仕掛けは認める。しかし「悠久の螺旋」ってのは、野生から見れば個体が冬を越せなかった話だ。
悦子の知り合いの古いPCに残ってたCDを借りてプレイした。1998年のDESIRE完全版。アルとマコト、二個体の主人公を視点交代で読む構造、伏線の張り方、装置内クライマックスの組み立て——構造としては形になってる。だが終章C篇で明かされる Corrupt Spiral ——「悠久の螺旋」、つまりマルチナとティーナが同じ施設の同じ7月を永遠に繰り返す構造。これは野生の論理から見ると、個体が冬を越せず同じ場所をぐるぐる回り続けてるってことだ。仕掛けの強さで6.8まで持ち上げたが、「描かれないその後」の野生評価では落とした。
スコア詳細
なぜオレがこの作品を読んだか
悦子の常連客が、どこからか古いCDを掘り出してきた。「アライグマさんに似合いそうじゃないですかね、これ」——1998年の作品だそうだ。
悦子の知り合いに、古いPC-98時代からのオタクがいる。30年分のゲームをひと部屋に詰め込んでる男だ。その男が「悦子さんに渡しておいて」と置いていったのが、本作の完全版CDだった。悦子のPCにインストールしてプレイしてみた。だいぶ古いインターフェイスだが、動くものは動く。
舞台は南海の孤島に建てられた秘密研究施設《デザイア》。グランチェスタ財団が技術の粋を集めて建造したという施設で、職員は124人——閉鎖環境だ。野生の論理で言えば、これは天然のテリトリーじゃない。人工的に切り取られた孤立空間で、内部で何が起きても外には伝わらない。観察対象としてはちょうどいい。生き物がそういう環境でどう振る舞うかは、オレの興味の中心だ。
序盤、機内でカズミという女個体がアルに「これから行く《デザイア》は、もっと物騒だ」と忠告する。これは予言だった。実際、アルが島に着いた瞬間から、職員が次々に死んでいく。クリスが薬物使用の末に射殺される。レイコが装置事故で死ぬ。第1格納庫が爆破される。124個体の閉鎖空間で、立て続けに死亡が出る。これは普通の生態系では起こらない頻度だ。明らかに人為的な何かが進行している。観察を続ける価値があると判断した、ってことだろうな。
アルとマコト——観察者の個体と、内側の個体
主人公の造形に6点をつけた。
本作の主人公は二人いる。A篇のアルとB篇のマコト。同じ7月の数日間を、別の個体の眼で再演する構造だ。まずはアル篇から。
アルは20代後半の雄個体。SNT新聞社の記者で、職業柄「物事を疑ってかかる」のが基本姿勢になってる。胸に「AL」の刺繍を自分で入れてる男で、軽口とお調子者で会話を回す——観察すると、これは威嚇行動の一種だ。本気の自分を見せないことで身を守る。野生でも狡猾な雄個体は本気を出す前に冗談で間合いを測ることがある。アルの軽口は、職業上の防衛本能だな。
ただ、アルは観察者ポジションが強すぎる。記者として「外から取材に来た個体」だから、施設の内部事情を知らない。だから情報の能動的開拓ができない。中盤までほぼ受動的に流される。これは野生の眼で読むと、「縄張りに不慣れな侵入個体」だ。生存戦略としては悪くないが、主人公の造形としては薄い。最後に怒りを爆発させるのは終盤のグスタフ戦——「き、きさま‥‥この腐れ外道が!!」——ここでようやく能動的な雄個体になる。遅い。
マコト篇のマコトは別の個体だ。20代後半の雌個体、《デザイア》の技術主任。装置の危険性を上層部に進言し続けてる内側の人間で、最初から能動的に動く。「フフ、知的探求心というのは、究極のエゴイズムかもしれないわね」と自己分析できる個体だ。野生で言えば、自分の縄張り内の異常を察知して動ける個体——これは強い個体だ。マコトの造形は、アル単独より厚い。
ただし、マコトには別の問題がある。カイルとの関係だ。これは後の節で詳しく。マコトは強い個体だが、ある一点でだけ受動になる。これが本作のH描写の問題と接続する。
