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新藤エレナのレビュー — 絶望 -青い果実の散花-(ネタバレあり)

新藤エレナ
新藤エレナ
処女喪失を32回見届けた女
7.0/10
7.0 / 10

物量と幅は本物。でも同じ型を32回繰り返した代償もあるわ。

シコれるかどうか。私の物差しはそれだけよ。この作品は「捕獲→初H→再H→絶望H→成り代わり」という同じ型を32名に流し込む構造で、入口の捕獲だけがヒロインの属性ごとに変えてある。だから初Hは幅広く楽しめる。砂織のM覚醒、香苗の身代わり奉仕、最後にはカリンの天使陵辱とワーグの小悪魔陵辱まで——シチュの引き出しは確かにある。ただ型が固定だから、絶望Hまで通すと同じ崩れ方の反復になる。1999年のテキストの薄さも実用性の足を引っ張る。物量で押し切った7.0よ。

スコア詳細

Hシーンの質 7
シチュの多様性 8
ボリュームと密度 7
ヒロインの魅力 6
文章力・描写力 5
作品の尖り・唯一無二性 8

32人ぶんの処女を、どう配給するつもりなのか見に来た

1999年スタジオメビウス、『悪夢』の続編。死刑になった亡霊が少女を片端から監禁して犯す、という潔いコンセプトよ。

主人公の勝沼紳一は、少女集団誘拐殺人で死刑になった亡霊。ホームレスの草陰茂の身体に取り憑いて街を歩き、写真リストの少女を罠で誘い出し、眠り薬で気絶させて旧校舎監禁部屋に運ぶ。攻略対象は本編28名にDVD版追加4名で計32名。財閥令嬢、アイドル、水泳選手、巫女、果ては天使と小悪魔まで揃う。私が手を取ったのは、この物量で「シコれる配給」をどう成立させるつもりなのか確かめたかったから。32人ぶんの処女喪失を用意して、それを単なる水増しに終わらせるか、引き出しの広さに転化させるか。そこが見どころだと踏んでいたわ。

みちると砂織——入口で勝負を決めている初H

この作品でシコれる核は、ほぼ全部が初Hに集中しているわ。捕獲直後の、まだ性格が生きている処女喪失よ。

園田みちる。会長令嬢で、作中で一番高慢な女。「園田家の総資産は二十兆円よ」と威張る相手に、紳一が「丸ごとこの俺がもらってやろう」と返す。バストサイズを聞かれて「Eカップよ! あ……」と単純に乗せられて自白する間抜けさ込みで、プライドの高い女が落ちていく型がきれいに作ってある。ボディーガードを呼んでも誰も来ない、その絶望の演出が処女喪失の「アグッ! ヒィッ! い、いやぁぁあ!」に乗っているから機能する。これはシコれた。

砂織は方向が逆よ。バストサイズを聞かれただけで泣き出すほどの男性恐怖の少女が、天井から両手を吊られた途端に発情する。地の文が「拘束されることに、特別なものを感じるタイプ……M……なのか?」と本人より先に気づくこの設計、ちゃんと拘束=覚醒のスイッチを一人ぶん用意してある。同じ初Hでも、みちるは強者の屈服、砂織は隠れMの開花。入口でヒロインの性質を変えているから、初Hだけは飽きずに通せた。Hシーンの質を7に置いたのは、この入口の作り込みを評価した結果よ。

身代わり・さらし・ティッシュ詰め——シチュの引き出しは認めるわ

シチュの多様性は8。これは物量だけの話じゃなくて、ちゃんと一つずつ違う趣向を仕込んでいる。

篠田香苗は身代わり奉仕。アイドル星花を人質に取られて、マネージャーの香苗が「やります! やりますから、星花は……」と自分を差し出す。フェラが下手だと「星花にやらせたほうがマシかもな」と脅される構図は、人質ものとして筋が通っているわ。岬冴子は成熟処女の教師で、胸をさらしで巻いている。ブラじゃなくさらしを解いていく手間そのものがシチュになっていて、しかも処女喪失の最中ずっと「まさおさんっ!」と無関係な婚約者の名を呼ばせる二重侮辱。夏美は水泳選手で、蹴り技で抵抗してくる女を逆さ吊りにして布団に叩きつけ、丸めたティッシュを口に詰めて声を奪う。

