終わる前の一週間に、大人の本音が全部出たわ。
ここでは隠さず書くわ。7年付き合った男に逃げられた留希のこと、その留希に告白する多弘のこと、重久が千絵子の中学時代の先生だったっていう真相、香織が父親のコネで米軍基地に逃げる土曜、いろはが心臓を承知で「君を守ってあげる」って言う夜。この作品の本当の中身は、子供たちの恋より、大人の事情のほうにあったとアタシは思ってる。終末っていう極限で、人がどう寄り添って、どう逃げるか。それがちゃんと描けてたから7.2なの。
大塚留希——この失恋の話、アタシのカウンターで何回も聞いたやつだわ
本作で一番アタシに刺さったのは、攻略ヒロインの誰でもなくて、保健室の養護教諭・大塚留希の失恋話だったの。
留希っていうのはね、咥え煙草で軽口ばかり叩いてる、一見すると豪快な大人の女よ。でもこの人、7年付き合った医者の男にフラれてるの。しかもその男、2ヶ月前に院長の娘と婚約してるのよ。玉の輿狙いか、最初から留希を踏み台にしてたか、どっちにしてもね、この男はダメ。アタシ、こういう話を30年カウンターで何回聞いてきたかわからない。長く付き合った相手が、上の家の娘に乗り換えて、それまでの女には何も言わずに消えていく。本当によくある話なのよ。よくある話だからこそ、聞くたびにこっちが腹が立つの。
留希がね、外科医を志した動機を多弘に明かす場面があるでしょう。「キミの志望動機よりも低俗よ」って前置きしてから、その男と同じ大学に入りたかったから医者を目指した、って白状するの。アタシ、ここでため息が出たわ。男のために進路まで決めた女が、その男にこういう終わり方をされる。この子、もうちょっと自分のために生きなさいって言いたくなったのよ。でもね、本人が一番それをわかってるの。だから「もう動機も無いのに、最後にお医者さんゴッコがやってみたくなった」って言いながら、終末発表後に元彼の病院から医薬品をブン捕ってきて、保健室で医院ごっこをしてる。これ、強がりよ。年季の入った、痛々しい強がり。
こういう女、いるのよ。本当にいるの。失恋を笑い話にして、自分が傷ついてることを認めない。認めたら立ってられなくなるから、軽口で蓋をしてる。アタシのカウンターにも、そういうお客さんが何人もいたわ。留希の咥え煙草と「コロスョ?」っていう冗談は、そういう蓋なのよ。それがわかった瞬間に、アタシはこの作品の作り手を信用したの。大人の失恋を、ちゃんと大人の失恋として描けてる。これは若い書き手にはなかなか書けないことよ。
竹岡多弘——年下の男が、最後に大人の側に立った
その留希に告白するのが、助手の多弘っていう男子生徒なの。この子の話も、書いておかなきゃいけないわ。
多弘はね、留希に「少年」って呼ばれて反発してる、まだ子供の男よ。でもこの子も家の事情を抱えてるの。母親が、多弘が小さい頃にノイローゼで自殺してる。強迫性障害だったらしいんだけど、金儲け優先の父親が母親を顧みなかったせいで壊れていった。しかも父親は世間体のために、母の死を「事故死」だって発表したのよ。この父親もダメな男ね。妻が壊れていくのを放っておいて、死んだら体面のために嘘をつく。多弘が医者を志した動機が「反抗するためだけ」っていうのも、わかるわ。傷ついた子供が、傷ついたまま大人になろうとしてる。
水曜の夕刻、留希が元彼の話を吐き出した直後に、多弘が思わず留希を抱きしめるのよ。「センセー、オレ…」って言葉に詰まる。あの衝動、アタシは責められないの。傷を抱えた子が、目の前で傷ついてる大人を見て、放っておけなくなった。それだけよ。そのまま二人は保健室で関係を持つんだけど——アタシ、ここを軽い気持ちでは読めなかったわ。これは「先生と生徒のいけない関係」みたいな安いものじゃないの。お互いに穴を埋めようとしてる、二人の寂しい人間の話なのよ。
でね、この子の偉かったところを書いておくわ。土曜、多弘は留希に「真剣に好きです」って告白するの。留希も「のった」って受ける。長いキスもする。普通の恋愛ものなら、ここでくっついて終わりよ。でも多弘は違う選択をするの。「死ぬ前に親父ときっちり対決しておこうと思って」って言って、留希のところを離れて、父親と向き合いに行くのよ。「オトコになるために親父と対決するんですよ」って。