二個体合わせて6点だ。アル単独なら5、マコト単独なら7、平均で6。これは「マルチサイト構造の中に置けば機能する造形」だが、独立した雄/雌個体としては中央値だ。
群れ評価——一時的な共闘で終わる、永続群れにならない
キャラ間の関係性(群れ)に6点をつけた。
本作には「群れ」と呼べる構造が複数発生するが、どれも一時的だ。永続する群れにならない。野生では永続群れこそが個体の生存確率を上げる装置で、一時的な共闘は単なる「同じ捕食者から逃げる個体同士の偶発的接近」にすぎない。本作はその偶発に終わってる。
アル篇の終盤、アルはシルビアとシェリルと一時的に共闘する。第1格納庫爆破事件、装置暴走、最終便発進——この3つの事件で3人は協力する。だがこれは「共通の天敵から逃げるための一時連帯」で、本来の意味の群れではない。事件が終われば群れも解散するはずの構造だ。
ただ——A篇のエピローグで、この3人が2年後も一緒に行動してる描写がある。アルがフリー記者として世界中を飛び回り、シルビアが操縦、シェリルが助手をしている。これは野生から見ても評価できる。一時的な共闘群れが恒常化に成功した稀なケースだ。共通の探索目標——失われた個体(ティーナ)の捜索——が群れを維持する接着剤になっている。これは野生でもまれに見る現象だ。同じ獲物を追う3個体が長期協力する、というやつだ。野生の眼で読むと、ここはちゃんと群れが機能してる。+1点。
マコト篇の方は、もっと厳しい。マコトは群れを作らない。エレナには脅され、レイコは死に、カイルとは隷属関係、ゲーツは最終的に天敵として倒すしかない相手になる。マコト篇の終盤で、マコトが個体として生き残るのは確かだが、それは群れではなく単独で生き延びてる形だ。野生の論理で言えば、これは「群れを失った雌個体が単独で冬に向かう」状態に近い。マコト篇は群れ評価としては低い。
そしてティーナとアルの関係。これは群れではなく繁殖ペアの萌芽段階だ。だがこのペアは終盤の装置事故で強制的に引き離される。「6年間の記憶」だけを残してティーナは消える。野生でこういう光景を見ると、「繁殖ペア候補が天敵によって引き裂かれた」と評価する。痛ましいが、群れ評価としては成立しなかったケースだ。
総合して6点。A篇エピローグの3個体群れに加点、マコト篇の単独化と繁殖ペア解離で減点、で6だ。
Corrupt Spiral——永遠ループは野生から見れば「冬越し失敗」だ
エンディングの満足度(冬越し)に4点をつけた。これがオレの本作評価で一番大きい減点だ。
本作の真エンドは終章C篇で明かされる。マルチナ・ティーナ・ステラドヴィッチ——マルチナのミドルネームが「ティーナ」だった、という署名で、マルチナとティーナが同一存在であることが確定する。装置で30年若返ったマルチナが、数日前の浜辺に転送されてティーナとして物語冒頭の場面へ回帰する。アルが浜辺で発見した記憶喪失の少女は、未来から戻ってきたマルチナ自身だった、ってことだ。
ここまでの構造は、伏線回収として確かに整合してる。署名一行で読者の認識が反転する設計には、9点をつけた。が、評価が分かれるのはその先だ。
装置で「30年若返り+数日前への転送」が起きると、何が起きるか。マルチナは過去の浜辺へ送られ、12歳のティーナとして再びアルと出会う。アルとは6年間どこかの異次元《デザイア》で共生する。さらに装置で20年前の世界へ送られ、過去でグスタフと結婚し、実娘ティーナを産み(自分のミドルネームを娘につけた)、テオドラ研究所事故で実娘を失い、研究者として成長して、また現代の《デザイア》総監督として赴任する。そしてC篇終盤の装置イベントで、また30年若返って数日前の浜辺へ——
これがループだ。「to be continued ... forever」という英文が真ENDの直後に表示される。永遠に繰り返される、という宣言だ。マルチナ自身が「悠久の螺旋」と呼ぶ構造の中に、この個体は閉じ込められている。
ここで野生の眼が反応した。これは個体が冬を越したことになるのか?
