前作の覚悟を、半分だけ継ぎましたわね。
ネタバレ版では、<EVE>=御堂真弥子の身代わり死とその論理、桜把=アドニスという加害者の動機が立っているか、杏子と見城という新しい二人の探偵が前作の覚悟を継いだか逃げたか、そして結末で作者が誰かに忖度しなかったかを断じます。前作『burst error』の核心に触れますので、未プレイの方はご注意くださいませ。
スコア詳細
杏子と見城——前作の探偵を、別の形で立て直しましたわ
最初に申し上げておきますわ。わたくしは前作『burst error』をやっておりますの。
前作の主人公は二人でございました。倉庫街の私立探偵・天城小次郎と、内調の一級捜査官・法条まりな。二人がそれぞれの動機で同じ事件に交差していく構造に、わたくしは確かな覚悟を見ましたわ。だからこの続編を手に取ったとき、最初に見たのは一点だけでございます。新しい二人の探偵が、前作の覚悟を継いだか、逃げたか。
新主人公は内調の見習い・桐野杏子と、その先輩・見城。前作を踏襲してこの二人も並走いたします。そして、わたくしの問いに対する答えは「半分は継いだ」でございました。
桐野杏子の動機は、終始ぶれませんわ。彼女が最後に立つのは桜把の銃口の前でございます。そこで杏子が言う台詞——「わたしは<LOST ONE>に効くワクチンをつくるために、ここまできたのよ」。そして「あなたが1人でどんなに悪いことをしたって、わたしをここで殺したって……わたしたちのうちの誰かが……その先の道を受け継いで、きっと、たどりつく……」。この覚悟は、唐突に出てきたものではございませんの。爆発に巻き込まれた初日、意識を失う寸前に「あのスーツ、けっこう高かったのにぃ……」「くやしい……」と私的な悔しさを優先していた女が、最後に世界を背負う言葉へ到達する。その変化に段階がございましたわ。彼女は機械オンチで、思い込みが強くなく、目の前のことにしか反応できない。その地に足のついた弱さがあるからこそ、終盤の即決が浮きませんの。8を申し上げます。
見城のほうが、わたくしには興味深うございましたわ。前作の小次郎が「軽口と義理の男」だったのに対し、見城は「自分の好きなことしかやらない」という万能感を抱えたハッカー崩れでございます。爆弾製造をネットで真似た出来心が、計算外にタワー一階を吹き飛ばす。「ちょっと、ムシャクシャしてたから……」「バクチクに毛が生えた程度のつもりだったんだよな……」。この、加害者にされていく男を主人公の片側に据えた構造は、前作より暗うございますわ。逃げていない証拠でございます。
<EVE>=御堂真弥子——身代わりに死ぬという論理
本作の覚悟が最も剥き出しになるのは、御堂真弥子という存在の扱いでございます。
<EVE>=御堂真弥子。前作で護衛されながら王宮で眠り続けていた存在でございますわ。前国王の意識を移植され、現女王プリシアの遺伝情報からつくられた有機ヒューマノイド。元教官・法条まりなが「達成率は99.9%」「残りの0.1%」と語っていた、たった一つの失敗任務がこの真弥子の件でございます。前作を知る者には、ここで物語が前作の傷に直接手を入れてきたとわかりますの。
そして本作で真弥子は、女王プリシアの身代わりに死にますわ。バスキーヤ派のロメオス大司教がプリシア暗殺を企てた局面で、プリシアの旧友・モニカ・セレッティが女王を<EVE>の棺に隠す。プリシア自身がそれを「私は空になった安置室の<EVE>の棺に、服を脱いで入りました」「死んだのは……/<EVE>よ/私の分身/彼女が……私の代りに死んだの」と告白いたします。
わたくしが見るのはここでございます。この身代わりの死に論理があったか。ございましたわ。真弥子は数時間の命と知った上で、自分の意志でそれを選んでおりますの。「わたし、いつも傍にいる人の笑ってる顔を見ていたいの」。前国王の意識を移植された人造体が、最後に発したのが殺戮の言葉でも王権の言葉でもなく、この一言だったということ。クローンであり身代わりであるという最も都合よく扱える存在を、作者は最後に「人」として死なせましたわ。逃げて記号のまま消すこともできた場面でございます。逃げませんでしたわね。
桜把=アドニス——加害者の動機が、立っておりますわ
ダークテーマの誠実さを問うとき、わたくしは加害者の動機を見ますの。
