琥珀さんで固まって、翡翠ちゃんで泣いて、アルクで沈んだ。
5ルート全部回って、あたしの中で勝者は「琥珀ルート」。あの「志貴さん。どうして秋葉さまを好きだと言わなかったんですか?」を繰り返す場面で固まった。明るい琥珀さんの裏側が、こんな形で開示されるなんて聞いてなかった。翡翠ちゃんルートでも泣いた。「翡翠は待ち続けた男の子を出迎えて」のあの場面で、ぐしゃっとなった。アルクは最初から殴ってきて、最後の夕暮れの教室でとどめを刺してきた。重いシーンも辛かったけど、ヒロインに殴られに行く価値が完全にあった一本だった。
スコア詳細
「ねっ、反省してる?」——あの場面の破壊力
アルクェイドが復讐に来た翌朝、あたしは沈んだ。
二日目、五時限目の授業中に貧血で倒れた志貴が、街でアルクェイドを見かけた瞬間、強い殺意に駆られて路地裏に連れ込み、八年ぶりに眼鏡を外して、果物ナイフで彼女の体を「十七箇所」解体する。これがほぼ作品開始30分くらいで来る。
正直、ここで「うわ、月姫こういう作品なの!?」って驚いた。重いとは聞いてたけど、主人公がいきなりヒロインを十七つに解体するとは思ってなかった。重いというより異常な始まり方。読みながら「これ大丈夫? 最後まで読めるのかな」って思った。
……それで翌朝、アルクが「殺し返しに来た」って志貴の前に現れる。「ねっ、反省してる?」って。
「うわあ、本当にいいの!? わたし、本当に吸血鬼なんだよ!?」「ま、いっか! 協力してくれるんだから、感謝しないといけないよね!」「それじゃあこれで契約は成立、と」——この感じ、わかります? 千年単位の経験を持つ吸血鬼の頂点が、子供みたいなテンションで自分から契約を進めてくる。前日ナイフで十七箇所に解体された相手に対して。
あたしは画面の前で「うわ……あかん……このキャラ……」って声に出した。ここでアルクェイドというキャラクターを完全に好きになった。重い設定をシリアスに演じるんじゃなくて、子供みたいな笑顔で背負ってる。あたしのタイプど真ん中。完全にアルクに沈んだ瞬間だった。
アルクTRUE——夕暮れの教室で待つあの場面
アルクルートのTRUE ENDの場面、あたしの中で2000年代エロゲーTRUE END名場面集に格上げされた。
ロアという十七回転生してきた死徒を、アルクと志貴が共闘して滅ぼす。志貴自身の中にロアの十七人目の転生先が宿っていたことも明かされて、志貴が直死の魔眼でロア(自分の中の人格)を断ち、アルクがロアを完全に滅ぼす。
戦いの前に、志貴がアルクに約束する。「全部終わったあと—――吸血鬼を倒し終わったらさ。別れる前に、もう一回だけこうして遊ばないか?」。アルクが答える。「うん—――! ぜんぶ終わったら、またここに来ようね志貴!」。
ロアを滅ぼした後、志貴は約束の場所——夕暮れの教室——でアルクを待ち続ける。「深空に沈むように、真っ赤な太陽がとけていく」その教室で、一人の男が約束を信じて待ち続ける。アルクはおそらく現れない(真祖としての使命を果たして消えていく解釈)。それでも志貴は、覚えている限り待ち続ける。
あたし、ここでぐしゃっとなった。エロゲーのTRUE ENDで「結ばれて終わる」じゃなくて、「待ち続けて終わる」を選ぶの、すごい。「君を覚えている限り、僕は待つ」っていう温度の終わり方。アルクっていう千年単位の不死性を持つ存在に対して、人間の17歳の主人公ができる最大の応答が「ずっと覚えてる」っていう。読み終わって何分か動けなかった。
アルクGOOD ENDの「登校路の交差点でガードレールに腰掛けたアルクと再会」は、TRUE ENDのあの待ち続ける場面の温度を別バージョンで描いた変奏。「実はもう一回会えてる」っていう温度。あたしは正直、TRUE ENDのほうが好み。GOODは優しすぎる。アルクと志貴の物語は、優しい結末より「届かないかもしれない約束を信じて待つ」結末のほうが、二人の格に合ってる気がする。