オレのレビューの核は、エンディング後の「描かれないその後」を予測することだ。エンディングの笑顔は信用しない。次の冬を越せたかを、作中の手がかりから推定する。MOON.は、確定描写された「数年後」で冬越し9点をつけた。じゃあ本作はどうか。
マルチナ=ティーナの一個体に着目する。彼女の主観時間は12歳→18歳(異次元6年)→18歳→38歳(過去20年)→装置で12歳に戻る。これを永遠に繰り返す。本人時間で26年生きて、また12歳に戻される。これは「冬を越した」のか? 野生から見れば違う。冬越しというのは、次の春を迎えて、次の世代に縄張りを渡し、自分が老いて死ぬ——そこまでが冬越しの完成形だ。同じサイクルをぐるぐる回ることは、生存ではない。循環は停滞だ。個体としての適応度は、繁殖と次世代継承で測る。マルチナは過去で実娘ティーナを産んでいるが、その実娘は事故で死亡している。次世代継承は失敗してる。マルチナ=ティーナ自身も、装置で永遠に同じ場所に戻される。野生では、これは滅びた群れの最後の個体が同じ穴を出入りしてる図に近い。
「to be continued ... forever」というクレジットを、構造美として読むこともできる。栞ならそう読むだろう。だがオレは野生の論理で読む。永遠ループは、個体が冬を越せなかった証拠だ。外に出られなかった。次の春を迎えられなかった。同じ7月を永遠に繰り返す呪縛から、誰一人として抜け出せていない。
A篇エピローグでアルがティーナを世界中で捜してる場面、あれは健全だ。アルとシルビアとシェリルの3個体群れは外側にいる。冬を越そうと努力してる。だがその外側の世界そのものが、ループ構造の一部だとC篇で明かされる。アルは2年後また3人で飛行機を飛ばすが、その2年後の先には、また同じ7月の浜辺がある。アルもループの一部に組み込まれている可能性がある。
マコト篇エピローグ、マコトが《デザイア》総監督として赴任する決意——これも健全に見えるが、彼女が継ぐ研究の正体は、結局マルチナの装置開発だ。同じ装置を作り続ける限り、ループの再生産に加担することになる。
結論。本作は野生の論理から見れば、登場個体全員が「冬を越せていない」状態で物語が閉じる。美しい構造だが、生存評価としては失格だ。だから4点だ。仕掛けの巧さは伏線スコアの方で見た。冬越しスコアは別だ。混同しない、ってことだろうな。
H評価——純愛は機能、陵辱は天敵描写、マコト篇は別問題
本作のH評価は分裂してる。3つに分けて見ていく。
① アル×シェリル、アル×シルビア(純愛系)。これは野生の論理から見ても整合してる。シェリルはカイルに弄ばれた傷を持っていて、それをアルが癒やす形でペアを組む。看病→告白→受容、の順に積み上げてる。野生の求愛行動から見ても自然だ。シルビアの方は男装個体の女性化儀式で、初体験の痛みと涙を丁寧に描写してる。アルが「セックスってのは、お互いが楽しまなきゃ意味がない」と言ってシルビアに気遣う場面、ここはアルの記者としての職業意識と矛盾しない描写になっている。両シーンとも、A篇エピローグで3個体群れになる伏線として機能してる。エロが物語に組み込まれている。これは肯定する。
② アル×レイコ(未遂)、クリス×カイル(覗き見)。こちらはコメディと陰謀劇の道具として配置されてる。レイコは飲酒で酔っ払って自分から押し倒されて、最後はアルが先に酔いつぶれて中断する——コメディだ。野生で言えば、これは求愛行動の失敗例の戯画化で、雄個体の煩悩が空回りする様を描く笑い話だ。クリス×カイルの覗き見シーンは別物で、これは天敵による陵辱描写だ。クリスは薬物実験で人格が崩壊してる被害個体。カイルは粗暴な雄個体で、複数回クリスを陵辱してきた天敵。これを観察するのは愉快ではないが、物語上は「《デザイア》の表向きの平穏と裏で進行する腐敗」を象徴する装置として機能してる。物語上の必要性は理解できる。野生の眼には「天敵の暴力描写」だ。嗜好としては評価しない。
③ マコト×カイル(薬物・支配)、マコト×レイコ(百合)。ここが評価困難だ。マコトはB篇主人公の雌個体で、強い能動性を持つ研究者として描かれてる。だがこの強い個体が、カイルとの関係では完全に受動・隷属になる。薬物使用、性的支配、「もっと虐めて!」と懇願する場面まである。野生の論理から見ると、これは奇妙だ。強い雌個体が、なぜ自分より下位の雄個体に支配されるのか。理屈としては「業務上の精神的圧力からの逃避としての隷属」と読めるが、それにしても主人公キャラとしての一貫性が崩れる。ベッドヤクザ問題——日常パートのマコトと、ベッド上のマコトが、同じ個体として地続きに見えるか。オレの判定では微妙だ。設定で説明されてはいるが、生理的な違和感は残る。マコト×レイコの百合シーンの方は、レイコの死後に夢で再会する形式で、これは一過性の癒やしとして機能してる。悪くない。
