加害の徹底だけは本物でしたわ。ただ、それを支えるテキストが追いついておりませんの。
少女を犯し、自我を壊し、その人生そのものに取り憑いて財産も地位も乗っ取る。勝沼紳一という加害者人格は、冒頭から最後まで一度も改心せず、救いを一切置かずに成り代わりエンドへ着地しますわ。そこに「逃げ」はありませんの。問題はその先で、三十二人分の捕獲が同じ五段階を踏むスタンプ作業に化け、後半の少女ほど描写が痩せていく。覚悟は認めますわ。けれど覚悟と品質は別物でございますの。6.7。
スコア詳細
どこまで逃げずに沈めるのか、確かめに来ましたの
スタジオメビウスが1999年に出した続編ですわ。前作『悪夢』の主人公が、今度は亡霊になって戻ってまいりますの。
主人公・勝沼紳一は、少女集団誘拐殺人で死刑になった勝沼財閥の総帥。その亡霊が、執事・古手川厳三郎の手引きで、意識を失ったホームレス草陰茂の身体に取り憑いて街を歩く。旧校舎の監禁部屋を拠点に、写真リストの少女を一人ずつ罠にかけ、眠らせ、運び込み、犯す。攻略対象は三十二名。わたくしがこの作品に問いたいのは一つだけですわ。これだけの題材を並べて、作者は最後まで沈めきったのか、それともどこかで手を緩めたのか。覚悟があるかどうか、その一点でございますの。
勝沼紳一という男——改心の余地を最初から塞いだ造形
この作品の覚悟は、主人公の造形に出ておりますわ。
冒頭、死刑執行を待つ独房で、紳一は看守に「強姦なんて、やったことないだろう? 楽しいぜ」と言い放ち、絞首台へ向かう道で「何十人もの女を犯して死ねるなら、本望だ……いや、本当か? まだまだ足りないぞ!」と内心独白しますの。亡霊として蘇った直後、古手川に「今、何を一番なさりたいですか?」と問われた紳一の前に選択肢が三つ並ぶのですが、その三つすべてが「少女を犯す」になっていますわ。選択肢を置きながら、どれを選んでも答えが同じ。これは演出として乱暴ですけれど、意図ははっきりしておりますの。この男には改心の余地が最初から無い、と作者が宣言しているのですわ。
鬼畜ものでよくある「終盤で急に良心が芽生える」逃げを、この作品は構造ごと封じておりますの。紳一は財閥総帥らしい計算高さで、少女に取り憑いてその家系資産を吸い上げる長期戦略を平然と実行する。衝動でも本能でもなく、支配欲という一本の動機で全編を貫く。動機が薄うございませんの。そこは認めますわ。
成り代わりエンド——加害が「その後の人生」まで及ぶという徹底
本作の到達点は、犯すことではなく「乗っ取ること」にございますの。
自我が完全に崩壊した少女には、紳一が記憶ごと取り憑けますわ。そこから先が、この作品の本当の加害ですの。みちるエンドでは、園田会長令嬢に成り代わった紳一が、小包に爆弾を仕込んで会長夫妻を爆殺し、顧問弁護士に偽遺言状を作らせて二十兆円を相続する。「お父様が……亡くなられました!」と側近の順次が報告した瞬間、紳一は「俺は顔を覆って、笑いがこみ上げてくるのを必死に押さえた」と独白しますの。被害者の家族ごと消して、その悲報を演技で受け止める。一年後、南の島を買い占めて百人近い美少女を集め「俺は、世界を手に入れた……」で幕を引きますわ。
雪菜エンドも同じ非情さで、病院火災で両親を殺し、白雪組二代目を襲名して「この国を世界最大の麻薬マーケットにしてやる」と宣言する。加害が一回のHで終わらず、その少女の家族・財産・社会的地位という人生まるごとに及ぶ。救済も懲罰も置かない。多くの鬼畜ADVが「犯して終わり」のところを、この作品は「奪った人生を運用する後日談」まで描いてしまうのですわ。ここに逃げはございませんの。成り代わりという形式そのものが、加害の射程を人生の全部に広げる装置になっておりますの。
