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氷室栞のレビュー — DESIRE完全版

氷室栞
氷室栞
構造を解体する人
8.3/10
8.3 / 10

2視点と思って読み進めると、3層目で全てが反転する。これは形式が物語装置として機能した、稀有な設計だ。

マルチナのフルネーム「マルチナ・ティーナ・ステラドヴィッチ」——ミドルネームに「ティーナ」を持たせて最後まで明示しない。A篇序盤の装置説明での「夫グスタフは、この反応装置を制御する方程式を導き出すことができなかった。しかし私は‥‥」という独白を、初プレイ時に「教授の自負」として読み流させ、C篇で「自分が時を越えてきたという告白」として反転させる。同じ台詞が二度全く違う意味を持つ——この設計を評価する。一方で、最終層のループ構造はブートストラップパラドクスを内包したまま閉じている。これは設計者が意図的にそう閉じたと読むべきで、欠陥ではないが、読者によっては受け入れがたい。8.3。

スコア詳細

プロット構成力 9
伏線と回収 10
ルート・分岐設計 9
主人公の造形 8
文章力・描写力 7
エンディングの満足度 7

3層ロック構造を確かめに行った

1994年初出、1998年完全版。シナリオは菅野ひろゆき。

本レビューは、A篇(アル篇)・B篇(マコト篇)・C篇(Corrupt Spiral END)の3層全てクリアしたうえで書いている。前提知識として、本作の真の構造は2視点ではなく3視点であり、ただし3視点目(マルチナの真相編)はC篇というロック解除後のシナリオに置かれている。だから外側から見ると2視点マルチサイトに見えるが、構造的には3層ロックの設計になっている。以下、その解体だ。

3層ロック構造——マルチサイトの真の設計意図

本作のロック構造は、3層ある。

第1層がA篇(アル篇)——新聞記者アルの視点。施設に取材で入り、不可解な事件に巻き込まれる。クライマックスで装置暴走に居合わせ、ティーナを喪失する。第2層がB篇(マコト篇)——技術主任マコトの視点。同じ7月数日間を内側から再演する。装置の危険性を進言する立場として、レイコ殺害事件・ゲーツの正体・マルチナとの関係を経験する。第3層がC篇(Corrupt Spiral END)——マルチナ視点の真相編。A篇とB篇の両方をクリアすると解放される。これがマルチサイトの真の中核だ。

初プレイ時、読者はA篇とB篇しか存在しないと思って読み進める。これが設計の妙で——「2視点ADV」だと思って読むと、A篇のクライマックスの「6年間の記憶」、B篇のラストでお守りに隠されたICカードのデータ、マルチナの「装置の異常出力」——これらはA篇の謎+B篇の謎=未解決のまま終わる。読者は2周して「あれ、まだ説明されてない要素が残ってる?」という違和感を持つ。そこでC篇が解放される。タイトル画面に「Corrupt Spiral」という選択肢が増える瞬間——「もう一段下があったのか」と気づく。この発見の構造設計が、巧い。

C篇を読み始めると、最初の数行でA篇冒頭の景色が完全に書き換わるマルチナが手紙の形で語り始める内容は——「ティーナは私自身。装置で時を越えてきた過去の私」。これが3層目の核心。マルチナのフルネームが「マルチナ・ティーナ・ステラドヴィッチ」であり、ミドルネームに「ティーナ」を持っていたという事実が、ここで明示される。本作のキャラ紹介・施設内の名簿・教授としての肩書き——どこを見ても、それまではマルチナの「ミドルネーム」は明示されていない。名前という最も基本的な情報を、3層目まで隠すという設計は、ロック構造そのものと一体化している。

これがマルチサイトの真の効用だ、と私は思う。形式そのものが情報の出し入れの仕組みになっている。1994年にこれを設計した菅野ひろゆきは、構造設計者として早かった。後年の『EVE burst error』(1995)の3視点同時並走、『YU-NO』(1996)のADMS——という発展を考えると、DESIREの3層ロックは菅野のマルチサイト思想の原型として位置づけられる。歴史的意義は私の重視度では3でしかないので評価軸には大きくは関わらないが、構造設計の系譜としては触れておくべき事実だ。