アタシ、この選択にはちょっとやられたわ。好きな女が目の前にいて、世界はあと一日で終わるのに、この子は逃げ続けてきた父親との関係に最後にケリをつけることを選んだ。これはね、年下の男が、最後の最後に大人の側に立った瞬間なのよ。逃げないことを選んだの。留希が「全く希望が無いわけじゃないんだから」って言葉だけを残すでしょう。あの「希望」っていう一言が、二人の関係に変な甘さを残さなくて、アタシは良かったと思ってる。くっつけて終わらせないっていう判断が、この作品の大人っぽさよ。
重久と千絵子——年の差カップルの真相に、アタシは唸ったわ
もう一組の大人の話。グラウンドの木の下でパンばっかり食べてる重久と、陸上一筋の千絵子のカップルね。
最初はね、アタシ、この重久っていう男が好きになれなかったの。飄々として、女子高生を口説いて、「愛のパンナンパ作戦」とか言ってパンを口に押し込んで。いい歳して何やってんのこの男、って思ってたわ。でも木曜のグラウンドで、重久が千絵子に「お前、何から逃げてる?」「無心に走る事で、考える事から逃げてる」って核心を突くのを見て、ちょっと見方が変わったの。この男、ふざけてるようで、人をよく見てる。
そして土曜に真相が出るのよ。重久はね、3年前の千絵子の中学時代の陸上部顧問——「松原先生」だったの。千絵子を緑山高校に進学させた恩人だったのよ。回想で「松原先生、わたしは子供じゃないんですから千絵千絵言わないでもらえませんか?」って中学時代の千絵子が出てきて、髪しばりを片方だけ贈られた話が挟まる。これ、アタシ、唸ったわ。年の差カップルの「年の差」に、ちゃんと意味があったの。ただ歳が離れてるだけじゃなくて、恩人と教え子っていう、簡単には越えられない距離がそこにあった。
でね、千絵子の落としどころも良かったのよ。この子、土曜に髪を切ってトレードマークの髪しばりを外して出てくるの。そして重久に「私、あなたの事が好きだよ——でも、走る事が止められない」って告げる。好きだけど、走るのをやめられない。アタシ、この台詞が一番この子らしいと思ったわ。世界が終わる一週間でも、男のために走るのをやめたりしない。恋と自分の生き方を、天秤にかけないのよ。両方とも手放さない。この子、しっかりしてるわ。「私、あなたの名字も知らないんだけど」ってこぼすところもね、嘘くさくないの。恋に落ちた相手のことを全部は知らない、でも好き。そういう不揃いな感情を、ちゃんと書いてた。
重久が最後に「諦めにも似た理解の笑み」で千絵子を受け入れて、「いつもの木の下、な」って練習を見守る側に戻る。この男、結局は相手の生き方を奪わない男だったの。最初に嫌いだと思ったアタシの見立ては、半分外れたわね。こういう不器用な大人もいるのよ。それは認めるわ。
香織の土曜——家族の事情と、知裕がやっと動いた話
攻略ヒロインのほうも書くわ。アタシが一番人間らしいと思ったのは、香織ルートの結末だったの。
香織は知裕の中2時の元カノでね、お互いを傷つけまいとして自然消滅した過去があるの。この子の本音がいいのよ。「コトバって、口に出せば出すほど水みたいに薄くなっていっちゃうんだ」「いつも、決定的になにかがズレてしまう。私たちが、お互いを傷つけまいとして傷つきあったみたいに」って。これ、恋愛の核心を突いてるわ。よかれと思って言葉を選ぶうちに、本音が伝わらなくなる。アタシのカウンターで、別れた男女がそれぞれ「あの人には伝わらなかった」って愚痴るの、両方の言い分を聞いてると、だいたいこの「お互いを傷つけまいとして傷つけあう」やつなのよ。