真の首謀者は桜把。アルタイル・コーポレーションの役員として「ね、社長」を連呼しながら工藤社長を傀儡にしていた男が、その正体はハッカー「アドニス」でございます。彼が新薬<ADD>の研究データに密かに同梱したのが、人工ウイルス<LOST ONE>。感染から五日で死亡、五つのコピーがそれぞれ違う遺伝配列に変異して、通常の抗体製造が追いつかない。氷室が「あれが<LOST ONE>よ!」「死に至るまでの日数は……5日なのよ」「5つのコピーはどれもが少しずつ、ちがう遺伝配列になっているの」と看破する場面で、この物語が出口のない殺戮へ踏み込んだとわかりますわ。
問題は、ここまで世界を殺す男の動機が成立しているかどうかでございます。安易な「世界を変えたい」で済ませたら、わたくしは容赦なく逃げと判断いたしますの。ところが桜把の動機は、復讐心と顕示欲という二つで地に足がついておりましたわ。見城に窓から突き落とされ顔の半分を失った過去。「半分残ったって、全部なくしたのと同じだ。いや……/それより惨めだよ……」。そして「あの後収容された病院の看護婦どもはこう言ったよ/生きていてよかった。感謝しろってな」という、生かされたことそのものへの憎悪。「そのボタンを押したのはオレだ。オレが世界を変えたんだ」という顕示欲は、この惨めさの裏返しとして筋が通っておりますの。
見城がそれを看破する場面が、本作の白眉でございましたわ。「鬣鬥鬧、おまえは……自分を恐れてるんだ」「かつて持っていたたくさんのものを失ったから……/だから……まだ自分が持っている、手に残ったものまですべて失うような気がして……だから、世界を自分の道連れにしようとしてる」。加害者の心理を、もう一人の主人公の口で言語化して閉じる。この設計には覚悟がございますわ。
ただ、桜把が「アドニス」状態で見せる「クアックアックアッ」という幼児退行的な笑いの演出は、わたくしには過剰に映りましたの。動機が地に足ついていただけに、この戯画化はもったいのうございますわ。怖さは静けさから来るものでございますから。
「帰らなくっちゃ」——作者は救いを安売りしませんでしたわ
結末で、作者が誰かに忖度したかどうか。それが最後の問いでございます。
ワクチン製造の唯一の手がかりは、クローン体=<EVE>の身体組織にだけ<LOST ONE>が作用しないという発見でございました。つまり、身代わりに死んだ真弥子の身体だけが世界を救える。テーマの帰結として、これ以上ないほど論理が締まっておりますわ。身代わりの死が、無駄死にではなく世界を救う鍵になる。ここで作者は、真弥子の死をきちんと回収いたしました。
そして結末でございます。プリシアの旧友モニカは<EVE>の棺を抱えて砂漠の彼方へ消え、力尽きる。杏子と雄二はその後を追って砂漠を踏破し、ベドウィンの村で棺を発見してワクチンを合成いたしますわ。ここで救済を与えてもよかったはずでございます。世界が救われ、二人が無事に帰る——その甘い着地を、作者は選びませんでしたの。雄二が悟ります。「きっと、モニカから感染したんだ……/もしくは、モニカがもってきた水や食料から……」。二人もすでに感染している。それでも杏子は「氷室さんに、見城先輩に、生き残った人たちを助けるって、約束した。だから……/だから……/帰らなくっちゃ……」と砂漠の道を引き返しますわ。
逃げませんでしたわね。完全な解放を与えない。これが本作の答えでございます。プリシアは妹の罪を背負いながら女王として統治を続け、<EVE>は世界を救う鍵として消え、主人公二人は感染を抱えたまま帰路につく。誰一人として無傷で物語を出ていけませんの。前作の暗さを、別の形で受け継いでおりましたわ。エンディングの満足度に8を申し上げる根拠は、この一点でございます。
ただ、物足りない点も申し上げねばなりませんわ。前作の小次郎とまりなが持っていた、人物そのものの濃さが、本作のヒロイン群にはやや薄うございますの。プリシアと真弥子は核がございました。けれど夏海、綾乃、玲奈、マイナといった人物は、物語の機能を果たすところで止まっておりまして、一人の人間としての奥行きまでは描かれませんでしたわ。前作との比較で、ここが物足りませんの。それでもなお、扱っているテーマから逃げなかったという一点で、わたくしはこの続編を評価いたしますの。
「前作の覚悟を、半分だけ継ぎましたわね。けれどその半分は、本物でございましたわ。」
— 柊美香