合算してH評価は中央値だ。①は機能、②はコメディと天敵描写、③は要注意。エロゲーとして全部合わせて6点くらいで妥当だ。本作のエロはPC-9801版(1994)から元々あったもので、SS版(1997)で一度カットされ、Windows完全版(1998)で復刻された経緯がある。完全版ではボイスと新CGも乗ってるから、Hシーンとボイスの組み合わせは新規体験だ。エロは原作からの正規要素だが、ボイスと描き直しが入った分、場面ごとに馴染み具合のムラはある。①の純愛系が機能してるのは、剣乃ゆきひろ本人の作家性が物語側に向いてた結果だろう。
弱点——序盤の沈み込み、テキスト品質、版判定の混乱
6.8で止めた他の理由はこうだ。
序盤の沈み込みが目立つ。アル篇の最初、ティーナを保護した後しばらくは、施設取材と人物紹介がひたすら続く。情報の出し方が遅い。野生の眼では、この時間帯は「個体が縄張りに馴染むまでの観察期間」として機能してるが、読者からすると展開の遅さは否めない。1990年代のADVのテンポとして許容範囲ではあるが、現代基準で読むと中盤までキツい。
テキスト品質の瑕疵。シルビアの初体験シーンの終盤で、ヒロインの台詞タグが「【シェリル】」と誤記されてる箇所がある。「あ、熱いのがオレの膣内に‥‥」とセリフ内容は明らかにシルビアの「オレ」一人称なのに、タグだけシェリルになってる。シーンの没入を削ぐコピペミスだ。1998年の完全版でこれが残ってるのは、編集体制の弱さを示してる。野生の眼から言えば、これは「個体識別の混乱」で、読者にとっての作品体験を損なう瑕疵だ。
版判定の混乱について一言。本作は1994年のPC-9801版が原作で、1997年にSS版(Hシーン無し)、1998年にWindows完全版(Hシーン追加)、後に各種リマスター版がある。完全版でしかプレイできない読者にとって、原作版にあった「アナザーストーリー」の取り扱いは判然としない。マルチサイト構造の補完が、版によって変動してる。これは作品単独の問題ではなく移植判断の問題だが、本作の構造を語る上で注釈は必要だろう。栞や瑠璃のような時間軸の評価は彼女らに任せる。
世界観・設定の独自性は中程度。グランチェスタ財団、テオドラ研究所事故、反応装置——独自設定は一定数あるが、SF伝奇のジャンルとして突出してるかと言えばそうでもない。1990年代の同時代作品と比べて、設定の重さで差別化はしてるが、世界の奥行きまでは届いてない。これは時代の制約もある。
歴史的意義については、菅野ひろゆき(剣乃ゆきひろ)の初期傑作として『EVE burst error』『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』と並ぶ「菅野三部作」の一本という業界的位置づけがあるらしい。だがオレは業界史に興味がない。野生に業界史はない。あるのは「この個体は冬を越せたか」だけだ。だから歴史的意義は採点項目に入れない、ってことだろうな。
6.8——構造は組み上がってる、だが冬越しに失敗した作品だ
最後に総評を。
DESIRE完全版は、構造設計としては組み上がってる作品だ。マルチサイト形式(A篇+B篇)でロック解除式のプレイ順を作り、視点交代によって意味の反転を作る——栞が高評価する理由はわかる。署名一行(マルチナ・ティーナ・ステラドヴィッチ)で物語全体の見え方が変わる伏線設計、これは野生から見ても完成度の高い水準だ。9点で妥当だ。
だが、本作の真エンドが提示する「Corrupt Spiral」——永遠ループ構造は、野生の論理から見ると別の評価になる。個体が同じ場所をぐるぐる回り続ける構造は、冬越しではない。マルチナ=ティーナはどこにも到達しない。アルもまた、ループ構造の一部に組み込まれている可能性がある。マコトも装置研究を継ぐことでループ再生産の側に立つ。誰一人、外側に出てない。野生の眼でこれを読むと、「美しい滅び」だ。設計は無駄がないが、生存戦略としては失敗してる。
主人公の造形は6だ。アル単独では観察者すぎ、マコト単独ではカイルとの関係で一貫性が崩れる。両者を合わせて中央値。群れ評価も6で、A篇エピローグの3個体群れだけが永続群れとして機能、他は一時的共闘か単独化で終わってる。Hシーンは中央値で、純愛系は機能、陵辱・隷属系は野生として要注意。
仕掛けスコア(プロット8、伏線9、ルート設計8)と冬越しスコア(4)の落差が、本作の評価軸の核だ。仕掛けは組み上がっている、しかし生存戦略としては失格。これがオレの結論だ。6.8という数字は、その落差を平均したものだ。
南海の孤島、120人の閉鎖空間、2つの視点、永遠の螺旋——構造は見事に組み上がってる。だが「to be continued ... forever」とは、つまり個体が冬を越せず同じ場所をぐるぐる回り続ける、ということだ。野生から見れば、これは滅びの一形式だ。仕掛けの巧さは確かだ。だが生存戦略としては失格だ。6.8——両方を平均した数字だ、ってことだろうな。
悦子の知り合いに返却する時、男に「どうでしたか」と聞かれたら、こう答える予定だ。「整合してると思う。だが冬は越せてない」と。男は「そうですよね」と笑うかもしれないし、首をかしげるかもしれない。野生の眼で読むレビューってのは、業界の評価とずれることがある。それでいい。オレは野生の論理で読む。それ以上でも以下でもない、ってことだろうな。
……枝豆をもう一皿頼みたい気分だ。タダで貰えるならそれに越したことはない。
