伊頭悦子のレビュー — WHITE ALBUM

伊頭悦子
伊頭悦子
カウンター越しに三十年
6.8/10
6.8 / 10

主人公の冬弥はね、いるのよこういう男。でも女の子たちは本物だったわ。だから採点が割れたわね。

1998年のLeafって会社が出した恋愛ものらしいわ。常連のお客さんが「ママこういうの好きだろ」って勧めてくれたから手にとってみたのよ。主人公はね、藤井冬弥って大学生。デビューしたばかりのアイドル歌手の森川由綺っていう恋人がいるんだけど、由綺ちゃんが忙しすぎて会えなくなって、その間に他の女の子たちと近づいていっちゃう、っていう話よ。アタシ、最初の三十分は何度か閉じそうになったし、冬弥にはずっと「この男はダメね」って思ってた。でも由綺ちゃんと美咲って先輩と弥生ってマネージャー、この三人の女の生き方は本物だったから、最後まで読めたのよ。

スコア詳細

キャラ間の関係性 8
ヒロインの魅力 8
テーマ・メッセージ性 7
主人公の造形 5
序盤の掴み 5
ボリュームと密度 5

常連さんに「ママ好きだろ」って勧められて手にとった話

お客さんでね、若い頃にこのゲームをやり込んだっていう人がいてね。

「ママ、絶対あれ好きだから」って言われたのよ。「主人公が情けないから、ママのカウンター越しの愚痴と相性がいい」って。アタシ、ゲームってそんなにやらないんだけど、その「主人公が情けない」って一言にちょっと興味出ちゃってね。情けない男の話なら、アタシ三十年聞いてきてるから。

1998年に出たLeafって会社の恋愛ものらしいわ。「最初から恋人がいる主人公」っていうのが当時としては珍しかったみたいね。主人公の藤井冬弥って子は大学生で、TV局のアシスタントディレクターと喫茶店『エコーズ』と家庭教師の三足の草鞋でバイトしてるの。恋人の森川由綺ちゃんは同じ大学の同期で、しかも新人アイドル歌手。普通に考えたら、忙しいのお互いに分かり合って付き合えそうなものでしょ。だけどそこに、由綺ちゃんのマネージャーの弥生っていう女性、大学の先輩で由綺が慕う美咲って子、幼なじみの河島はるか、家庭教師の生徒の観月マナ——複数の女が冬弥の生活に入り込んでくるの。

季節は冬の前から春先まで。学園祭から始まって、クリスマスの由綺のライブ、年明けの『音楽祭』、っていう冬の節目を辿る話よ。「会いたいときに会えない」が物語の最初から最後まで通底してて、まあ、現実の恋愛と地続きでもあるわよね、そういうの。

冬弥はね、ダメね。いるのよこういう男

主人公の話を先に。これは外せないから。

藤井冬弥はね、ダメ。アタシの判定はそう。優しいのよ、確かに。誠実なのもわかる、本人なりに。でもね、肝心なところでいつも一歩引くのよ。由綺ちゃんとの約束に他の子との約束をぶつけられて困ったら、地の文で「俺の声の調子はうわずってゆく」って自分で書いてる。書いてないでちゃんと「ごめん、今日は由綺との約束があるから」って言いなさいよ、って読んでて思ったわ。

あとね、冬弥が「俺=レンタルアイテム」って自虐するシーンがあるの。緒方英二って由綺のプロデューサーに勝手にアシスタント扱いされて、自分を貸出品みたいに笑う場面。これね、アタシが見ると「自分を低く扱われても怒らない男」のパターンに見える。怒れない男って、結局誰のことも本気で守れないのよ。うちの常連さんで似たような男がいてね、奥さんの愚痴をうちでこぼしながらも家では何も言えない人。気づいたら奥さんが出てって、後で「なんで言わなかったんだろう」って後悔するのよ。冬弥もそれ系の素質があるわね。

由綺ちゃんが「冬弥君、私の他に、誰か好きな人って…、いるの…?」って真っ直ぐ訊いてくる場面があるの。これは由綺ちゃん相当の決意で訊いてるのよ、女の側からこの質問するの、しんどいから。冬弥はそれに「俺は…俺は…」って詰まる。詰まるな! 答えなさいよ! ここで「いない」って言えないんだったら、由綺ちゃんと付き合う資格ないから。

