由綺とマナとはるかに泣かされた。冬弥にはずっとキレてた。そういうゲームだった。
1998年に出たLeafの恋愛ADV。主人公の藤井冬弥は大学生で、デビューしたばかりのアイドル歌手・森川由綺が恋人。冬以降のクリスマス・年明けの音楽イベントに向かって、由綺と他のヒロイン達の間で心がぐらつく話。プレイしたのはPC原作版。前評判で「主人公がクズ」って聞いてて、まあ確かにそうだったんだけど、それ以上にヒロイン達がよかった。あたしは由綺ルート・マナルート・はるかルートで泣いた。理奈と美咲と弥生は、泣くというより心がざわついた。総合的には7。冬弥がもうちょっと動ける人だったら8だった。
スコア詳細
「冬の名作って聞いて」始めた、けど冬の前にキレてた
冬になるとこのゲームの話する人いるって聞いて、じゃあ冬になる前にやっとこうって思って始めた。
1998年のLeafの恋愛ADV。主人公の藤井冬弥は大学生で、恋人の森川由綺はデビューしたばかりのアイドル歌手。これだけ聞くと幸せそうな話なんだけど、由綺が忙しすぎて「会いたいときに会えない」が物語の前提として置かれてる。その間に他のヒロイン——マネージャーの篠塚弥生、大学の先輩・澤倉美咲、幼なじみの河島はるか、家庭教師の生徒・観月マナ——と冬弥の関係がじりじり近づいていく。クリスマスのライブと年明けの『音楽祭』に向かって、誰と過ごすかでルートが分岐する。
系統としては「最初から恋人がいるゲーム」の先駆けらしい。あたしは詳しい歴史とか知らないんだけど、これを1998年にやったのはすごいと思う。普通の恋愛ゲーって「好きになって告白して結ばれる」だけど、これは「もう結ばれてる二人がだんだん距離ができる」を出発点にしてる。物語の入り口がそこってだけで、もう普通の話じゃない。
……で、序盤プレイしてて気づいたんだけど、主人公の冬弥がもう、ちょっとあたしのキャパじゃなくて。「俺は、由綺を愛してる」みたいなことを地の文では言ってるくせに、行動が全然伴ってないんだよ。あ、これあたし苦手なやつだ、って序盤で察した。それでも続けたのは、由綺がかわいすぎたから。それだけ。
森川由綺について語らせて
先にこっち。由綺の話。
由綺がね、いいの。何がいいって、アイドルなのに全然アイドルっぽくないところ。本人の自己評価が「特別可愛いとかじゃないから、スタジオとかにいないと誰だか判らないんじゃない?」だよ? あと「胸…小さいし…。身体だって…そんなに綺麗なかたちしてないし…」とか、自分のステージで転んだ件を「あ、あれは演出…。わざとなの、わざとっ」って弁解したり。アイドル設定なのに、全部「普通の女の子」の側で書かれてるの。すごくない?
あとね、後輩アイドルに「うがいは塩水でやるといい」って本気で教えるおばあちゃん体質らしくて。コンビニのおでんと肉まんを「美味しいよねっ?」って本気で言うらしくて。それと「ね、ほら、冬弥君に会えたでしょ」が口癖。駅で偶然合流するシーンとか、TV局でAD代わってくれって頼みに来るシーンとか、何回もこの「ね、ほら」が出る。会えた喜びを毎回ストレートに言ってくる子なんだよ。これに耐えるのキツくない? あたしは無理だった。早めに好きになっちゃった。
由綺の何が一番ずるいって、健気なのに健気ぶってないところ。冬弥に会えなくて落ち込んでる時、電話で「ごめんね、冬弥君…」「じゃあ、また今度ね…」って詫び続けるんだけど、そこで地の文が「ちょっとがっかりしてるのが、俺にはよく判った」って書く。本人は隠そうとしてるのに、隠しきれてないのが伝わってきちゃう。あたしの方が泣きそうになる、冬弥のせいで。
由綺ルートのクライマックスは……いや、それはもう一本のほうで話した。とりあえず、由綺は最高。間違いない。
マナの話もする
由綺の次に泣いたのがマナ。観月マナ。
家庭教師の生徒で高校3年生。最初は冬弥に向こうずねを蹴ってくるツンデレなんだけど、ある夜、本音が漏れる。家庭が崩壊してるんだよこの子。父さんは外国に単身赴任、母さんは仕事優先で家に全然帰ってこない。実質一人暮らし。冬弥に対しても「監視役、ね…」って自分の家庭教師としての立場を皮肉ってくる。それ高校生の言うことじゃないでしょ。あたしはこういう子に弱い。