マルチナ・ティーナ・ステラドヴィッチ——ミドルネームに伏線を埋める

本作の伏線設計を、具体的に解体していく。

最も巧みな伏線は、マルチナの独白の置き方だ。A篇序盤、施設内でマルチナが装置について説明する場面で、こう独白する——「夫グスタフは、この反応装置を制御する方程式を導き出すことができなかった。しかし私は‥‥」(マルチナ)。この台詞、初プレイ時には「夫を超えた研究者としての自負」として読み流される。何の違和感もない。教授が自分の研究を語る場面で、亡き夫への対抗意識を見せる——という、よくある設計に見える。

ところがC篇まで進むと、この台詞の意味が完全に反転する。マルチナ自身がかつて装置の作用で時空を越え、過去世界の浜辺に若い肉体で漂着し、そこから現在まで生き延びてきた者だと判明する。彼女が「私は導き出せた」と語っているのは——装置の制御方程式を、自分が時空越えを経験することによって体感的に把握したという意味になる。夫が机上で解けなかった方程式を、自分は身体ごと通過することで解いた——という告白なのだ。同じ台詞が、初プレイ時の「教授の自負」から、再読時の「時空越え経験者の告白」に書き換わる。これは伏線として、私の知る範囲ではかなり上位だ。

もう一つの伏線——ティーナと初対面のマルチナの反応。A篇でアルが浜辺で保護したティーナを施設に連れてくる場面で、マルチナがティーナを見る。そこでマルチナが見せる「異様に静かで、しかし内側で何かが起きているような表情」。初プレイ時には「教授がいきなり保護された少女を見た反応として、少し冷たく感じる」程度の印象しかない。再読時には「自分の過去の姿を目の前に見たマルチナの内心」として読める。具体的な台詞ではなく、反応の温度差として伏線を張っている。

装置に関する伏線も精度が高い。マルチナの装置説明——「停止したT粒子にある一定の加速度ベクトルを加え、そこから放射される、波長の極めて短い電磁波に似たエネルギーを取得する装置」(マルチナ)。これは表面上はSF的なエネルギー取得装置の説明だ。だがC篇終盤のマルチナの手紙では——「装置の異常出力のため、空間位相が大きくずれてしまうでしょう」——と続く。「T粒子の加速」「電磁波類似のエネルギー」「異常出力」「空間位相のずれ」——という用語連鎖が、初プレイでは「研究施設の専門用語」として通り過ぎる。再読時には装置の真の機能=時空越え機構を一語ずつ植え付けていた台詞群だと分かる。

ティーナの「6年間の記憶」も、伏線として精緻だ。A篇終盤、装置事故から目覚めたアルが「誰もいない《デザイア》で、ティーナと一緒に、6年も‥‥」と語る。外部時間では事故直後の数分しか経っていない。初プレイでは「装置事故の混乱で錯乱している」とマコトに告げられ、読者もそう受け取る。これがB篇では「装置事故と空間位相異常」として説明され、C篇で「ティーナとアルが異次元《デザイア》——同名の異空間——で実時間6年を過ごした」という構造として開示される。「6年間」という具体的な数字を、3段階に分けて意味を変えていく仕組みは、伏線設計の教科書に近い精度だ。

伏線と回収については、私は10を付けた。私の中で10は滅多に出ない数字だ。本作にはそれを付けた。初プレイで気づかなかった伏線が、再読で次々に見えてくる。それも単なる「あ、これも伏線だったんだ」レベルではなく、「同じ台詞が全く違う意味を持つ」レベルの反転が複数ある。これを巧いと言わずになんと言うか。

ループ構造の評価——ブートストラップパラドクスを内包して閉じる設計

本作の最大の論点は、終盤のループ構造をどう評価するかだ。

C篇でマルチナが告げる最後の言葉——「永遠ともいえる時間の呪縛を逃れるため‥‥‥‥次元の壁を越えて、アルに出会うために‥‥‥‥」。そして装置を起動する。エピローグで、浜辺で目覚めた記憶喪失の少女がアルに「私はティーナ」と名乗る——A篇冒頭と完全に同一の場面に戻る。そして「to be continued ... forever」のクレジットで物語が閉じる。

