アライグマのレビュー — DESIRE完全版

アライグマ
アライグマ
野生の眼で読む
6.8/10
6.8 / 10

仕掛けは認める。だが野生の論理から見ると、本作の登場個体は誰も「冬を越して」いない。

悦子の常連客が古いCDを置いていった。1998年のDESIRE完全版。南海の孤島に建造された秘密研究施設《デザイア》、職員124人の閉鎖環境、二人の主人公の視点交代、起こる連続死亡事件。観察対象としては悪くない題材だ。構造設計は無駄がない——マルチサイト形式、伏線、署名一行で意味が反転する仕掛け、これは確かな水準だ。だが終章まで読み終えて、オレは尾の毛が逆立った。野生の眼で読み解くと、本作の登場個体は誰一人として冬を越せていない。仕掛けの強さと、個体の生存能力は別の話だ。仕掛けの強さで6.8まで持ち上げたが、それ以上は持ち上げなかった。

スコア詳細

プロット構成力 8
伏線と回収 9
ルート・分岐設計 8
主人公の造形 6
エンディングの満足度(冬越し) 4
キャラ間の関係性(群れ) 6

古いCDが、悦子の店のカウンターに置いてあった

悦子の常連客が、どこかから古いCDを掘り出して持ってきた。「アライグマさんに似合うんじゃないですかね、これ」

悦子の知り合いに、古いPC-98時代からのオタクが一人いる。30年分のゲームを部屋に詰め込んでる男だ。その男が「ぜひ悦子さんから渡しておいて」と置いていったのが、本作の完全版CDだった。1998年の作品らしい。悦子のPCで動かしてみたら、古いインターフェイスではあるが起動した。最初の数分でわかったのは、これは普通の恋愛モノではなく、サスペンス+SF寄りの伝奇アドベンチャーだ、ということだ。

舞台は南海の孤島に建てられた秘密研究施設《デザイア》。グランチェスタ財団が技術粋を集めて建造した施設で、職員は124人——閉鎖環境だ。野生の論理で言えば、これは天然のテリトリーじゃない。人工的に切り取られた孤立空間で、内部で何が起きても外には伝わらない。観察対象としてはちょうどいい。生き物がそういう環境でどう振る舞うかは、オレの興味の中心だ。

序盤、機内でカズミという女個体が主人公アルに「これから行く《デザイア》は、もっと物騒だ」と忠告する。これは予言だった。実際、アルが島に着いた瞬間から、職員が次々と倒れていく。閉鎖空間で立て続けに死亡が出る——普通の生態系では起こらない頻度だ。明らかに人為的な何かが進行している。観察を続ける価値があると判断した、ってことだろうな。

主人公が二人いる作品——観察者と内側の人間

主人公の造形に6点をつけた。

本作の主人公は二人いる。A篇のアルとB篇のマコト。同じ7月の数日間を、別の個体の眼で再演する構造だ。これは設計として面白い。

アルは20代後半の雄個体で、SNT新聞社の記者。職業柄「物事を疑ってかかる」のが基本姿勢になってる男で、軽口とお調子者で会話を回す。観察すると、これは威嚇行動の一種だ。本気の自分を見せないことで身を守る。野生でも狡猾な雄個体は本気を出す前に冗談で間合いを測ることがある。アルの軽口は、職業上の防衛本能だな。

ただ、アルは観察者ポジションが強すぎる。記者として「外から取材に来た個体」だから、施設の内部事情を知らない。だから情報の能動的開拓ができない。中盤までほぼ受動的に流される。これは野生の眼で読むと、「縄張りに不慣れな侵入個体」だ。生存戦略としては悪くないが、主人公の造形としては薄い。能動的に動くのは終盤になってからだ。遅い。

マコト篇のマコトは別の個体だ。20代後半の雌個体、《デザイア》の技術主任。装置の危険性を上層部に進言し続けてる内側の人間で、最初から能動的に動く。野生で言えば、自分の縄張り内の異常を察知して動ける個体——これは強い個体だ。マコトの造形は、アル単独より厚い。

ただし、マコトには別の問題がある。カイルという護衛役の男との関係だ。詳細はネタバレ版で書くが、強い雌個体がある一点でだけ受動になる場面があって、ここが主人公の一貫性として引っかかる。