でね、マナがすごいのは、可哀想ぶらないこと。電子レンジが無い冬弥のアパートを見て「うっそ!? 信じらんない! なにそれ!?ここ、ほんとに文明国!?」とか言うし、冬弥のジーパンのポケットの入れ方にダメ出しして「シャツの裾、どうして中に入れるわけ!?」って勝手に直してくるし。普通の高校生の女の子の顔も持ってる。だからこそ家庭の話が出てきた時の落差がきつい。
マナの口癖「藤井さんって…」「藤井さん」が、最初はとげとげしく聞こえるんだけど、ある瞬間からだんだん、なんていうか、信頼の音に聞こえてくる。同じ呼び方なのに、文脈で意味が変わる。テキストだけのゲームでこれをやられると、あたしの感情のハンドルが効かなくなる。
マナルートのエンディング、ぜんぜん予想と違った。詳しくはネタバレ版。「絶対に、藤井さんのところに行くんだから…覚悟してなさいよ…」っていう別れ際の一言、好きすぎる。あの子が選んだ道だから、笑って見送るしかないんだよ、こっちは。
はるかは反則。少ない言葉で全部持ってく
河島はるか。幼なじみ。これも反則だった。
はるかは「ん」と「冬弥」しか喋らないみたいなキャラ。スポーツバッグ抱えて気だるそうにしてて、自分から話しかけてきて自分から突然会話を終わらせるタイプ。「冬弥」「ん?」「うん」みたいな最低限の応答で全部済ます。冬弥との関係の歴史が長すぎて、もう言葉が要らないっていう、そういう書かれ方。
このキャラの何がずるいって、いざという場面でも最低限の言葉しか使わないこと。たとえば晴れた日に風花が舞ってる中で「関係ないんだよ、雪は」って一言ぽつっと言うんだけど、これの意味、冬弥にはわかるけど読者にはまだわかんないでしょ。後で兄を事故で亡くしてるって明かされて、ようやく「あ、雪に関係するなにかが、お兄さんと結びついてるんだ」って気づく。説明されない。でも積み重ねていくと、はるかの中の空白の形が見えてくる。
ジャケットが「去年の、ちょっと小さくなっちゃって」って恥ずかしそうに言う場面がある。成長期って自分から言うのが恥ずかしくて、でも言わずにいられないっていうあの感じ。あたしも10代でこういう瞬間あった気がする。あれを地の文じゃなくてセリフで書いてくれるの、嬉しい。
はるかルートのエンディングは2バージョンあるらしい。両方プレイした。両方違うかたちで胸がぎゅっとなる。詳しくはネタバレ版で。
美咲と理奈と弥生はちょっとあたしのキャパ外
残りの三人は、好きだったけど、刺さり方が違った。
美咲はね、上品な先輩で、料理上手で、裁縫の道具持ってて冬弥のボタンつけてくれる人。普通だったらあたし大好きなタイプなんだけど、美咲ルートの設定が……いやキツい。詳しくはネタバレ版。「藤井君は、冬は嫌い?」「私も、好き」「冬って寒くて寂しいから、温かいものが、すごく温かく感じられるっていうか」みたいな、何でもない会話が好きだった。あの会話のままだったらどんなによかったか。
理奈は「ザ・トップアイドル」の人。喫茶店で兄の英二と痴話喧嘩中に流れ弾のパンチを冬弥の顔面に当てちゃう登場が最高。「『理奈ちゃん』なんて呼ばないでっ!」って兄に怒鳴る場面で一気に好きになった。文学少女設定で、革のブックカバーの文庫本を常備してるとか、ドイツ語っぽい呪文を呟くとか、属性が渋滞してる。理奈ルートのエンディングはちょっと予想外で、ふわっと終わるんだけど、その「ふわっと」が理奈らしい。
弥生はね……あたしの守備範囲外。マネージャーで、無表情で、業務的な人。最初「ロボットみたい」って書かれるのもわかる。弥生ルートはあたしには重すぎた。物語的に必要な描写なのは頭ではわかるんだけど、感情移入型のあたしには厳しい。詳しくはネタバレ版で。あの人にも事情があるのは、わかる。わかるけど、つらい。
で、ここからは冬弥への文句
これは言わせて。書かないと進めない。