赤石真生は自称巫女で、金縛り術で紳一を縛ったつもりが逆襲され、商売道具の数珠を猿ぐつわにされる。「本物の巫女などではない」と自白した脱力感と、それでも処女喪失の衝撃は本物というギャップが効いている。さらに肝試しイベントでは旧校舎を封鎖して女子を追跡捕獲する鬼ごっこ構造まで用意してある。拘束、身代わり、さらし、声殺し、追跡——同じ強姦でも種類を変えてくる引き出しは確かにあるわ。多様性は8で当然よ。

絶望Hで全員が同じ顔になる——型の代償

ただし、再Hと絶望Hまで通すと話が変わる。ここがこの作品の弱点よ、はっきり言うわ。

本作は全32名に「初H→再H(傷の確認→奉仕→アナル開発)→絶望H(自我崩壊後)」という同じ3段階を機械的に割り当てている。再Hは「奴隷の自覚を叩き込んでやる」「もう、お嬢様気分は抜けたか?」という型がどのヒロインでもほぼ共通。絶望Hに至ると、みちるは「私は、この国の女王様ですもの。ホホホホホ!」、香苗は「私は、アイドル……誰もが羨むアイドル、ルルルル~」と現実逃避の独語を漏らすところまで型が同じ。属性ごとに虚言の中身は変えてあるけれど、「自我が壊れて従順な奴隷になる」という終着点が全員一致だから、絶望Hを20人ぶんも読むと崩れ方が一本調子になる

入口で散らした個性が、出口で全部同じ無機質に収束していくのよ。紳一自身が絶望Hで「俺が求めていたのは、従順な奴隷などではない」「もういい、やめろ~っ!」と苛立つ場面があるくらい。皮肉なことに、作中の加害者本人が反復に飽きている。ヒロインの魅力を6に置いたのはこの理由。みちる・砂織・香苗のように初Hで立つ子はいるけれど、絶望Hの段階では大半が記号に戻る。エロで魅力が最大化されるのは初Hまで、というのが私の読みよ。

カリンとワーグ——陵辱が力になる、この一点は尖っている

エロと物語の繋がりで言えば、この作品には他にない一点があるわ。陵辱が「力の獲得」に直結している構造よ。

攻略終盤、天使カリン・エレメントと小悪魔ワーグが現れる。カリンは「私は……すべてを受け入れる覚悟でいるのです」と自ら抵抗を放棄する唯一のヒロインで、紳一はそれが面白くないと苛立つ。ファーストキスの感想を聞かれて「特にありません」と返す、人外ゆえの温度のなさが妙にエロい。ワーグは魔王の使いで、紳一は地獄で魔王と取引して力を得た直後、人間界に戻ってワーグの翼を引きちぎる。「血まみれの白い羽毛があたりに散乱し、俺は鶏小屋を荒らす野良猫のような気分になった」という地の文で、神話的存在が物理的に解体されていく。

重要なのは、天使と悪魔の処女を奪うこと自体が「天魔の力」の獲得条件になっている点よ。普通のエロゲーなら陵辱は陵辱で完結する。この作品は「処女喪失の量=主人公の支配力の量」という比例関係を物語のエンジンにしている成り代わりエンディングでも同じで、みちるに取り憑けば二十兆円の園田グループを乗っ取り、雪菜に取り憑けば白雪組を継いで世界の麻薬を握る。最終EDでは天魔の力で世界を水没させ、部下の古手川・直人・木戸まで「邪魔だ! 消えろっ!!」と消して人間狩りを宣言する。エロが物語の飾りじゃなく、支配欲という一本の線で本編に接続されている。この点は、量産型の凌辱ゲーとは違う尖り方よ。唯一無二性を8に置いたのはここ。

7.0——物量と尖りで押し切った。テキストが足りないわ

最後に総評を。

7.0。シコれた場面は確かにあった。初Hの作り込み、身代わりやさらしや拘束といったシチュの引き出し、そして陵辱を力に変える神魔の構造——尖っている部分は正面から評価するわ。一方で、型を32名に流し込んだ代償として絶望Hの反復が単調になること、1999年のテキストが破瓜の血と痛みの描写に終始して密度が薄いこと。この二点が実用性の天井を押し下げている。文章力を5に置いたのはそのまま。もう一段テキストに熱量があれば、この物量は8点に届いたはずよ。「エロゲーである必要があったか」という問いには、当然でしょ、と答える。陵辱に全振りした潔さは本分を果たしている。ただ一級品とまでは言わないわ。7.0。物量で買った点数よ。