二個体合わせて6点だ。アル単独なら5、マコト単独なら7、平均で6。これは「マルチサイト構造の中に置けば機能する造形」だが、独立した雄/雌個体としては中央値だ。

同じ7月を二つの眼で再演する——構造としては形になってる

ルート・分岐設計に8点、伏線と回収に9点をつけた。

本作のマルチサイト構造——A篇クリア後にB篇が解放されるロック解除式——は、構造として高く買った。同じ施設の同じ数日間を、立場の異なる二人の主人公が経験する。アルは「外から来た取材者」、マコトは「内側の技術主任」。同じ事件を、同じ時間軸で、しかし反対側から見る。役割が完全に対称になっていて、A篇で「謎の事件」だったものがB篇で「すでに知っていた構造」として再描画される。情報の差分を、形式そのものが管理している。

具体例で書くと——A篇で観察した出来事の意味が、B篇まで読むと別の意味を持って見えてくる。アルが施設に入った時に出会う人物たち、何人かの不可解な死、財団とステラ教授の確執、これらの全部が、B篇では別の角度から再演される。読者は2周目(B篇)で「あの時のあの個体のあの反応はそういうことだったのか」と理解を深めていく。形式が情報設計と一体化している。これは野生の論理から見ても肯定するしかない。同じ縄張りを別の個体の眼で観察すると、見える景色が全く変わる——という構造を、ゲームとして実装してる。

伏線の張り方も整合してる。物語冒頭でカズミが言う「物騒な島」、機内で繰り返される「人はどこから来てどこへいくの‥‥」という主題詩、序盤の何気ない会話に埋め込まれた小さな違和感——これらが終盤で全部回収される。さらに——詳細はネタバレ版に書くが——本作の真エンドで明かされるたった一行の署名で、物語全体の見え方が反転する仕掛けがある。これは1994年(原作)の時点で設計されたとなると、構造意識として尋常じゃない。9点で妥当だ。

エンディングの評価——冬越しの判定で大きく落とした

エンディングの満足度(冬越し)に4点をつけた。これがオレの本作評価で一番大きい減点だ。

オレのレビューの核は、エンディング後の「描かれないその後」を予測することだ。エンディングの笑顔は信用しない。次の冬を越せたかを、作中の手がかりから推定する。これがオレの評価軸の中心だ。

本作には3つのエンディングがある。A篇END、B篇END、そして両方クリア後に解放される終章C篇のEND。A篇とB篇のエンディングは、それぞれの個体が2年後にどう生きてるかを描いてる。これは健全な処理だ。野生から見ても、各個体が一応の生存と新しい縄張りを確保してるように見える。

問題は終章C篇のENDだ。これがオレの評価軸では引っかかった。詳細はもう一本のほうに書いた。本作の真エンドが提示する世界の構造を、野生の論理で読み解くと、登場個体たちが「冬を越せたか」という問いに、肯定的な答えが出せない。むしろ「同じ場所をぐるぐる回り続けてる」状態に近い。仕掛けの巧さは確かだ。だが「冬越し」評価は別の話だ。

これを聞いて「どういうこと?」と思った人は、ネタバレ版を読んでほしい。野生の論理で読むレビューってのは、業界の評価とずれることがある。それでいい。オレは業界史に興味がない。あるのは「この個体は冬を越せたか」だけだ。本作の真エンドは、その問いに対して、野生から見れば失格判定になる、ってことだろうな。

Hシーン評価——純愛は機能、それ以外は要注意

Hシーンの質は中央値で評価した。理由は簡潔だ。

本作のHシーンは性質が分裂してる。純愛系として配置されてる場面は、感情の積み上げから繋がってる。看病→告白→受容、という野生の求愛行動から見ても自然な順序を踏んでる。アル篇のいくつかのシーンは、ペアの形成と物語上の意味が一致してる。ここは素直に評価できた。

一方で、陵辱・支配系として配置されてる場面は、評価が分かれる。物語上の機能(陰謀劇の道具・キャラの裏面の提示)は理解できるが、嗜好としては評価しない。野生の眼で読むと、これは「天敵による暴力」の描写であって、愉快なものではない。物語上の必要性は把握する、ただ嗜好には合わない。

マコト篇のいくつかのシーンには、もっと別の問題がある。詳細はもう一本のほうに書いた。野生の論理から見て主人公の一貫性に違和感が残る描写があって、ここは引っかかった。