冬弥がね、動かないの。徹頭徹尾、動かない。由綺が「冬弥君、私の他に、誰か好きな人って…、いるの…?」って『音楽祭』前夜に直球で訊いてきても、冬弥は「俺は…俺は…」って詰まるだけ。「ない」とも「ある」とも答えない。あたしならここで「ない」って言ってほしいんだよ、由綺のために。それすら言えない。
マナを抱くか帰るかの分岐の地の文も「俺は…俺は…」だよ? また! 由綺と全く同じ詰まり方! もうちょっとボキャブラリー増やそうよ。あと由綺のクリスマスライブにちゃんと行くって約束する場面で「行くってば」って言うんだけど、状況次第ではこれを破る選択肢が出てくる。約束しといて破る男、許せないんだよあたしは。
地の文の「俺は、由綺を愛してる」「俺の声の調子はうわずってゆく」みたいな内語は、なんていうか、自分の弱さを言語化することでアリバイ作りしてる感じがある。「自分は嘘が下手な人間だってこと、わかってるよ」っていうエクスキューズ。それで動けない言い訳が立つと思ってるんだったら、それ違うから。動けないってのは、行動の話だから。
……って、ここまでキレながら書いてて気づいたんだけど。冬弥が能動的だったら、各ヒロインの「自分で選ぶ」シーンが書けなかったんだよね。マナが「私が、お姉ちゃんの恋人を取っちゃうわけにはいかないでしょ?」って自分で身を引くのも、はるかが「行かなきゃ」「どこに?」「…由綺のとこ」って自分で去るのも、冬弥が動けないからこそ成立してる。それは頭ではわかった。でもあたしの感情はもう一段、冬弥に動いてほしかった。それだけ。
あと序盤と攻略システムについてちょっとだけ
序盤の話と、ゲームシステムの話。
序盤が長い。学園祭からクリスマスライブまでが共通ルートなんだけど、ここで「何が起きてるかわからないままダラダラ進む」感覚がある。後から振り返ると「ここの会話、後で意味出てくる」ってのが多いんだけど、プレイ中はそれがわかんないんだよ。だからあたしは序盤で1回挫折しかけた。中盤の由綺のクリスマスライブ周辺で一気に物語が動き出してから、あ、これ最後までやろう、って腰据えた。
攻略システムが週単位のスケジュール選択型なんだけど、これがけっこう難しい。「いろいろな行動をします」って選んでも、誰に会えるかは運次第みたいなところがあって、狙ったヒロインのルートに入れずに何度かやり直した。「会いたいときに会えない」をゲームシステムでやってる、っていうのは聞いてて、まあテーマと一致してるのはわかるんだけど、プレイヤーとしてはちょっと、その、しんどい時もある。攻略サイト見ながらやったら一気に楽になった。これ、攻略サイト無しで全エンド回収する人、尊敬する。
とはいえ、システムで「すれ違い」を体験させるのは、由綺ルートの感動を増やしてはくれた。冬弥が由綺の時間を断ったぶん、由綺が冬弥のためにスケジュール調整してくれる重みが伝わる。あの「会えた」喜びが、自分で時間をやりくりした結果として返ってくる。これはテキストだけのゲームじゃ味わえなかった感情だ。
7——由綺とマナとはるかに会えたから
採点の話。
由綺、マナ、はるか、この三人に会えたことで7。冬弥の煮え切らなさで-1、序盤の長さとシステムのしんどさで-1、それでもこの点数つけられるのはヒロインの力。ヒロインが全員、それぞれの選択をちゃんとする子達なんだよね。みんな自分で自分の道を選ぶ。守られて終わるヒロインがいない。それがこのゲームのいいとこ。
歌のシーンについても触れたい。歌詞のテキストだけ読んでも、「すれ違う毎日が 増えてゆくけれど お互いの気持ちはいつも 側にいるよ」って一節。これが由綺の歌として劇中で流れてる、っていう設定で読むと、もう構造としてやばい。「会えないけど気持ちは側にいる」って歌ってる相手が、毎日会えなくなってる現実、つらすぎる。これだけで一回泣けた。
1998年の作品で、感情の出口がちゃんとあるゲーム。冬の話。雪の話。「会いたいときに会えない」話。冬弥にキレながらも、好きだ。それでいいと思う。ネタバレ版で各ルートの泣いたシーンの話する。
