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田中穂乃火のレビュー(ネタバレあり) — CLANNAD

田中穂乃火
田中穂乃火
感情が先、言語化は後
9.0/10
9.0 / 10

渚が死んで、汐が死んで、それでも町じゅうの光が二人を生き返らせる話。あたしは三回くらい完全に壊れた。

これはネタバレ全開版。渚の死も、汐の死も、光エンドの救済も、幻想世界の正体も全部、隠さず話すね。学園編で演劇部を復活させて、卒業して、結婚して、汐が生まれて、渚が死ぬ。そこから朋也が五年腐って、汐とやり直そうとした矢先に汐も死ぬ。あたしはここで本気で「もうやめてくれ」って画面に言った。でも終わらない。終わらせないでくれた。各ルートで集めた光の玉ぜんぶが、最後に汐を抱いた朋也のところに降ってくる。9。テンポで一回つまずいたから10にはしなかった。けど着地の破壊力は完全に10だった。

スコア詳細

感動・カタルシス 10
エンディングの満足度 10
ヒロインの魅力 9
キャラ間の関係性 9
テーマ・メッセージ性 8
テンポ・緩急 6

「学園もの」だと思って始めたら、人生まるごと殴られた

2004年のKey、麻枝准たちのシナリオ。坂の下で立ち尽くす女の子と出会う、青春恋愛ものだと思ってた。後半で、人生そのものを正面から殴られた。

朋也は母を事故で亡くして、父とは口もきかない。バスケで肩を痛めてから何にも本気になれない、遅刻常習の不良。その朋也が、始業時刻を過ぎた坂の下でと出会う。「この学校は、好きですか」って、誰もいない方を向いて呟いてた女の子。二度留年して、長期欠席のあいだにみんな卒業しちゃって、慣れたはずの学校に居場所をなくしてた子。渚の口癖は「だんご大家族」と、自分を励ます「えいえいおー」。あたしは最初、この二人が演劇部を復活させて結ばれる、それで終わる話だと思ってた。

違った。CLANNADは二部構成で、学園編はぜんぶ前半でしかない。卒業して、結婚して、が生まれて、渚が死んで、その先がある。「AFTER STORY」っていう、卒業後の長い長い話。ここで作品が化ける。学園のキラキラを全部使って、そのあと家族の喪失と再生をやる。あたしはKanonとAIRで散々泣かされてきたつもりだったけど、CLANNADは桁が違った。

ここから先はネタバレ全開で、あたしが何にどう壊されたかを最後まで話すね。まだの人は絶対に先にプレイしてほしい。本当に。先に知っちゃもったいない作品だから。

渚という子。「えいえいおー」が、ずっと胸に残ってる

あたしのCLANNADは、半分くらい渚の話。弱くて、でも誰よりまっすぐ立とうとしてた子のことを、ずっと考えてた。

渚は病弱で、冬になると熱を出して長期欠席を繰り返す。二度留年して、「卒業するのに五年もかかりました」って自分の卒業式で言う子。中庭で一人あんパン食べてて、「浦島太郎の気分を味わいました」って、友達がみんな卒業しちゃったことを笑いながら話す。この笑いながら、っていうのが効くんだよ。泣き言じゃなくて、笑って受け止めようとする。だから余計に痛い。

でも渚は、ただ弱いだけの子じゃないの。演劇部を復活させたいっていう、自分の夢にちゃんとしがみつく。学園祭の本番で、緊張で台詞が飛んで、大泣きしながら、それでも最後までやり通す。あの場面であたしは一回目を持っていかれた。弱い子が、弱いまま、自分の力で立った瞬間だったから。

そして「岡崎渚って名前だと強くなれた気がします」って言って、朋也と結婚する。渚が自分の名字を捨てて新しい家族になる、その一言の重さ。ここまで渚の「弱さ」と「がんばり」を見せられてきたから、この一言が刺さる。だからこそ、このあと来るものが、本当にきつかった。

渚が死ぬ。あたしはここで一回、本気で動けなくなった

わかってたんだよ。体の弱い渚が出産って、危ないって。わかってた。わかってて、全然耐えられなかった。

卒業して、結婚して、町外れのアパートで暮らし始める。渚はファミレスでバイトして、朋也は電気工事士の見習いになる。なんてことない、でも幸せな日々。そこで渚が妊娠する。体の弱い渚にとって、出産は命懸け。医者には堕ろすことも勧められる。秋生は「ちっ…なんとかしてみせろ、てめぇ」って医者に食ってかかる。それでも二人は産むことを選ぶ。