……まあ、こういう男もいる、っていうリアリティはあるのよ。だからゼロ点にはしない。「現実によくいるダメ男」を書ききった、っていう意味では成功してる。ただね、アタシは恋愛ものの主人公に「腹を据えた男」を期待しちゃう人だから、冬弥の造形点は5。それ以上は出せないわ。

由綺ちゃんはね、ちゃんとしてるのよ

由綺ちゃんの話。この子はね、好きだったわ。

由綺ちゃんはアイドルなんだけど、本人は全然偉そうにしてない。「特別可愛いとかじゃないから、スタジオとかにいないと誰だか判らないんじゃない?」って自己評価で、コンビニのおでんと肉まんを「美味しいよねっ?」って本気で言うような、地に足ついた子なの。アイドル設定なのに、設定で得意げにならないのがいいわ。これは作者がきちんとキャラの足元を書いたってことよ。

由綺ちゃんが冬弥に対して、忙しくて会えない自分を申し訳なく思って、電話で「ごめんね、冬弥君…」「じゃあ、また今度ね…」って繰り返し詫びる場面があるの。詫びすぎなのよ、この子。アタシなら「アタシだって仕事してるんだから、たまには会いに来てよ」くらい言ってほしい。でも由綺ちゃんはそうしない。「私、明日はお部屋でおとなしくしてることにするね。お掃除とかもしなきゃいけないし。あははっ…」って強がる。この強がりに気づかない冬弥が悪い。気づいてもどうにもしないんだから、なお悪い。

由綺ちゃんがすごいのは、それでも自分から動けるところよ。バレンタインに会えなくて手作りチョコレートを店長経由で冬弥に届ける、その時のメッセージカードに「今年、初めて手作りチョコレートに挑戦しました」「絶対にもらって下さい」って全文書く。「絶対にもらって下さい」って、女の側からこの強さで頼むのも、相当の覚悟よ。由綺ちゃんは「待つだけの女」じゃなくて「動ける女」なの。アタシはそういう子を応援したくなるのよ。

美咲って先輩はね、危ない女のタイプよ

澤倉美咲って大学一年先輩の子の話。この子はね、ちょっと複雑だったわ。

美咲はね、上品で優しくて、料理も裁縫もできて、由綺ちゃんが高校時代から信仰してる先輩。表面的には100点満点の子よ。冬弥のシャツのボタンが取れそうなのに気づいて「藤井君の袖、ボタン、取れそうになってる…」「よかった。今日、お裁縫の道具持ってるんだ」って縫ってくれる、そういう子。アタシのお客さんで似たような奥さんを「神様みたい」って自慢する旦那がいたわね。

でね、こういう「完璧な女」って、たいてい自己評価が低いのよ。美咲も「私ってそんなに遊び慣れてないから…」「私って、ほら、お酒飲めないしカラオケとかもあんまり得意じゃないし」って自分を下げる。「いろんな人に好かれてるって自覚しなきゃ」って冬弥に言われても「でも、なかなか気づかないよ、普通…」って返す。これがまた危ないのよ。自己評価が低い完璧な女って、男に「自分でも好きになっていいんだ」って勘違いさせやすいから。

美咲の冬への一言「冬って寒くて寂しいから、温かいものが、すごく温かく感じられるっていうか。優しいものが、すごく優しく、って言ったらいいのか…」っていうの、これ脚本家の趣味で書いてる子よね。この子、人生をちょっと寂しく見てる。優しさに飢えてる。だから冬弥みたいな煮え切らない男が、ちょっと優しくしただけで全部を捧げちゃう、っていう構造になりやすい。これ、由綺ちゃんと冬弥の関係にとって最大の地雷だわ。

美咲ルートの詳細はネタバレ版で書くけど、アタシは美咲というキャラの危うさが、現実感を持って書かれてるって思った。「いい子」が「いい子のまま」で恋愛の災厄を引き起こすこともある、っていうのを描いてる。これは年取った女の視点から見ても、納得できる人物造形よ。

