波多野瑠璃のレビュー — 僕と、僕らの夏

波多野瑠璃
波多野瑠璃
闇があるかだけを見る
8.2/10
8.2 / 10

爽やかな初恋の話だと思って始めると、下に何かが埋まっていることに途中で気づく作品だよ。

来春ダムに沈む集落の、最後の夏。東京の受験生・古積恭生と、幼なじみの市村貴理の初恋。表向きはそういう叙情的な青春の話だよ。でも、この作品の本体は明るい表層のほうにはないと思う。眩しい初恋の下に、まったく別の温度の層が沈めてある。その層に気づいた時、これがただの田舎の夏の話じゃないと分かった。表の甘さと繰り返しで一段引いたけれど、下に埋めてあるものは本物だよ。8.2はそういう評価だね。

スコア詳細

テーマ・メッセージ性 9
雰囲気・没入感 9
世界の奥行き 8
設定の独自性 8
エンディングの満足度 8
文章力・描写力 7

「最後の夏」という言葉に引き寄せられた

手に取った理由は、消える場所の話だと知ったからだよ。

2002年に発売されたlightの作品だね。プレイしたのは、後から出た完全版のほう。東京の受験生・古積恭生が、子供の頃から夏を世話になっていた山間の集落に、ひと夏の下宿にやってくる。ただ、その集落は来春から貯水を始めるダムに沈む運命で、いまが名実ともに「最後の夏」なんだよ。家は順に取り壊され、住人は秋までに立ち退く。消えることが決まっている場所の、最後の時間を描く話だね。

恭生はそこで、三年半ぶりに幼なじみの市村貴理と再会する。二人が子供の頃に小学校の校庭に埋めた「探し物」を、集落が水底になる前に掘り起こそうとする。地元の親友・原英輝や、貴理を慕う弓道部後輩の倉林有夏たちと過ごすひと夏。ここまでを聞くと、素朴で地味な初恋の叙情ドラマに聞こえるだろうね。実際、表面はそうだよ。

僕がこの作品に興味を持ったのは、「最後の夏」という言葉が最初から過去の側、失われる側に置かれている点だよ。消えるものを描くと予告している作品が、それを本当に引き受けているか、それとも最後は明るい救済に逃げるか。そこを確かめに行った。結論から言えば、この作品は逃げなかった。ただしそれは、表層の初恋だけを見ていても分からない。

表層の初恋の下に、別の温度の層がある

この作品の本体は、恭生と貴理の初恋そのものではないと思うよ。

恭生と貴理の話だけを追っていくと、初々しくて、ときどき甘すぎて、正直これは軽薄寄りかな、と一度は思う。田舎の夏、幼なじみ、埋めた宝物。テンプレートに見える要素も多い。ここで切ってしまう人がいるのも分かるよ。

ところが、この作品は一つの視点だけで終わらない。恭生と貴理の側を一通り見終えると、同じ夏が別の人物の側から語り直される仕掛けがあるんだよね。都会から一人で戻ってきた、年上の女性・小川冬子。彼女の側に視点が移った瞬間、同じ集落、同じ夏、同じ登場人物の温度が反転する。表が前を向く物語なら、こちらは前を向けない物語だよ。ここに、表層の下に埋めてあったものが姿を現す。

詳しい正体はここでは伏せておくよ。ただ、この二層構造こそが本作の核心だということだけは言っておく。表の初恋は、下に沈められているものを引き立てるための、明るい蓋なんだよ。蓋だけを見て「爽やかな初恋もの」と判断したら、この作品を半分も見ていないことになる。僕が評価するのは、明るい初恋そのものではなくて、その真裏に別の温度の層を一つ、静かに埋めておいた判断のほうだよ。

ダムに沈む集落——消滅を背景に置いた強さ

舞台そのものが、この作品のテーマを支えているよ。

来春には水底になる集落、という設定が効いている。バスは一日に数便、雑貨屋も旅館も一軒ずつ。人はもう半分いなくなっていて、家は順に壊されていく。ここで交わされる会話や、掘り起こそうとする「埋めたもの」に、常に「どうせ全部沈む」という前提が影を落としている。何をしても、この場所自体が消えてなくなる。その諦めの空気が、作品全体に低い温度で流れているよ。

集落の中も一枚岩じゃない。ダムに反対してきた古くからの住人と、建設のために働いてきた側とで、長く分断がある。外から来た者に「余所者」というレッテルを貼る排他性もある。主人公の見えないところで、それぞれの家が別々の事情を抱えて生きてきた感触がちゃんとあるんだよね。世界が主人公のためだけに存在していない。この奥行きは評価できる。

「埋めたものを掘り起こす」という中心のモチーフも、消滅の舞台と噛み合っている。掘り起こすのか、掘り起こさないのか。過去を持ち越すのか、沈めておくのか。この問いが、表と裏の両方でそれぞれ別の答えを出す。そこに本作の一番深い部分があるんだけど、その答えの中身は、クリアした人に向けてもう一本のほうで書いたよ。

弱点——助走が長く、言葉が繰り返される

8.2に留めた理由も正直に言うよ。

まず序盤の掴みが弱い。恭生視点の日常が長いんだよね。集落を歩いて、穴を掘って、というのが延々と続く。この作品の本体が表層の下にあるのに、そこへ辿り着くまでの助走が長すぎる。動き出す前に離脱してしまう人がいてもおかしくないよ。地味な入口を選んだ誠実さでもあるけれど、辛抱を要求する構えではある。

もうひとつは文章の癖だよ。特に貴理の会話に、同じ感情を何度も繰り返し言葉にする傾向がある。強調のつもりなんだろうけど、繰り返されるほど言葉が軽くなって、そこで没入が一度切れる。下に埋められている層の静けさに比べると、表の会話の手触りは一段緩いと感じたよ。

……まあ、こういう地味さと緩さを抱えたまま、それでも下に本物を沈めてある作品だ、というのが正直な評価だね。表面の完成度で殴ってくるタイプじゃない。

8.2——蓋を開けた人にだけ届く

この作品に闇があるかと問われたら、ある、と答えるよ。

テーマ9・雰囲気9。消えていく場所を、消えていくものとして書ききった空気は本物だよ。安易な救済に逃げず、失われるものを失われるまま置く選択をしている。世界の奥行き8・独自性8。同じ夏を二つの温度で反転させる企ては尖っているし、集落の分断や余所者という肌触りまで含めて、世界が主人公の外にも続いている。

エンディングの満足度8・文章力7。引き下げたのは、序盤の助走の長さと、台詞の繰り返しだよ。テーマの引き受け方は誠実なのに、そこへ辿り着くまでのテキストの緩さが残る。

誰に勧めるか。明るい救済より、静かな諦めのほうが心に残るタイプの人には、本作は届くと思うよ。逆に、ヒロインの可愛さや日常の楽しさを一番に求める人は、地味な入口と、下に沈めてある冷たさで止まってしまうかもしれない。それくらい、この作品の本体は表面には出ていない。

……表の眩しさだけを受け取って終わる人もいるだろうね。でも、その下に沈められているものに気づいた人には、これは全然別の作品として届く。分かる人間には届く作品だよ。クリアした後に、下に埋まっていたものについて、もう少し踏み込んだ話を書いておいた。掘り返してから来てほしい。