雪の降る夜、自宅出産で、女の子が生まれる。汐。生まれた、よかった、って思った次の瞬間に、渚の手から力が抜ける。朋也が「渚っ…渚っ…!」「行くんじゃないぞ、どこにも…」って呼ぶ。届かない。……ダメだった。あたしはここで一回、画面の前で完全に止まった。生まれた子の泣き声と、母親が消えていくのが同時に来るんだよ。喜びと喪失を一個のシーンに同時に置いてくる。そんなのずるい。ずるいよ。

この場面の前に、朋也が「俺はおまえと一緒に生きていくことが、俺の生きる理由なんだ」って渚に言うの。生きる理由だって言ったその相手が、目の前で消える。あたしは渚の死そのものより、朋也のこの言葉がそこにあったことで壊れた。積み上げてきたものが全部、この一個の喪失に流れ込んでくる。

汐の「パパ、だいすき」で、あたしの涙腺は二回目の崩壊をした

渚を失った朋也が、五年腐る。汐から逃げる。この「ダメな父」の時間が、あとで全部効いてくる。

渚が死んだあと、朋也は汐を秋生と早苗に預けっぱなしにして、五年間、酒と無気力で過ごす。汐を見ると渚を思い出すから、見られない。父親なのに、娘から逃げ続ける。感情移入してると、ここはきつい。「いやお前、しっかりしろよ」って苛立ちが来る。でも、母を亡くして父から逃げてた朋也が、今度は自分が父親として娘から逃げてる、その繰り返しに気づかされると、苛立ちが別のものに変わる。これ、朋也の父親・直幸がやってたことと同じなんだよ。直幸も妻を亡くして、息子を守るために全部捨てて、結果として疎遠になった。朋也は親父をずっと許せなかったのに、自分が全く同じ場所に立ってる。「俺は…あの日の親父と…同じ場所に立ってるんです」「まったく同じなんです…」って気づく場面で、ああ、ってなった。憎んでた相手の苦しみを、自分が父になって初めてわかる。この構造が容赦ない。

早苗が仕掛けて、朋也は汐と二人旅に出される。ここで朋也がやっと父親になる。汐がずっと我慢してたのを、「もう、我慢なんかしなくていい」「泣きたかったら、パパの胸で泣けばいい」って抱きしめる場面。五歳の子が、ずっと「いい子」でいようとして泣くのを我慢してたんだよ。それを父親が初めて許す。あたしはここで二回目に泣いた。やっと、やっと父子になった、って。

……なのに。やっと父子になった矢先に、汐が倒れる。渚と同じ、原因不明の熱。雪の中、朋也の腕の中で、汐が「パパ、だいすき」って言って死ぬ。朋也は「ああ…」「パパもだ…」って返す。それしか返せない。あたしは、ここで……もう、言葉が出なかった。渚で一回やったのに、同じ構図でもう一回、今度は子供でやってくる。「もう、俺たちはどこにも行けない。」って朋也が雪に倒れ込む。あたしも一緒に倒れた。本気で「もうやめてくれ」って思った。

幻想世界の正体。ずっと挟まれてた「あの雪の世界」が全部つながった

学園編のあいだ、ずっと挟まれてた誰もいない雪の世界。あれが何なのか最後にわかった時、背中がぞわっとした。

ゲームのあちこちに、誰もいない雪の世界の話が挟まる。ガラクタの体をもらった「僕」と、その世界に一人で住んでる名なしの少女が、ぽつぽつ寄り添う話。最初は「これ何の話だろ」って思いながら読んでた。「もう、ここでは何も生まれず、何も死なない」「過ぎる時間さえ、存在しない」っていう、終わりかけの静かな世界。

これが、町じゅうの人の幸せの想いから生まれた光の結晶で、汐の意識の救済の場所だった、っていうのが最後にわかる。この世界そのものが、名なしの少女=渚に重なる存在。「僕」は人の幸せの想いの一つ。あのガラクタ人形が、汐を救うためにずっとそこにいた。学園編であたしが関わってきた女の子たち一人ひとりの物語が、それぞれ光の玉を一個ずつ生んでて、その光ぜんぶが、最後に汐を抱いた朋也のところに降ってくる。