弥生さんはね、アタシのカウンターでも見たことない人

由綺ちゃんのマネージャーの篠塚弥生さんの話。これは別格よ。

弥生さんは24歳前後の女性。由綺ちゃんの専属マネージャーで、最初の登場場面では「いつも由綺と一緒にいる無表情な女の人」って冬弥に評される。「全く感情の見えない」「ロボットみたいな女」「不思議な造り物」って書かれる人。喫茶店で冬弥に挨拶する時も「藤井さんでしたかしら?」「以後、よろしくお願いいたします」って完全業務モード。

正直に言うと、この人はアタシのカウンターでも見たことないタイプ。30年いろんな女を見てきたけど、ここまで感情の見えない女、現実だと逆に難しいのよ。「無表情を作ろうとする女」はいる。けど「本当に無表情の女」って、相当に深い事情がある人なの。弥生ルートで、そこの事情が明かされていく。

弥生さんの過去、ちょっとつらいの。詳しくはネタバレ版で書くけど、この人は「人を愛したことがない自分」を冷静に分析できる人。だからこそ「由綺さんを愛しております」って自分で気づいた時の、彼女の戸惑い方が逆にリアル。「やはり…私が誰かを好きになってなどいけなかったのですね…」って自分で結論を出すあたり、もう一人の人間として完成されてる。

このキャラを描けたのは、作者の手柄。アタシは弥生さんの「私、冬は好きですわ」っていう何気ない一言が、彼女の人生の中で唯一の「自分の好きなものを言葉にした瞬間」だってわかった時、ちょっと胸がきゅっとしたわ。歳をとると、こういう細部にぐっと来やすくなっていけないね。

マナ・はるか・理奈の話も少しだけ

残りの三人の女の子の話。一人ずつ、短く。

観月マナは高校三年生。冬弥が家庭教師として通ってる子で、家庭崩壊してるの。父さんが外国、母さんが家にいない。実質ひとり暮らしの高校生。「私、家族なんて、いないから…」「ママなんか、家にいないから…」って本音漏らすシーンがあるんだけど、アタシのいとこの娘でね、似たような環境の子がいたのよ。だから読んでて他人事じゃなかった。マナのツンデレ的な強がりの裏に、誰にも頼れない孤独が透けて見える書き方は、現実感ある。「父さん、仕事で外国に行ってるから」って冷静に他人に説明できる15、16の子、見ていて切なくなるのよ。

河島はるかは幼なじみで、兄を事故で亡くしてる。「関係ないんだよ、雪は」って晴れた日に風花を見て呟くシーンがあるんだけど、これが何の説明もなしに置かれてる。後で兄の事故が冬に関係してたんだろうな、って読者に察させる書き方。アタシは説明過剰な作品が嫌いだから、これは好感。少ない言葉で重さを背負わせる、いい技ね。

緒方理奈はトップアイドル。由綺ちゃんの一年先輩で、由綺ちゃんと「人気を二分する」アイドル。プライドが高くて、口が悪いんだけど、ちゃんと自分を持ってる人。「私は戦うわよ、全力で」って由綺との『音楽祭』勝負を語る場面で、アタシ拍手したくなったわ。プロとして本物。理奈ちゃん「冬弥君って、いつもそんな風に素直?」って冬弥を素直に褒める場面があって、これも歳上の女から年下の男に対する正しい褒め方として書かれてる。理奈ちゃんは、アタシの目から見て、年齢のわりに完成されすぎてる子。「これしかなかったから…」「ひょっとしたら、別のいろんな世界だってあったのかな、なんて…」っていう独白は、若くしてキャリアを背負った人にしか言えない言葉。

序盤と長さの話

プレイ感覚の話を率直に書くわ。

序盤がね、長いのよ。共通ルートが学園祭からクリスマスまでで、ここがけっこうあるの。アタシ、序盤で掴まれないと続けられない人だから、最初の三十分で何度か閉じそうになった。ヒロインそれぞれの初登場シーンはちゃんと印象には残るんだけど、その後しばらく日常パートで、何が起きてるのかわからないままページが進む感覚がある。中盤の由綺ちゃんのクリスマスライブ周辺で物語が動き出すんだけど、そこまで耐えられるかが分かれ目ね。