シエルルート(GOODの「アルクとシエルに挟まれた賑やかな日々」)では、アルクが「あはは、シエルったら本気で怒ってるよ、志貴!」って志貴に言う。あの場面、アルクの底抜けの明るさが全開で、シエルとアルクと志貴の三角関係になだれ込んでいく感じが、読んでて笑顔になった。アルクは本当に、出てくるだけで場の温度を変える。
琥珀ルート——明るい琥珀さんの裏側
5ルート回って、あたしの中で勝者は琥珀ルート。
琥珀さんは4ルートを通じてずっと「明るい侍女」として登場してる。割烹着、笑顔、「お帰りなさい志貴さま」、屋敷の家事を取り仕切る。子供の頃の屋敷でも「いつも明るくて、見ているだけでこっちまで元気になってくるような女の子」として志貴の記憶に残ってる。
その全部が、琥珀ルートで剥がれる。
琥珀さんは、長年にわたって遠野槙久(志貴と秋葉のお父さん、当主)から性的な被害を受け続けていた。屋敷で起きているすべての悲劇——秋葉ちゃんの発作の悪化、志貴を屋敷に呼び戻す動き——その背後には琥珀さんの意志がある、という構造。明るい笑顔の裏側に、復讐の決意と深い壊れがある。
あたし、これを読みながら何回か固まった。あの琥珀さんの笑顔が、全部演技だった——いや、演技じゃなくて、壊れた人が壊れていない振りをするための自衛だった——という解釈に到達した瞬間に、過去のすべての琥珀さんの登場場面が再生された。あの「お帰りなさい志貴さま」も、あの「あんまりに遅いから迷っているのかなって心配しちゃってたんですよ」も、あの場面この場面、全部に違う温度が乗ってくる。
琥珀ルート核心の対話。動けない志貴のもとに琥珀さんが繰り返し現れて、聞く。「志貴さん。どうして秋葉さまを好きだと言わなかったんですか?」。「秋葉さまの言う通りにすれば志貴さんは生きていられます。たとえ口先だけの方便でも、今はそうなさらないと死んでしまうじゃないですか。志貴さんが何を思っているか知りませんけど、秋葉さまのお気持ちに応えてあげればいいんですよ」。
……。
これね、琥珀さんの「あなたは私を選ばないで」って意味なんだよ。私は壊れている、私を選んでも幸せになれない、だから秋葉ちゃんと幸せになって生き残ってください、って。自分を遠ざけることで自分を救おうとする、屈折にも程がある。
志貴の答え。「俺が好きなのは秋葉じゃないだ、琥珀さん。俺は、一番好きな相手を偽る事だけは、したくない」。
この「じゃないだ」、原文ママだから。「じゃないんだ」じゃない。志貴の感情が崩れて、句点が壊れてる。あたし、この一文を読んで、画面の前で泣いた。「じゃないだ」のままにしとく書き手の判断、信じられない。校正で「じゃないんだ」に直さなかったってことは、奈須きのこさんが「ここの志貴の感情はこの形でしか表現できない」って判断したんだよ。25年経ってもこの一文が原文ママで残ってる事実が、書き手の覚悟だと思う。
琥珀ルートTRUE ENDは、夢の花畑で琥珀さんに「おかえりなさい」って迎えられる場面。「春は野草。秋は星空。冬は冷たい土だけの故郷。あと、夏は、たしか—――目を奪うような、明るい花。―――そこに、彼女が待っている」。「子供の頃の約束を叶えるように」。
これ、現実の救済じゃないんだよ。志貴が意識を閉じる夢の中での救済。現実の琥珀さんを救えなかった志貴が、夢の中でだけ琥珀さんを迎えに行く。「現実では救えなかった」っていう前提があるから、夢の中の「おかえりなさい」が刺さる。あたしは琥珀ルートTRUEを読み終わって、しばらく動けなかった。
「急遽1週間で書かれた」って噂を聞いたけど、これが1週間で書かれた話だとしたら奈須きのこさんは化け物。あたしには信じられない。この温度の話を1週間で組めるはずがない。仮に多少の誇張があったとしても、琥珀ルートが他の4ルートと違う温度で書かれてることは、読めばわかる。
翡翠ルート——「待ち続けた男の子を出迎えて」で泣いた
翡翠ちゃんルートも、あたしの中ですごく大きい。
翡翠ちゃんは無表情で、「お断りします」って即答するタイプ。最初のうちは「感情のないキャラかな」って思って読んでた。でも違った。翡翠ちゃんは感情を抑えてるんだ。8年前の事故——9歳の志貴が屋敷を出る直前、自分が志貴を庭に連れ出してしまった、そのせいで志貴があんな事故に巻き込まれた、と翡翠ちゃんは自分を責め続けてた。「血にまみれた志貴さまをぼんやりと眺めているだけで、泣く事も助けを呼ぶ事もできなかった」「その時から、わたしは自分がわからなくなってしまいました」。これを翡翠ちゃんが告白する場面で、無表情の意味が全部わかった。