あたし、こういう「全部つながってた」っていうのにめちゃくちゃ弱いんだよ。藤林姉妹の話も、ことみの両親の話も、智代の家族の話も、風子の姉の話も、有紀寧の兄の話も、ぜんぶ単発の感動だと思ってた。それが最後に、汐を生き返らせるための光に変わる。町じゅうの誰かの幸せが、一人の子供を救う。「町は、大きな家族か」って朋也が雪の光の中で呟くんだけど、その一言で、渚がずっと言ってた「町も人も、みんな家族です」「だんご大家族です」が全部回収される。だんごの唄が、二つの世界をつなぐ鍵だった。あーーもう、こういうの好き。好きすぎる。

光エンド。死んだ二人が、生き返る。これを許すかどうか

光が時間を巻き戻して、渚の出産の場面をやり直す。渚も汐も助かる。これを「ご都合」って言う人がいるのは知ってる。

降り注いだ光が運命を覆して、渚の出産の夜に戻る。今度は渚が死なない。汐も死なない。朋也と渚と汐の三人家族が、ちゃんと成立する。あれだけ二回も殺しておいて、最後に全部生き返らせる。これを「お涙頂戴のご都合主義」って言う人がいる。わかる。理屈で言えばそう。

でもあたしは、これは「ご褒美」じゃなくて「対価」だと思ってる。渚の死を一回ちゃんと見せられて、汐の死をもう一回ちゃんと見せられて、朋也が雪に倒れるとこまで全部受け取った。あの喪失を全部通過したあとだから、生き返ったことが嬉しい。最初から全員幸せでした、なら何も感じない。一回ぜんぶ奪われたから、返してもらえた瞬間に号泣できる。死をズルなしで描いたから、復活が効く。あたしはこの順番を信用する。

それに、渚がTrue Endのラストで「町に人と同じように、意志や心があるとして…」って朋也に語って、だんご大家族=家族論を完成させる。秋生がずっと言ってた「町は変わり続けていく」「この町と、住人に幸あれ」が、ここで全部一本の線になる。町が変わるのは人が生きるためで、その町が家族みたいに一人の子供を救う。あたしはこのテーマの着地に、文句のつけようがなかった。

古河家がずるい。秋生という親父の背骨

CLANNADを支えてるのは、渚でも朋也でもなくて、古河家だったとあたしは思ってる。

秋生。渚の父で、古河パンの店主。口が悪くて乱暴で、最初は朋也を「オッサン」呼びで煙たがられてる側のバカ親爺。「自宅出産だとおぉぉーーーっ!?」って叫んだり、早苗のパンが絶望的に下手なのを誰より知りながら店を続けたり。完全にコメディ担当だと思ってた。違うんだよ、この人。元教師で、重病の渚を救うために、夫婦で自分たちのやりたいこと全部捨てて、家族の時間に賭けた人なんだよ。それを一切恩着せがましく言わない。

渚が死んだあと、汐の養育を早苗と二人で黙って引き受ける。病院建設で町の木が伐られるってなった時、一人で現場に乗り込んで止めようとして、「木をさ…伐採にかかりやがったんだ…」「ただ、体が動いちまったんだな…」って言う。理屈じゃなく体が動く人。汐が発病した時に朋也に「そいつの父親は誰だ」「なら、おまえはしっかりしていろ」って言うとこ、親父すぎて泣いた。最後に病院の前で「この町と、住人に幸あれ」って呟くんだけど、この人が町と家族の話を一番体で背負ってた。あたしは渚の話だと思ってたのに、最後に一番残ったのは秋生だった。古河家がいたから、この作品の家族論が嘘じゃなくなってる。

学園編は長い。正直、長い。でもそれが全部、後半の貯金だった

減点の理由はここ。テンポで一回つまずいたんだ。正直に言うね。

学園編が長いの。各ヒロインのルートが一個ずつあって、藤林姉妹、ことみ、智代、風子、有紀寧、それぞれちゃんと泣かせてくるんだけど、AFTER STORYにたどり着くまでがとにかく長い。あたしは正直、中盤で何回か「もういいかな……」ってなりかけた。智代の生徒会選挙のあたりとか、テンションが乗ったり落ちたりして、感情移入で物語に入るあたしには、その緩急の段差がちょっとしんどかった。減点の一個はここ。

でも、これがあとで全部効いてくるんだよ。学園編で各ルートを通ったことが、最後に光の玉になる。あの長い日常があったから、町が「大きな家族」だって言われた時に納得できる。智代の話も風子の話も、単発で消費されたんじゃなくて、最後の救済に流れ込む。だから「長かった」のが「必要だった」に変わる。中盤でつまずいても、絶対に投げないでほしい。投げたらこの作品の本体に届かないまま終わるから。