あとボリュームの話。これ、長い割に「会話してるだけ」のシーンが多いのよ。週ごとに約束相手と会って、世間話して、別れる。これを延々やるシステムだから、攻略の試行錯誤も含めて時間がかかる。アタシみたいに「人生の話」だけ読みたい人間からすると、世間話のループが何度かつらかった。冬弥と理奈ちゃんの文学談議とかは面白いんだけど、それ以外の「世間話」「自然」「文芸」みたいなジャンル分けされた会話セットを順番に消化する作りは、ちょっと作業感が出る。

とはいえ、その「日常の会話を延々やる」ことで、終盤の「会えなくなる」の喪失感が強くなる、っていうのも理屈ではわかる。だからアタシはこの作品のボリューム評価は5。長すぎでも短すぎでもなく、「アタシの時間返してとは言わないけど、もう少し削れたでしょ」っていう所。

Hシーンについて少しだけ

アタシはもうそういう年齢じゃないから、感情の整合性だけ見るわね。

各ヒロインルートにHシーンが入ってるんだけど、ほとんどが「関係の決定点」に置かれてる。由綺ちゃんの初H、はるかの共同浴場、マナのファーストキス込みの初H、美咲のクリスマスイヴの初H。みんな処女ロスで、ちゃんと「この瞬間に二人の関係が変わる」っていう物語上の意味付けがされてる。唐突なHシーンはなくて、感情の積み上げがあってのもの。この点はアタシも評価したわ。「ここまでの流れがあってのこれなら、まあ、わかるわ」っていう感想を、ほとんどのHシーンに対して持てた。

例外は弥生さんのHシーン。これだけは別格で、「契約」っていう設定で、愛のないまま身体だけ交わる関係。詳しくはネタバレ版で書くけど、アタシはこういう関係性は現実でも知ってる。「お互い愛してない、ってわかった上で続ける関係」って、現実でも存在するから。それを書ききった、っていう意味では、弥生ルートだけは別の評価が必要よ。年齢を重ねた女から見ても、このルートのリアリティは恐ろしいわ。

あと、由綺ちゃんと美咲のHシーンには、冬弥の地の文に「これは罪悪感」「これは由綺の代替」みたいな内語が混じる。これね、男の側が罪悪感持ちながらHシーンに臨むっていう設定、結構珍しいわよ。普通の恋愛ものなら「愛してるから抱く」が定型なのに、ここは「愛してるけど別の人を裏切ってる」っていうのを書ききってる。これは作家として腹が据わってると思った。

6.8——冬弥はダメ。女の子たちは本物。だから割れた

採点の話。割れた採点になったわね。

主人公の冬弥はね、アタシの目から見て「ダメ男」。これは譲れない。「いるのよこういう男」っていうリアリティはあるけど、アタシは恋愛ものの主人公に「腹を据えた男」を期待する。序盤の長さと攻略の作業感もきつかった。救われたのは、「会いたいときに会えない」っていうテーマの強さと、ヒロイン6人の造形の本物さと、1998年にこの女たちを書ききった覚悟。冬弥への不満を抱えたまま、ひっくるめて6.8。

由綺ちゃんの強がりと健気さ、美咲の危うい完璧さ、弥生さんの感情の見えなさの奥にある事情、マナの強がりの裏の孤独、はるかの少ない言葉、理奈ちゃんのプロとしてのプライド。6人とも「ちゃんとした人間」として書かれてる。それぞれが自分の人生の中で動いてる。冬弥に振り回されてるだけの女がひとりもいない。これは作家として誠実な仕事よ。

1998年の作品って聞いて、これだけの女を6人書けたのはなかなかね。今やってもキャラの古さを感じない。恋愛ものを「綺麗事」で済ませなかった、っていう一点で評価したわ。ただ、冬弥の煮え切らなさに付き合うのが本当にきつい人にはおすすめしない。アタシみたいに「ダメ男ウォッチング」が趣味の人にはちょうどいいかもしれないけど。ネタバレ版で、各ルートの結末の話を詳しくするわ。