でね、土曜にこの子の家の事情が出てくるの。香織は父親のコネで、米軍横須賀基地のシェルターに入れてもらうことになってる。終末でも生き延びようっていう、裕福な家のやることよ。こういう時に金とコネがものを言うのは、ファンタジーじゃなくて現実なの。アタシ、ここは妙にリアルだと思ったわ。みんな平等に滅ぶわけじゃない。逃げ場のある家とない家がある。香織が家族と玄関に並んで、一人だけ浮かない顔をしてる絵が浮かぶようだったわ。「絵にかいた様な幸せ一家」の中で、この子だけが幸せそうじゃない。
そこに知裕が走ってくるのよ。靭帯を切って陸上をやめた足で、町内を疾走して。「4年前にどうしても言えなかった事を言いに来た」って。玄関前で「宮森——!!」って叫んで、最後に「週末さぁ、空いてる?」って言う。アタシ、ずっと知裕のことを受け身で物足りない男だと思ってたんだけど、ここだけは認めるわ。怪我した足で走って、人の家の玄関先で公開告白する。これは勇気が要ることよ。4年かけて、この男はやっと動いたの。遅いけどね。遅いけど、動いただけマシよ。アタシの知ってる男には、最後まで動けないやつもたくさんいるから。
いろはの「最期の約束」と、女の子たちが先に進む話
残りのヒロインも見ておくわ。この作品、女の子のほうが知裕より腹が据わってるの。それがアタシは面白かった。
大村いろはいろははね、心臓に病気を抱えてる子よ。ペースメーカーが電池切れ間近で、交換を拒否してる。いつ止まってもおかしくない身体なの。金曜、この子が屋上の鍵を空に投げ捨てて「世界に2人しかいないみたいでしょ」って知裕を誘うの。心臓のことを全部打ち明けた上でね。「止まっても、それはただの結果。大事なのは、私が、誰と、何をしたのか」って。そして事後、知裕の頭を膝に抱いて「私が君を守ってあげる」「わたしがこの世界でする最期の約束」って言うのよ。
アタシね、ここを読んでて、立場が逆転してるのに気づいたの。守られるはずの病気の女の子が、男を守るって言ってる。知裕が膝枕されて少しだけ泣くんだけど——この男、守られる側なのよ。普通は逆でしょう。でもこの作品は、女の子のほうに芯を置いた。いろはは諦観の子だったのに、最後に「決めたの。今」って能動的になる。この変わり方、嘘くさくなかったわ。命が短いとわかってる子が、最後に誰かを守る側に回る。そういう人、いるのよ。
稲穂歌奈一番下の歌奈は元気な後輩でね、いつも体当たりで挨拶してくる子。この子が金曜の屋上で「本当はね、怖くてたまらないんです」って泣くの。好きな公園もケーキ屋さんも、お父さんお母さんも、みんな「全部、なくなっちゃう」って。自分の死が怖いんじゃなくて、好きなものが全部消えるのが怖い。アタシ、この怖がり方は子供らしくて正直だと思ったわ。土曜に「赤ちゃんはよく泣くけど、きっと泣く意味は自分でもわかってない、私たちも同じです」って言うところ、素朴だけど芯を食ってるのよ。
敷島緑幼なじみの緑は、ずっと「ばーか」って悪態ついてた子が、金曜に「2日間だけ、ちひろを頂戴」って告白するの。本当は本を読むのが目当てじゃなくて、知裕の家に長くいたくてわざとゆっくり読んでた、っていう幼少期の本音が出てくる。長年隠してた想いを、終わりが来るから言える。この「終わるから言える」っていうのが、この作品全体の仕掛けなのよね。
Hシーンのことアタシはもうそういう年齢じゃないから、Hシーンは笑って読んでるんだけどね。一つだけ書いておくわ。この作品のHシーンは、どれも感情の積み上げがあった上で来てたの。香織の「ホントはちょっと、なかに、欲しかったんだけど」っていう事後の本音、いろはの傷痕を見せながらの「決めたの」、緑の「私のために我慢しないで」。身体の関係が、その前のやり取りとちゃんと繋がってた。唐突に「はい、ここでHシーンです」みたいな配置じゃなかったのよ。流れが嘘くさくないと、アタシは文句を言わない。それだけは正直に評価するわ。エロが薄めなのも、この作品にはむしろ合ってたと思う。
下げた理由——知裕がずっと観てる側だったこと、そして短さ
8まで上げきれなかった理由、ここで掘っておくわ。
