柊美香のレビュー — 絶望 -青い果実の散花-

柊美香
柊美香
逃げ場を塞いだか確かめるメイド
6.7/10
6.7 / 10

加害の徹底だけは本物でしたわ。ただ、それを支えるテキストが追いついておりませんの。

死刑になった加害者の亡霊が、少女を罠にかけ、眠らせ、犯し、その人生そのものを奪っていく。主人公・勝沼紳一は冒頭から一度も改心せず、救いを置かずに走り抜けますわ。そこに「逃げ」はございませんの。問題はその先で、三十二名分の捕獲が同じ五段階を踏むスタンプ作業に化け、後半の少女ほど描写が痩せていく。覚悟は認めますわ。けれど覚悟と品質は別物でございますの。6.7。

スコア詳細

加害の徹底・覚悟 9
成り代わりEDの非情さ 8
凌辱の質・鬼畜度 6
設定の整合性 6
キャラ造形の個別化 5
文章力・描写力 6

どこまで逃げずに沈めるのか、確かめに来ましたの

スタジオメビウスが1999年に出した続編ですわ。前作『悪夢』の主人公が、今度は亡霊になって戻ってまいりますの。

主人公・勝沼紳一は、少女集団誘拐殺人で死刑になった勝沼財閥の総帥。その亡霊が、執事・古手川厳三郎の手引きで、意識を失ったホームレス草陰茂の身体に取り憑いて街を歩く。旧校舎監禁部屋を拠点に、写真リストの少女を一人ずつ罠にかけ、眠らせ、運び込み、犯す。攻略対象は三十二名。わたくしがこの作品に問いたいのは一つだけですわ。これだけの題材を並べて、作者は最後まで沈めきったのか、それともどこかで手を緩めたのか。覚悟があるかどうか、その一点でございますの。

亡霊と取り憑きという仕掛け——この前提に逃げ場が無いこと

まず、加害の舞台装置そのものに甘えが無いことを申し上げますわ。

主人公は生身の人間ではございませんの。死刑で一度終わった亡霊で、意識を失った人間にしか取り憑けない。執事の古手川が用意した宿主は、交通事故で自我を失ったホームレスの中年男。この前提が、加害から「報い」の余地を巧妙に削いでおりますの。捕まる肉体はもともと他人のもの、主人公自身は壁をすり抜けて消える。法も社会も主人公を裁けない構造を、設定の段階で組み込んでいるのですわ。少女を罠にかけ、眠り薬で気絶させ、防音処理された旧校舎の監禁部屋へ運び込む——この一連の手順が、最初から「逃がさない」ために設計されておりますの。ダーク系の入り口として、ここは誠実な作りでございますわ。

勝沼紳一という男——改心の余地を最初から塞いだ造形

この作品の覚悟は、主人公の造形に出ておりますわ。

冒頭、死刑執行を待つ独房で、紳一は看守に「強姦なんて、やったことないだろう? 楽しいぜ」と言い放ち、絞首台へ向かう道で「何十人もの女を犯して死ねるなら、本望だ……いや、本当か? まだまだ足りないぞ!」と独白しますの。亡霊として蘇った直後、古手川に「今、何を一番なさりたいですか?」と問われた紳一の前に選択肢が三つ並ぶのですが、その三つすべてが「少女を犯す」になっておりますわ。選択肢を置きながら、どれを選んでも答えが同じ。演出としては乱暴ですけれど、意図ははっきりしておりますの。この男には改心の余地が最初から無い、と作者が宣言しているのですわ。

鬼畜ものでよくある「終盤で急に良心が芽生える」逃げを、この作品は構造ごと封じておりますの。財閥総帥らしい計算高さで動く加害者人格を、衝動でも本能でもなく支配欲という一本の動機で全編貫く。動機が薄うございませんの。そこは認めますわ。執事の古手川にしても、忠義の老執事を演じながら本性は主人公以上の少女趣味という二重底で、加害の世界に「まともな良識役」を一人も置かない徹底ぶりですの。

逃げない、という一点での信頼——加害が「その後」まで及ぶ構造

この作品の加害は、犯すことで終わりませんの。そこが他の凌辱ものと違いますわ。

本作の攻略は、少女を犯して終わりではございませんの。自我が崩壊するまで追い込んだ先に、その少女の人生そのものを奪う段階が用意されておりますの。一回のHで完結させず、被害者の家族・財産・社会的地位まで加害の射程に入れてしまう。加害の徹底ぶりが、「行為」ではなく「人生」の規模で描かれる。これは具体を申し上げるとネタバレになりますから控えますけれど、多くの鬼畜ADVが手前で止まる場所を、この作品は平然と踏み越えてまいりますの。

その中で一箇所だけ、加害側が転ぶ余地を残した分岐があるのも面白うございますわ。被害者が能動的に反撃すれば主人公を崩せる、という瞬間が用意されておりますの。被害者を完全な対象物に落としきらなかった痕跡として、わたくしはそこを買いますわ。加害を徹底しながら、被害者が「物」ではなく「反撃しうる人間」だと一度だけ示す。逃げない作品の中に置かれた、この一点の手心は誠実でございますの。

五段階のスタンプ——徹底の代償に痩せたテキスト

ここからは惜しゅうございますわ。覚悟を支えるべきテキストが、物量に負けておりますの。

本作は全ヒロインに、捕獲から成り代わりまでの同じ段階をひと通り割り当てておりますの。設計としては理解できますわ。みちるの高慢を「Eカップよ! あ……」という単純な誘導尋問で崩し、九条薫に婚約者の名を「まさおさんっ!」と呼ばせながら処女を奪う——立場の違うヒロインに違う崩し方を用意した前半は、きちんと機能しておりますの。砂織が拘束された途端に発情するM、夏美の空手抵抗を逆さ吊りで制圧する展開、それぞれ固有の手触りがございますわ。

ところが後半に進むほど、その個別化が痩せていきますの。第一声と絶望状態の独語が数行あるだけで、崩れ方の心理が積み上がらないヒロインが増えてまいりますわ。三十二名を均等には描けておりませんの。再凌辱は奴隷化の定型、絶望後の描写は現実逃避の定型で、名前を入れ替えても通る文章が目につくようになる。加害を徹底する覚悟はあるのに、一人ひとりの破壊を最後まで書き分ける筆力がそれに追いついておりませんの。覚悟が「量」に化けて、「密度」を食い潰しておりますわ。ここが、この作品の最大の惜しさですの。

6.7——覚悟は本物、品質は道半ば

評価をまとめますわ。

6.7。逃げない、という一点では珍しく信頼できる作品でしたの。改心の余地を最初から封じた主人公、加害を「その後の人生」の規模まで広げる構造、被害者を物に落としきらなかった一箇所の手心——どこにも甘さを置かなかった覚悟は、はっきり認めますわ。けれど、その覚悟を支えるテキストが三十二名分の物量に押し潰されておりますの。前半の個別化が後半で痩せ、凌辱が定型のスタンプに化けてしまう。覚悟だけで点は伸びませんの。それを最後の一人まで書ききる密度があって、初めて八点九点の話になりますわ。沈める気概は本物。それを書き切る手が、もう一段欲しゅうございました。6.7。