もう一つの驚きが、七夜双子の入れ替わりの真相。「姉さんはそんなわたしを励まそうと明るく振る舞うようになって、いつのまにか、わたしたちはそっくり立場が入れ替わっていただけなんです」。今の明るい琥珀さんは、もともと翡翠ちゃんの役割で、無口だった翡翠ちゃんの代わりに琥珀さんが「明るい子」を演じ始めたんだ、っていう。だから志貴が記憶してた「明るくて元気な女の子」(琥珀さんと記憶してた相手)は、本当は翡翠ちゃんだったっていう構造。あたし、これを読んで「うそ」って言った。これも奈須きのこさんの構造設計力の高さなんだろうな。
翡翠ルートTRUE ENDの場面——「翡翠は待ち続けた男の子を出迎えて、なんでもない事がただ楽しくて、お互いに笑いあう。それは飽きる事なく続く日々の欠片」。「いつか世界に羽がはえて。この背中にも羽がはえて。わたしは姉さんのように笑顔になれて、あの男の子と笑いあえる」。
あたしね、ここで泣いた。翡翠ちゃんの抱えてた8年間の沈黙が、ようやくほどける場面。8年前のリボンの約束(「貸してあげるから返してね」)が、ここでようやく「返される」。感情を抑え続けてきた翡翠ちゃんが、毎日のなんでもない出迎えの中で「ただ楽しくて」って言える日々を獲得する。シンプルすぎる結末なんだけど、シンプルだから刺さる。
翡翠GOOD ENDは野原で翡翠ちゃんの手を取って歩む結末。「失ったものは大きかったけど、何もかもをも失ったわけじゃない」。GOODも普通に好き。けどTRUEのあの「待ち続けた男の子を出迎える」場面が、あたしの翡翠ちゃん体験の中心。
秋葉ちゃんとシエル先輩——重さの種類が違う
秋葉ちゃんとシエル先輩のルートのことも。
秋葉ちゃんルートは、遠野家の混血の体質が暴露される話。秋葉ちゃんは、定期的に他人から熱(生命力・血)を吸わなければ発作で死ぬ体質を父・槙久から受け継いでいて、無意識のうちに兄・志貴の血を吸ってた。発作時の秋葉ちゃんは「シキ(夜の人格)」と呼ばれる獣みたいな姿になる。お父さんの手記を志貴が読んで遠野家の真実を知る場面、秋葉ちゃんが獣みたいになって兄に襲いかかる場面、志貴が秋葉ちゃんを受け止める選択をする場面——重い。
秋葉TRUE ENDは、志貴が「七つ夜」と刻まれたナイフを秋葉ちゃんに預けて「必ず帰ってくる」と約束して旅立つ結末。秋葉ちゃんが「信じられる。もう、今の鼓動だけで十分だった」って待ち続ける。NORMAL ENDは秋葉ちゃんが意識を失ったまま志貴がそばで看護を続ける結末。
秋葉ちゃんは、あたしの好みど真ん中じゃなかった。理由は単純で、兄妹っていう関係性に気持ちが追いつかない場面があったから。秋葉ちゃんが好きなのは間違いない、ツンデレ可愛い、「私、兄さんの心配なんてしてませんっ」って瞳を逸らす場面で「うう」ってなる。けど、Hシーン側の構造(無意識・発作・血の関係)はあたしには重すぎた。
シエル先輩ルートは、シエル先輩がかつてロアの転生体だった過去を持っていて、教会の代行者として志貴を救う側に立つ話。シエル先輩自身がロアと戦い続けてきた人で、その重さを「いい和菓子が入ったんですけど」の笑顔の裏に隠してた、っていう構造。先輩、あなたそんな重い人だったんですか、って何回も思った。
シエルルート核心の場面、シエル先輩が銃剣で志貴を傷つけながら「してわざと貴方を苦しめているんです。……今まで貴方に付き合わされた分、こうでもして楽しまないと帳尻が合いませんから」「ほら、わたしが憎いでしょう遠野くん。だから、だから早く恨んでください……!」って言う場面。「そうでないとわたし—―貴方を殺す事が、できないじゃないですか……!」。代行者としての義務と、人としての気持ちの綱引きが、ここで完全に崩壊する。シエル先輩のあの場面のセリフは、月姫の中であたしが一番揺さぶられた部分の一つ。