あと智代。智代エンドの朝に朋也が「短い間だったが、楽しかったよ…」ってわざと別れを切り出す冗談を言う場面とか、智代の「私はこの時間が終わった後も、おまえと一緒にいたい」っていう本音とか、学園編の中にも刺さるところがちゃんとある。長いのは間延びしてるからじゃなくて、一人ずつ丁寧にやってるから長い。そこは履き違えないでほしいんだよな。

朋也について。最初は不良、最後は父親になった男

主人公が嫌いだと物語から引き抜かれるあたしだけど、朋也は最後まで一緒に立っていられた。

朋也は最初、皮肉屋でだるそうな不良。春原とくだらない掛け合いをして、「アオテナガフクロオオスノハラモドキ!」とか言ってふざけてる男。でも母を亡くして父と冷戦してるっていう芯がずっとあって、ただのチャラい奴には見えない。渚と出会って、「次の楽しいこととか、うれしいことを見つければいいだけだろ」って言う、あの最初の一言から、この人は他人を放っておけない人なんだってわかる。

あたしが朋也をちゃんと好きになれたのは、AFTER STORYで彼が「ダメな父」をやったあと、ちゃんとそこから立ち上がったから。五年逃げたのは正直「動けよ」って思った。でも、逃げた朋也が汐を抱きしめて「もう、我慢なんかしなくていい」って言うところまで連れて行ってくれたから、許せた。憎んでた親父と同じ場所に立って、初めて親父の気持ちがわかる。その成長を、ちゃんと痛みとして通らせてくれた。だからラストで朋也が報われた時、あたしも一緒に報われた気がした。主人公をちゃんと好きになれる作品は、それだけで強い。

最後に流れた歌の話。あの「小さな手」で、三回目をやられた

トゥルーエンドで流れる歌があって、あたしはそこでもう一回涙腺をやられた。曲がどうとかじゃなくて、言葉として。

光エンドにたどり着いて、渚も汐も生きてる三人家族が成立する。その場面で歌が流れる。「小さな手にも いつからか/僕ら 追い越してく強さ」って始まる歌。あたしはこの「小さな手」っていう言葉で、完全にやられた。だって、ずっと汐の小さな手を見てきたんだよ。雪の中で「パパ、だいすき」って言った、あの五歳の子の小さな手。一回死んだ手。それが生き返って、いつか親を追い越していく。「小さな手でも 離れても/僕らは この道 行くんだ」って続く。離れても、っていうのが、一回ちゃんと離別を見せられたあとだから刺さるんだよ。死で離れた手が、もう一回つながって、この道を行く。

歌詞として読んだんじゃなくて、あの瞬間に言葉として聞こえてきた。それまでの汐との五年と、雪の別れと、光の救済が、ぜんぶこの一行に流れ込んできた。これが感情の最終波だった。渚の死で一回、汐の死で二回、そして生き返った汐の小さな手にこの言葉が重なって三回目。あたしはCLANNADで、たぶん人生で一番きれいに泣かされた。

2004年の作品が、2026年のあたしを完全に解体してきた。これは事実なの。「CLANNADは人生」って言われてるのは知ってたけど、やる前は正直ちょっと身構えてた。やったあと、何も言い返せなくなった。人生だったわ。ほんとに。

9.0——奪って、奪って、最後に町じゅうの光で返してくる話

一言で言うと、家族をつくって、家族を失って、町じゅうの幸せでもう一回取り戻す話。

渚の「えいえいおー」と、学園祭で泣きながら演じきった姿。生まれた瞬間に消えた渚の手。「パパ、だいすき」と言って死んだ汐。雪に倒れ込む朋也。バカ親爺なのに全部背負ってた秋生。町じゅうの誰かの幸せが光になって、一人の子供を生き返らせる。あたしはこの全部で泣いた。一回じゃない。三回ちゃんと壊れた。

減点は、学園編のテンポで一回つまずいたこと。それだけ。10にしなかったのは、あたしが中盤で「もういいかな」って一瞬思ったのを正直に置いておきたかったから。でも、それを抜けた先のゴールの破壊力は、まぎれもなく10だった。死をズルなしで描いて、それを対価に復活を置く。この順番を、あたしは信用する。

CLANNADを「泣きゲーの最高峰」として読むのもいい。けどあたしのおすすめは、「家族をつくる話」として読むこと。渚と古河家と、朋也と汐と、町じゅうの人。みんなが家族になっていく話として読むと、最後の「だんご大家族」が、ただのかわいい唄じゃなくて、この作品ぜんぶの答えだったってわかる。会いに行ってください。それしか言えない。9。