このループ構造の解釈は、本作で最も読者を分ける論点だ。表面的に読めば「ティーナはマルチナの若い時間相で、マルチナがティーナを過去に送り返した」となる。しかし詳しく考えると、これは単純な過去送りでは説明がつかない。ティーナは12歳前後の少女として浜辺に現れる。マルチナは大人。マルチナが「ティーナを過去に送る」だけだと、年齢の説明がつかない。マコト篇を含めて全体を構造として読み解くと、装置の作用はマルチナ自身を巻き込んで若返らせ、数日前の浜辺へ送り出す機能を含んでいると読める。つまり——構造として観測されるのは「マルチナが過去の自分を送り返している」だけではなく、マルチナ自身も若返って物語冒頭の浜辺ティーナとなる事象だ。重要なのは、これがマルチナの計画通りではないことだ。彼女の終盤の動きを追うと、装置でティーナとアルを異次元《デザイア》へ送り出すまでは意図的だが、彼女自身がグスタフに撃たれて装置に転落する契機は明らかに想定外だ。マルチナの自言「永遠ともいえる時間の呪縛を逃れるため」は脱出意図の宣言であり、自己ループ閉鎖の宣言ではない。脱出を試みた行為そのものが脱出を不可能にした——この構造が、本作のループを「単なる時間旅行物」から「閉じた螺旋」へと変える要点だ。ティーナとアルは異次元《デザイア》へ転送され、外的介入を経て過去世界へ漂着する。この二重のメカニズムによって、ループ全体が成立する。

ここに——ブートストラップパラドクスが立ち上がる。マルチナが装置を起動するためには、装置を作るための知識(=自分が時空越えを経験して得たもの)が必要だ。だがその知識は、マルチナがティーナとして過去に到達してから始まる人生の中で得られるもの。知識の起源が知識自身の使用に依存している——これはキテレツ大百科の航時機の論理ループと同型の、古典的な時間旅行パラドクスだ。本作はこのパラドクスを解決していない。ループの中に閉じたまま「to be continued ... forever」で終わる。

これを構造的にどう評価するか——これは正直、私の中でも判断が割れた論点だ。「設計者がパラドクスを解決できなかった」と読めば、構造の欠陥になる。しかし作品全体の作りを見ると、菅野ひろゆきはこのパラドクスを意図的に内包したまま閉じていると読む方が自然だ。サブタイトル「Corrupt Spiral」(=堕ちた螺旋)、主題詩で繰り返される「悠久の螺旋」、そして「to be continued ... forever」——どれも循環の閉鎖性を強調している。ループの起源を問うこと自体を物語が拒否している。これは欠陥ではなく、設計の一部だ。

とはいえ、エンディング満足度は7点に留めた。理由は、この設計を読者が受け入れるかどうかは、構造評価とは別の問題だからだ。「説明されない真相を抱えたまま閉じる物語」を「構造として強い」と読む読者もいれば、「投げっぱなし」と読む読者もいる。私は前者の側に立っている——構造としては機能している、と読む——が、後者の読みにも理由がある。両方の読みが両方とも当たっているケースで、これは作品の特徴であり、同時に読者を選ぶ性質でもある。

循環の起源を問わせない構造で物語を閉じる。これは「謎を残した」のではなく「謎の起源そのものを構造の一部にした」設計だ。私はこの読み方に納得している。ただし、これを納得できない読者を否定する気もない。それは作品体験の話で、構造評価とはレイヤーが違う。

— 氷室栞

マコト篇のH場面——主人公の一貫性で引っかかった箇所

褒めてばかりではない。引っかかった箇所も具体的に。

本作にはマコト篇でいくつかH場面が配置されている。マコトと護衛役カイルの関係——薬物投与・性的な隷属関係——を含む場面が複数ある。これらの場面の必然性が、私の評価軸では微妙に引っかかる。

マコトの本編での造形は、「装置の危険性を進言し、技術主任として責任を負う研究者」だ。レイコ殺害の真相を追う、ゲーツの正体に気づく、最終的にお守りに隠されたICカードのデータで装置制御を成功させる——という能動的な意思決定者として描かれている。ところがカイル絡みのH場面では、マコトはほぼ完全に受動的な存在に置かれる。薬物による意識の混濁の中で、性的に隷属させられる。本編のマコトと、H場面のマコトが、同一人物として連続しているか——主人公の一貫性は私が強く見る評価軸の一つで、本作はここでいくつか減点要素がある。

