ネタバレゾーン — 未プレイの方はご注意ください ← ネタバレなしページに戻る

氷室栞のレビュー(ネタバレあり) — EVE The Lost One

氷室栞
氷室栞
設計を読む
7.7/10
7.7 / 10

前作のマルチサイトは「二つのルートが噛み合わないと真相が確定しない」設計だった。本作は違う。視点は三つに増えたのに、ロックは一つも残っていない。これはマルチサイトの退化なのか、別の設計なのか——そこを正直に書いた。

『EVE burst error』の続編。前作で天城小次郎と法条まりなが築いた小次郎×まりなの二視点交差を、本作は桐野杏子(内調見習い)と見城(先輩調査員)、そして敵対者桜把=アドニスの三視点で再構築した。プリシア生存の身代わりトリック、<EVE>真弥子クローンの身代わり死、桜把=見城の鏡像関係——核心は全部ここで扱う。前作既プレイの視点から、本作のマルチサイトが「進化したのか後退したのか」を言語化する。

スコア詳細

伏線と回収 8
ルート・分岐設計 7
プロット構成力 8
エンディングの満足度 8
テーマ・メッセージ性 8
テンポ・緩急 7

続編が、前作の何を引き継いで何を変えたか

前作のマルチサイトを「先輩格」として高く買った人間が、その続編を構造目線で測りに行った。

前作『EVE burst error』のレビューで、私はあの作品のマルチサイトを「二度なぞって統合することで初めて成立する情報構造」と書いた。小次郎ルートとまりなルートのどちらか片方だけでは真相が確定せず、両方を走らせて頭の中で接続して初めて全体像が立ち上がる——そういうロック型の設計だった。だから続編を手に取るとき、私が最初に確認したかったのは一点だ。あのロックを、続編はどう扱ったのか。

本作の主役は新顔の桐野杏子。内調の見習い調査官で、初仕事の朝に巻き込まれたタワー爆発事件と、水族館地下の研究員殺害事件を追う。そこに先輩・見城の視点が交差し、さらに敵対者である桜把=アドニスの幕間が挟まる。前作の小次郎・まりなも、まりなは杏子の元教官として、小次郎と氷室はエルディア渡航の手引き役として再登場する。シリーズの血は確かに引いている。問題はその血が、構造のどこに通っているかだ。

三視点の情報差——杏子の「表」と見城の「裏」

本作のマルチサイトは、前作とは別の使い方をしている。前作が「並走する二つの謎」なら、本作は「表と裏」だ。

杏子の視点は、事件を外側から追う「捜査者の視点」だ。タワーで爆発があった、研究員が殺された、茶色の小瓶が誰かに託された——彼女は起きた結果だけを見て、原因を手探りする。一方の見城の視点は、その同じ事件を内側から見せる「当事者の視点」だ。タワーを爆破したのは見城自身で、それは「ちょっと、ムシャクシャしてたから」(出来心の手製爆弾が予想外の威力を出した)という、馬鹿げているのに生々しい動機から始まっている。そして夏海を殺したのは桜把で、見城はその罪を着せられる側に回る。

巧いのは、杏子が「見城先輩が犯人かもしれない」と疑うショックの場面と、見城が「自分は罪をかぶせられている」と知る場面が、二つの視点に分けて配置されていることだ。杏子は雄二のFAX画像に映った人影を見て「ウソよ……見城先輩が……」と崩れる。プレイヤーは見城ルートで真相を既に知っているから、この杏子の誤認を「気の毒に」と俯瞰できる。同じ一つの誤解を、誤解する側と誤解される側の両方から見せる——これは前作から受け継いだ、視点を分ける意味のある使い方だ。情報差そのものが感情を生んでいる。

桜把=アドニスの幕間も機能している。「ひ、ひ、ひ、火遊びは……たのしかったかい?」という、見城への最初の脅迫ボイスメール。この幼児退行的なしゃべり方の異常さは、桜把が表で見せる「ね、社長」を連呼するビジネスマンの顔と完全に別人で、その落差を桜把視点の幕間でだけ先に提示する。杏子も見城も知らない桜把の素顔を、プレイヤーだけが早い段階で覗いている。三視点それぞれが、他の二視点の知らない情報を握っている。情報の分割という点では、前作の精神をちゃんと継いでいる。

だが、ロックが消えた——前作との決定的な差

ここが本作の構造を語る上で一番大事な点だ。正直に言う。前作にあったロックが、本作にはない。

前作のマルチサイトは、A・B両ルートを終えてから初めて第三の領域が開く「ロック解除型」だった。「Try again」の英文がその解除条件で、二周してから三周目を走ると、前の二周の見え方が遡って書き換わる。プレイ順そのものが設計の一部だった。

本作にはそれがない。スクリプトを構造として見ると、本作は一本の物語の中で杏子POV→見城POV→杏子POVと章単位で視点が切り替わっていくだけで、プレイヤーが「どちらを先に走るか」を選ぶ余地がほとんどない。視点の切り替えは作者が固定したタイミングで起きる。選択肢ミスや戦闘失敗で発生するのは「ゲームオーバー(コンティニュー)」で、これは前作のような「別の真相が見える分岐」ではなく、単なる失敗のやり直しだ。本作には前作のような「True End」「Bad End」のラベルすら存在しない。全視点が終局で一つの到達点に合流する、単一帰結の構造になっている。