シエルTRUE ENDは志貴とシエルが共に生きていく決意を固める朝、GOOD ENDはアルク・シエル・志貴の三角関係になだれ込む賑やかな日々。あたし的にはGOOD ENDの方が好き。シエル先輩の「一緒に生きる」っていう決意の重さは、賑やかな日常の中でこそ似合う気がする。
Hシーンの話——5をつけた理由
Hシーン全体のスコアが5。正直なところを言うね。
月姫のHシーンは、あたしが好きな種類のものとそうじゃないものが両方ある。
好きなのは、翡翠ちゃんが志貴に血を口移しで与える場面。「これで少しはお体が動くようになる筈なんですけど……」って淡々と言う翡翠ちゃんと、「ここまでされて。翡翠にここまでされて、いまさら、これで終わりだなんて、出来るはずがない」っていう志貴の独白。これは性的接触と救命行為が重なる場面で、感情の流れが完全にあった。翡翠ちゃんが「この事は誰にも言わないでください。……わたしにも、今の事を話されてはイヤです」って言う、あの強い拒絶を含めて、感情のシーンとして読めた。
琥珀ルートのHシーンも、性的接触というより琥珀さんの感情吐露と志貴の応答による精神的な接近が中心。「俺が好きなのは秋葉じゃないだ、琥珀さん」っていう、原文ママのあの一文で全部の感情が崩れる。これは性描写を超えた何かだった。
苦手だったのは、秋葉ちゃんの発作絡みの場面と、志貴の中の「シキ」が暴走する場面の何個か。「無意識・発作・記憶を持たない」っていう構造は、あたしには重すぎた。志貴の「シキ」が発露してアルクに迫る場面(路地裏での衝動)も、感情として「うっ」となるシーン。物語上必要なのはわかる。けど好きにはなれない。
あと、夢の場面で複数のヒロインが混在する場面(翡翠ルート前後)。志貴自身が「殺人の夢なんかより、もっと最悪な、夢」って評する、あの場面。これは志貴の心の闇を見せる役割なんだろうけど、あたしは普通に「うわ」ってなって読んだ。
全体平均で5。「あたしが好きな場面と苦手な場面が両方ある」っていう評価。嫌いな場面を「物語上必要だから」で上乗せしたくないから正直にこの数字。翡翠ちゃんと琥珀ルートのシーンだけ見れば、もっと上だった。それは言いたい。
8.0——ヒロインに殴られに行く価値が完全にあった
5ルート全部回って、あたしは8.0をつけた。
勝者は琥珀ルート。次点で翡翠ルート。アルクは破壊力で全部持ってた。シエル先輩は二面性で揺さぶってきた。秋葉ちゃんは好みじゃなかったけど存在感はあった。5人それぞれ、別の温度であたしを動かしてきた。これが月姫のヒロインの強さ。2000年の同人ゲームで、この密度のヒロイン群を5人並べてくる作品は、奇跡的なんだよね。
ヒロインの魅力10、感動・カタルシス9、キャラ間関係性9。これらは全部、ヒロインに殴られた回数のスコア。エンディング満足度8は、各ルートのTRUE ENDが「それぞれ別の温度で着地してる」ことへの評価。
マイナス評価も正直に。重いシーンの長さ・きつさは、あたしの読書体力をかなり削ってきた。秋葉ルートの兄妹の取り扱い、琥珀ルートの真相、志貴の中のシキの暴走、夢の中の複数ヒロイン場面——あたしは「重い話でも書き手の意図がわかれば乗れる」タイプじゃなくて、「重い話を読んだ後は休憩が必要」なタイプ。月姫を5ルート回るのに、結構な気力が必要だった。それを差し引いて8.0。「楽しかった」じゃなくて「動かされた」「揺さぶられた」が正しい表現。
あたしが読み終わって最初に思ったのは「2000年の同人ゲームでこんな破壊力のヒロインを並べてくるって聞いてなかった」だった。25年経って初めてプレイしたあたしの心臓を揺らしてくる。それはすごいことだと思う。同時に「読むの大変だった、ちょっと休む」とも正直に思った。両方が本当だから、8.0。
「『俺が好きなのは秋葉じゃないだ、琥珀さん』——この『じゃないだ』のままで残された一文に、あたしは負けた。」
— 田中穂乃火
「翡翠は待ち続けた男の子を出迎えて、なんでもない事がただ楽しくて、お互いに笑いあう。それは飽きる事なく続く日々の欠片」
— 翡翠 TRUE END