もちろん、設計意図は読み取れる。マコトの「外側では能動的、内側では従属的」という二面性を描くことで、彼女が背負っているものの重さを示す——という心理設計はある。レイコの死、装置の危険、上層部との対立——を抱えるマコトが、唯一逃げ場として薬物と性に流されている、という心理的整合性は読み取れなくはない。だから完全に否定はしない。

ただ、同じ心理設計を別の表現で実装できなかったかとは思う。カイル絡みの場面の必然性は、マコトの内面の弱さとして必要だったとしても、その描き方が「薬物による隷属」一択になっているのは——もったいない。マコトという主人公の造形が強い分、H場面で別人化する違和感も大きい。日常の彼女とベッドの上の彼女が地続きであってほしい、というのが私の譲れない部分だ。

もう一つ、本編との整合性について。アルとティーナのH場面は、A篇の物語進行と整合している。記者と保護した少女、という関係から始まり、6年間《デザイア》で2人で過ごしたという特殊な状況での関係構築——という流れに沿っている。これは整合的だ。一方、マコト篇のいくつかの場面は、本編進行との接続がやや弱い。どこに挿入しても物語に大きな影響がない、という意味で接続性が低い。Hシーンが物語装置として機能するかどうか——私はここを重視する側で、本作はこの一点で評価を引き下げた。

菅野ひろゆきの文体と、完全版の移植問題

文章力を7にした理由。

1990年代の菅野ひろゆきの文体は、独特だ。短文の連打句読点の置き方の癖、そして「‥‥‥‥」(リーダー)の多用——これは賛否が分かれる文体だ。マルチナの最後の独白を引いてみる。「永遠ともいえる時間の呪縛を逃れるため‥‥‥‥次元の壁を越えて、アルに出会うために‥‥‥‥」。1行に「‥‥‥‥」が2回入る。これが菅野節だ。情感を押し付けず、しかし沈黙そのものを文字として書く——という効果はある。私自身は気にならない側だが、合わない読者には終始引っかかる文体だろう。

マルチナという研究者の口調も、独特だ。研究者としての硬さと、過去の自分(=ティーナ)への愛情が混ざる二重性は、文体としては難しい設計を要求する。菅野の書き方は、これを「教授としての硬さ」を貫きつつ、要所で「‥‥‥‥」によって余白を作るという手法で処理している。これは文体としては機能している。ただし読者を選ぶ。

移植問題についても触れておく。本作はPC-9801原作(1994)→Sega Saturn版(1997・非18禁)→Windows完全版(1998)→PlayStation 2版(2004)→remaster ver.(2017、Win/Vita)→Switch版(2019)という長い移植履歴を持つ。注意すべきなのは——PC-9801原作にはクリア後「アナザーストーリー」が追加収録されていたが、Windows完全版以降には未収録であるという事実。これは構造評価の上で見過ごせない。

「アナザーストーリー」がどんな内容だったかは現在では確認が難しいのだが、3層ロック構造の外側にもう一層あった可能性を示している。完全版以降を「作品の最終形」と読む立場と、「PC-9801原作こそが完全形」と読む立場の両方が成立する。本レビューは完全版を対象にしているので、この問題は減点には反映しないが、本作の構造を語るときに「どの版を語っているか」を意識する必要があるとは記しておく。

印象に残った場面——構造的に機能していた瞬間

恒例の、印象に残った場面の引用。構造的に機能していたシーンを3つ。

第一の場面——A篇序盤のマルチナの装置説明独白。「夫グスタフは、この反応装置を制御する方程式を導き出すことができなかった。しかし私は‥‥」。先述の通り、初プレイでは「研究者の自負」、再読では「時空越え経験者の告白」として全く別の意味を持つ。同じ台詞が二度全く違う場面として読まれる——これが本作の伏線設計の核だ。この一文を本作の構造の象徴として記憶している。