本作のエロはPC-9801版(1994)から元々あったものだ。SS版(1997)で一度カットされ、Windows完全版(1998)で復刻された経緯がある。完全版ではボイスと新CGが追加されたから、当時の体験としては「Hシーンとボイスの組み合わせ」が新規だった。だから完全版だけ見ると後付け感が漂う場面もあるが、エロ描写そのものは原作からの正規要素だ、ってことだ。中央値で妥当だ。

弱点——序盤の沈み込み、テキスト品質、版判定の混乱

6.8で止めた他の理由。

序盤の沈み込みが目立つ。アル篇の最初、ヒロインを保護した後しばらくは、施設取材と人物紹介がひたすら続く。情報の出し方が遅い。野生の眼では、この時間帯は「個体が縄張りに馴染むまでの観察期間」として機能してるが、読者からすると展開の遅さは否めない。1990年代のADVのテンポとして許容範囲ではあるが、現代基準で読むと中盤までキツい。

テキスト品質の瑕疵。終盤のあるシーンで、ヒロインの台詞タグの誤記がある。シーンの没入を削ぐコピペミスだ。1998年の完全版でこれが残ってるのは、編集体制の弱さを示してる。野生の眼から言えば、これは「個体識別の混乱」で、読者にとっての作品体験を損なう瑕疵だ。

版判定の混乱について一言。本作は1994年のPC-9801版が原作で、1997年にSS版(Hシーン無し)、1998年にWindows完全版(Hシーン追加)、後に各種リマスター版がある。完全版でしかプレイできない読者にとって、原作版にあった補完エピソードの取り扱いは判然としない。マルチサイト構造の補完が、版によって変動してる。これは作品単独の問題ではなく移植判断の問題だが、本作の構造を語る上で注釈は必要だろう。栞や瑠璃のような時間軸の評価は彼女らに任せる。

世界観・設定の独自性は中程度。グランチェスタ財団、反応装置——独自設定は一定数あるが、SF伝奇のジャンルとして突出してるかと言えばそうでもない。設定の重さで差別化はしてるが、世界の奥行きまでは届いてない。これは時代の制約もある。

6.8——構造は組み上がってる、だが冬越しに失敗した作品だ

最後に総評を。

DESIRE完全版は、構造設計としては組み上がってる作品だ。マルチサイト形式(A篇+B篇)でロック解除式のプレイ順を作り、視点交代によって意味の反転を作る。署名一行で物語全体の見え方が変わる伏線設計、これは野生から見ても完成度の高い水準だ。9点で妥当だ。

だが、本作の真エンドが提示する世界の構造は、野生の論理から見ると別の評価になる。個体が同じ場所をぐるぐる回り続ける構造は、冬越しではない。誰一人、外側に出てない。野生の眼でこれを読むと、「美しい滅び」だ。設計は無駄がないが、生存戦略としては失敗してる。詳しくはネタバレ版に書いた。

主人公の造形は6だ。アル単独では観察者すぎ、マコト単独では一貫性が崩れる場面がある。両者を合わせて中央値。群れ評価も6で、A篇エピローグの3個体群れだけが永続群れとして機能、他は一時的共闘か単独化で終わってる。Hシーンは中央値。

仕掛けスコア(プロット8、伏線9、ルート設計8)と冬越しスコア(4)の落差が、本作の評価軸の核だ。仕掛けは組み上がっている、しかし生存戦略としては失格。これがオレの結論だ。6.8という数字は、その落差を平均したものだ。

南海の孤島、120人の閉鎖空間、二つの視点、永遠の螺旋——構造は見事に組み上がってる。だが「to be continued ... forever」とは、つまり個体が冬を越せず同じ場所をぐるぐる回り続ける、ということだ。野生から見れば、これは滅びの一形式だ。仕掛けの巧さは確かだ。だが生存戦略としては失格だ。6.8——両方を平均した数字だ、ってことだろうな。

— アライグマ

悦子の知り合いに返却する時、男に「どうでしたか」と聞かれたら、こう答える予定だ。「整合してると思う。だが冬は越せてない」と。男は「そうですよね」と笑うかもしれないし、首をかしげるかもしれない。野生の眼で読むレビューってのは、業界の評価とずれることがある。それでいい。オレは野生の論理で読む。それ以上でも以下でもない、ってことだろうな。

……枝豆をもう一皿頼みたい気分だ。タダで貰えるならそれに越したことはない。