだったってことが、ここで全部開く。属性キャラには絶対に書けない、行動原理の一貫した転換。解釈一致。これ以上ないくらいの解釈一致でした。尊死。

緑と歌奈も同じ理由で良い。緑は理屈っぽい読書家っていう表の顔と、終盤に白状する一番ベタな幼なじみの恋とのギャップがこの子の可愛さで、ちゃんとそこまで積み上げてる。歌奈は体当たり挨拶っていうギャグが、終盤に愛情表現として回収される構造が完璧。元気の裏に置かれた喪失への恐怖もちゃんと拾ってる。3人とも、終末の前で属性が剥がれて中身が出てくる。ライターがこの子たちをわかってる。

関係性の変化が、終末の圧でちゃんと動いてる

キャラ単体だけじゃなくて、関係性の動き方の話。

このゲームの関係性は、6日間という短い時間の中で確かに変化していく。知裕と緑の「兄妹みたいな幼なじみ」が、ふとした瞬間に異性として意識し合う関係に変わる手触り。香織との「お互いを気遣って傷つけ合った元カノ」の距離が、もう一度近づいていく過程。どれも、終末という「あと少ししか時間がない」圧があるから、ぐずぐずしてられなくて関係が動く。この圧の使い方が上手いんです。時間がないという状況そのものが、キャラの背中を押す装置になってる。

とくに語りたいのが固定カップル2組。重久×千絵子は、ふざけた標語ばかり言う気だるい年上の男と、「私には陸上しかない」と自分を縛る陸上少女のカップル。年の差がだいぶある組み合わせなんだけど、これが解釈一致で完成度が高い。重久が千絵子の逃げてる部分を直球で突くところから、関係が動き出す。一方の留希×多弘は、大人の女と父に反抗心を抱えた男子生徒。このカップルの行き先が、終末ものとして意外な誠実さを持ってて、全カップルを単純にハッピーにしてないんです。キャラを甘やかさない。ここの匙加減に、わたしは「わかってる」を感じました。詳しい顛末はネタバレあり版で全部書いたので、クリアした人に読んでほしい。

Hシーンについても触れておく。わたしにとってHシーンは積み上げた関係の集大成かどうかが全てで、実用性の話はしない。このゲームのHシーンは、全部それぞれのキャラの感情の到達点として置かれてる。とくにいろはのシーンは、この子の抱えてるものを全部含めて抱くという構造になっていて、このキャラにしか成立しない。日常の知裕とHシーンの知裕がちゃんと同じ人間で、急にキャラが別人になる破綻はどこにもない。そこは全シーン信頼できました。

減点は2つ。主人公の受け身と、短さ

褒めてばかりもいられない。引っかかったところもちゃんと。

主人公の知裕くん。観察と内省の人で、地の文のモノローグはちゃんとキャラとして立ってる。終末という状況に対しての独自の考え方を組み立てるところは良い。ただ、ヒロインに対しての動き方が基本的に受け身なんですよ。どのヒロインも、最後は女の子のほうから踏み込んでくる。知裕はそれを受け止める側で、自分から動く場面が少ない。わたしは主人公がヒロインを好きになる「理由」と「動き」が見える作品が好きなので、ここは点を引きます。無個性ではない。内面はある。でも好きになる過程を主人公の側から見せてくれる量が足りない。だから主人公の造形は7.0。

もうひとつはボリューム。全ルート回っても3時間くらいで終わる。短い。いろはがあれだけ立ってるのに、いろはと過ごす時間が圧倒的に足りないんです。6日間という構造上しょうがないのはわかるけど、日常パートの密度が薄いと、キャラの細かい仕草を積む時間が取れない。千絵子の抱えてる過去とか、もっと見たかった子もいる。キャラが良いだけに、もっとこの子たちと一緒にいたかった。この物足りなさで、ボリュームと密度は6.5に留まる。

7.6——いろはに会えただけで、やった価値があった

このゲームを覚えておく理由は、ひとつでいい。

大村いろは。星の話をしてる時だけ生き生きして、「理由は重要じゃない」と言って、最後に大きな選択をするひとりの女の子。この子の行動原理は序盤から終盤まで一度も崩れなかった。属性としての「病弱美少女」じゃなくて、「大村いろは」という一貫したひとりの人間として、終末の前に立っていた。ライターがこの子をわかってる。それだけでわたしには十分です。

緑も歌奈も解釈一致で、固定カップル2組も終末でしか成立しない関係をちゃんと描いてた。終末を派手な舞台装置にせず、キャラの本音を引き出す静かな圧として使ったのが、この作品の一番の強み。減点は主人公の知裕が終盤まで受け身だったことと、全部が短すぎてキャラと過ごす時間が足りなかったこと。だから7.6。満点には届かない。届かないけど、いろはというキャラに会えたという一点で、わたしの中で長く残るゲームになった。終末ものを「キャラが飾りになる」と敬遠してる人にこそ、この6人に会ってみてほしい。