第二の場面——A篇終盤、装置事故から目覚めたアルの述懐。「誰もいない《デザイア》で、ティーナと一緒に、6年も‥‥」。外部時間では事故直後の数分。だがアルの中には実時間6年分の体験が刻まれている。マコトはこれを「装置事故の錯乱」として処理する。異次元《デザイア》に転送された6年と、現実時間の数分のズレを、記憶の食い違いという形で物語に組み込む——この設計は、後の時間SFでも繰り返し使われる手法の早期実装例として読める。アルが「6年」と語る時の声音、その時のマコトの「それは錯乱です」という言い方の突き放した冷たさ——マコトはアル篇の時点で何かを知っている、と再読時に分かる。これも伏線として精緻だ。

第三の場面——C篇終盤、マルチナが手紙の形で残す独白。「あなたはどこか、言葉も通じない異国の地で目覚める」。これは、ループを始動させたマルチナがティーナに向けて書き残した文だ。「異国の地」とは過去世界——マルチナ自身がかつて装置作用で漂着した、若い肉体で目覚めた場所——であり、ティーナがそこに「漂着する」という未来予知を含んだ手紙になっている。これを書いている時のマルチナは自分の過去と未来が同じ地点に重なっている意識を持っている。この時間意識を一文に圧縮する技術——「言葉も通じない異国の地」というフレーズが持つ感触——は、文章として強い。これは菅野の最良の瞬間だと思う。

8.3——形式が物語装置として機能した、稀有な設計

8.3。これが構造的な結論だ。

評価を分解する。プロット構成力9——3層ロック構造の組み立て、伏線の配置、再読時の意味反転の設計が精緻だ。10には届かない理由は、終盤のループ処理がブートストラップパラドクスを内包したまま閉じる選択をしたこと。これを構造の一部として読むと9、欠陥として読むと8——という揺らぎがあるので9に置いた。

伏線と回収10——本作の評価の中核。マルチナのミドルネーム「ティーナ」を最後まで隠す名前設計、A篇序盤の装置説明独白の二重意味、ティーナと初対面のマルチナの異様な反応、「6年間の記憶」という具体的な数字の3段階使用——どれを取っても、初プレイ時に気づかなかった伏線が再読で見えてくる。同じ台詞が全く違う意味を持つレベルの反転が複数ある。私の中で10は滅多に付かない数字だ。本作には付けた。

ルート設計9——A篇→B篇→C篇という3層ロック設計、プレイ順そのものが情報の出し入れの仕組みになっている点を評価。10にしなかったのは、PC-9801原作の「アナザーストーリー」が完全版で削除されているため、最終版で全構造を体験できない設計上の問題があるから。

主人公の造形8——アルとマコトの役割の対称性が形式と一体化している。アル単独・マコト単独で見れば造形は7程度だが、対称構造の中に置くと8まで届く。形式が造形を底上げしているケース。

文章力7——菅野節(短文連打・句読点の癖・「‥‥‥‥」多用)は読者を選ぶ。私は気にならない側だが、合わない読者には合わない。描写自体の質は中庸だが、3層構造を支える情報密度は確保している。

エンディングの満足度7——ループ構造の処理が読者を選ぶ。構造としては機能しているが、ブートストラップパラドクスを抱えたまま閉じる選択は万人に勧められない。「to be continued ... forever」を「設計の完成」と読むか「投げっぱなし」と読むかで、評価が大きく変わる場所だ。

本作の最終評価は、結局「形式が物語装置として機能したかどうか」の一点に集約される。私の答えはイエスだ。マルチサイト形式が借用されたのではなく、形式が物語の意味を作るところまで届いている。1994年にこれを設計した菅野ひろゆきは、構造設計者として早かった。これが8.3の根拠で、それ以上の言葉は要らない。

— 氷室栞

推薦は明確だ。シナリオの構造設計に興味がある人——形式と物語の関係、伏線の張り方、ロック解除式のルート構造、これらを構造として読む快楽を知っている人——には、本作は確実に何かを残す。逆に、ストレートな物語体験を求める人や、結末で全てを説明される作品が好みの人には、本作のループ処理は受け入れがたい可能性がある。本作の魅力は、形式そのものが意味を作っているという、構造的な驚きの方にある