一つ目は、やっぱり主人公の知裕がずっと受け身だったことね。この男、月曜から金曜まで、ほとんど校内をぶらぶら歩いて、人の話を聞いて、覗き見して、内省してるだけなのよ。「ま、てきとーに歩くか」っていうのがこの男の行動原理。香織が動き、いろはが鍵を投げ、緑が告白し、歌奈が泣いて抱きつく。全部、女の子のほうから来てるの。知裕は受け止めてるだけ。さっき香織ルートの疾走は認めたって書いたけど、あれは最後の最後の一回だけ。それまでずっと観客でいた男が、ラスト30分でようやく動くの。アタシ、一人の男が物語の中で「どういう男になっていくか」を見るのが好きなのよ。でもこの男は、最後まで観てる側だった。物足りなさは残るわ。主人公の造形を6に止めたのは、ここね。
二つ目は短さ。この作品、全部やっても3時間ちょっとなのよ。一週間の話なのに、一週間分の重みを積むには尺が足りてないの。留希の失恋も、重久と千絵子の真相も、もっと時間をかけて見せられたら、もっと刺さったはずなのよ。短くても濃ければアタシは文句を言わない。実際、密度は悪くなかった。でも、これだけの大人たちの事情を抱えておきながら、一人ひとりの掘り下げが「もう一歩」のところで終わってる感触があったの。特に留希と多弘ね。この二人の関係、もう少し見たかった。ボリュームのスコアを7に止めたのは、そこが心残りだからよ。
三つ目は触れるだけにしておくけど、校内を歩いてる時に出てくる覗きシーン。火曜と木曜に、知らない生徒同士の行為を知裕が覗く場面があるのよ。終末で社会のタガが外れて、みんな隠さなくなった、っていう演出なのはわかる。でもアタシ個人としては、ここは別に要らなかったわ。本筋の大人たちの話が良かっただけに、こういう場面でアタシの気が逸れたのは正直なところ。これは好みの問題だから、点数を大きく下げる材料にはしないけどね。
この三つで7.2に止めた。良いものはちゃんとあった。でも8には届かなかったの。
7.2——終わる前の一週間に、大人の本音が全部出た
最後に、なぜこの作品がアタシに残ったかを書いて締めるわ。
この作品の本当の面白さはね、攻略ヒロインの恋愛より、その周りにいる大人たちの事情のほうにあったと、アタシは思ってるの。7年付き合った男に逃げられた留希。母を父のせいで失った多弘。教え子と恋に落ちて、それでも相手の生き方を奪わなかった重久。恩人を好きになりながら走るのをやめなかった千絵子。家族のコネで生き延びる香織。この人たちは、みんなきれいごとじゃない事情を抱えて、それでも最後の一週間を生きてたのよ。
終末っていう極限を置くと、人間の本性が出るのよね。逃げるやつは逃げる。香織の家は金とコネで逃げた。重久の兄は、職場の14歳の子を道連れに無理心中して逃げた。でも、踏みとどまるやつもいる。多弘は逃げ続けてきた父親と、最後に向き合うことを選んだ。千絵子は走り続けることを選んだ。いろはは誰かを守る側に回ることを選んだ。逃げる人間と、踏みとどまる人間。この対比を、説教くさくなく描けてたのが、この作品の一番偉いところよ。
知裕のモノローグに「オレたちは、いつも泣いていたんだと思う。生まれたその瞬間から」っていう一節があるでしょう。それと、歌奈の「赤ちゃんはよく泣くけど、泣く意味は自分でもわかってない、私たちも同じです」。この二つが響き合ってるのよ。理由もわからずに泣きながら、それでも誰かと寄り添って生きていく。アタシが30年カウンターで見てきた人間も、だいたいそうだったわ。みんな何で苦しんでるのか自分でもよくわからないまま、それでも誰かと一緒にいたくて、店に来てた。
知裕が最後に「2人だから、何とかなると思う」「でも結局、オレはまた日常を求めて歩きつづける」って言うの。世界が終わる前日に、それでも「日常」を求める。この欲張りな、しぶとい感じが、アタシは嫌いじゃないわ。人間ってそういうものよ。終わるとわかってても、誰かと普通の明日を過ごしたいの。
7.2。号泣する作品じゃないわ。静かで、寂しくて、でも大人の本音がちゃんと詰まってた。「ごきげんよう、さようなら。良い終末を」っていう締めも、気取りすぎず、湿っぽすぎず、ちょうどよかった。アタシみたいに、きれいごとじゃない人間の話が好きな人には、合うと思うわよ。