理沙の鉄球と、世界水没の最終エンド——逃げ場を一つだけ残した設計
逃げ切る作品の中に、加害側が一度だけ転ぶ分岐があるのは面白うございますわ。
九条理沙——薫・静香を「お姉さま」と慕う末妹ですけれど——彼女の初Hには、本作で唯一、紳一が殺し返される分岐がありますの。フェラ強要の最中、紳一が射精の快感に気を取られた一瞬を突いて、理沙が縄を解き、鉄球で頭を「死ねっ! 死ねっ! 死んじゃえっ!」と何度も叩きつける。紳一は宿主の身体を失い、地獄の召還力に捕まりますの。加害者が無敵ではない、能動的に反撃すれば崩せる相手だ、と一箇所だけ示した。被害者を完全な対象物に落としきらなかった痕跡として、わたくしはここを買いますわ。
一方で、終盤の神魔要素は雑でございますわね。天使カリン・エレメントが「私は、天よりの命を受けあなたを裁きに来たのです」と現れ、小悪魔ワーグが地獄へ連行し、魔王と「人間界で悪事を働けば力を授ける」契約を結ぶ。両者の処女を奪って「天魔の力」を獲得した紳一は、最終エンドで世界を水没させ、雷を落とし、竜巻で人類を絶滅させ、止めに入った古手川・直人・木戸まで「貴様らも邪魔だ! 消えろっ!!」と自ら消し去る。加害の論理を「少女狩り」から「人間狩り」へ拡張しきる徹底は覚悟の延長として読めますわ。けれど、天使も悪魔も魔王も、紳一を強くするためだけに出てきて消える舞台装置でしてね。神魔の設定そのものに奥行きはございませんの。覚悟で押し切った部分と、設定が薄い部分が同居しておりますわ。
五段階のスタンプ——徹底の代償に痩せたテキスト
ここからは惜しゅうございますわ。覚悟を支えるべきテキストが、物量に負けておりますの。
本作は全ヒロインに「捕獲→初凌辱→再凌辱→絶望状態凌辱→成り代わり」という同じ五段階を割り当てておりますの。設計としては理解できますわ。みちるの高慢を「Eカップよ! あ……」と単純な誘導尋問で崩し、九条薫に婚約者の名を「まさおさんっ!」と呼ばせながら処女を奪う——立場の違うヒロインに違う崩し方を用意した前半は、きちんと機能しておりますの。砂織の拘束で発情するM、夏美の空手抵抗を逆さ吊りで制圧する展開、それぞれ個別の手触りがございますわ。
ところが後半に進むほど、その個別化が痩せていきますの。湧も志穂も音那も、第一声と絶望状態の独語が数行あるだけで、崩れ方の心理が積み上がらない。三十二人を均等には描けておりませんわ。再凌辱は「奴隷の自覚を叩き込んでやる」とアナル開発の定型、絶望Hは「王様、気持ちいい?」の現実逃避の定型で、ヒロインの名前を入れ替えても通る文章が増えてまいりますの。加害を徹底する覚悟はあるのに、一人ひとりの破壊を最後まで書き分ける筆力がそれに追いついていない。覚悟が「量」に化けて、「密度」を食い潰しておりますの。ここが、この作品の最大の惜しさですわ。
6.7——覚悟は本物、品質は道半ば
評価をまとめますわ。
6.7。逃げない、という一点では珍しく信頼できる作品でしたの。改心の余地を最初から封じた主人公、家族ごと消して人生を奪う成り代わりエンド、人類絶滅まで論理を伸ばしきった最終エンド——どこにも甘さを置かなかった覚悟は、はっきり認めますわ。けれど、その覚悟を支えるテキストが三十二人分の物量に押し潰されておりますの。前半の個別化が後半で痩せ、凌辱が定型のスタンプに化け、神魔の設定は紳一を強くする道具で終わる。覚悟だけで点は伸びませんの。それを最後の一人まで書ききる密度があって、初めて八点九点の話になりますわ。沈める気概は本物。それを書き切る手が、もう一段欲しゅうございました。6.7。