——これをどう評価するか、迷った。マルチサイトの旗を掲げた続編なのに、マルチサイトの核だったロックを捨てている。退化じゃないか、と最初は思った。いや、違う。よく考えると、本作がやろうとしたのは別のことだ。前作のロックは「プレイヤーに能動的な情報統合を強いる」仕掛けだった。本作はそこを手放す代わりに、「表と裏を順番に見せて、当事者と捜査者の感情のズレを味わわせる」方向に振った。同じマルチサイトという言葉でも、設計の狙いが違う。前作は推理パズルの設計、本作はサスペンスドラマの設計だ。

ただ、それでも「ルート・分岐設計」に高い点はつけられない。本作の視点切り替えは、前作ほどには「プレイヤーが俯瞰しないと意味が確定しない」レベルに達していないからだ。杏子ルートだけでも、終盤のまりなの大ブリーフィングで真相の骨格はほぼ説明されてしまう。見城ルートは「裏側の補完」であって「もう一つの謎」ではない。前作のあの、片方だけでは絶対に閉じない緊張感は、本作からは薄れている。もったいない。

「眠りを妨げるな」——身代わりトリックの伏線設計

伏線の張り方そのものは、シリーズの水準を保っている。最も巧いのはプリシア生存の身代わりトリックだ。

整理する。終盤、王宮の安置室で「プリシア女王が暗殺された」という報が流れる。だが真相は、本物のプリシアが<EVE>の棺に隠れ、覚醒した<EVE>=真弥子が女王の衣装をまとって身代わりに死んだ、という交換だった。プリシア本人が後に「私は空になった安置室の<EVE>の棺に、服を脱いで入りました」と告白する。

このトリックの伏線が、見城視点に仕込まれている。安置室で見城が棺に近づこうとしたとき、モニカが「眠りを妨げるのはよくないぞ」と遠ざける。初見では、この台詞は「<EVE>を起こすな」という意味に受け取る。違った。あのとき棺の中にいたのは<EVE>ではなく、すでにプリシア本人だった。だからモニカは見城を遠ざけた。一つの台詞が、二つの意味を持っている。「眠っている<EVE>を起こすな」が、真相を知ると「隠れているプリシアを暴くな」に書き換わる。

これは前作で唸った、一つの記号が複数の意味を順番に獲得する設計と同じ系統だ。本作にもその血は確かに流れている。「眠りを妨げるな」という一行は、終盤の真相告白で何度も振り返られて、その都度プレイヤーの中で意味が更新される。巧い。前作のテラーや孔のような三層の入れ子ほど複雑ではないが、二層の遡及更新としてはきれいに決まっている。

<EVE>=真弥子——前作の被害者を、続編の救済者にする構造

本作で構造として一番感心したのは、<EVE>=真弥子という存在の使い方だ。これはシリーズものでしかできない設計だ。

<EVE>の正体は御堂真弥子。前作で、まりなが「達成率99.9%、残りの0.1%」と語る、唯一護りきれなかった護衛対象だ。前国王の意識をクローン体に移植された有機ヒューマノイドで、プリシアの遺伝コピーでもある。実年齢は1歳。前作では「モノのように」扱われた被害者であり、まりなが「せめて王宮で静かに眠り続けていてほしかった」と願う対象だった。

本作はその真弥子を、終盤で覚醒させる。そして覚醒した真弥子に、自己決定としての死を選ばせる。プリシアの身代わりとして死ぬとき、真弥子は「気にしないで。あと数時間の命よ。惜しくないわ」「役に立ててうれしいって言ったら、信じてくれる?」と告げる。さらに「だって、わたしはあなたなんですもの」「あなたのなかにずっといるわ」と。前作で「護れなかった被害者」だった存在が、続編で「自分の意志で他人を救う者」に転化する。前作の傷を、続編が回収している。これは一作では絶対に作れない構造だ。前作で真弥子が「護られるべき無力な存在」として描かれたからこそ、本作の自己犠牲が効く。

しかも真弥子の死は、ただの感動装置で終わらない。彼女のクローン体の組織だけが<LOST ONE>ウイルスに作用しない——つまりワクチンの唯一の素材になる。「あのウイルスはただ1つ……クローンのボディにだけは作用しないことがわかったの」。真弥子の身体そのものが、世界を救う鍵として物語の論理に組み込まれている。感情と論理が同じ一つの身体に折り畳まれている。前国王の延命のために改造された「制御機能のない身体」という設定が、終盤のワクチン製造原理にそのまま接続する。設定の伏線が、ちゃんと回収まで設計されている。巧い。

……正直に言う。真弥子が消える場面、不覚だった。これは感動のゴリ押しじゃない。前作からの積み上げと、本作の設定の論理が同じ一点に収束した結果だ。

桜把と見城——「自分を恐れる男」という対の設計

三視点のうち敵対者の桜把を独立した幕間として置いた意味は、最終決戦で回収される。

桜把=アドニスは、見城を「スネィク」と命名して手駒にしたつもりでいる。「君はきっと闘わない。僕にひれ伏す。どうしてわかるのかって? 僕は君だからさ」——桜把は見城を自分の鏡像だと思い込んでいる。両者とも、インターネット上の「未知の物を手に入れた気分」を共有するハッカーで、出来心が破滅を呼んだ点も似ている。だから桜把は確信している。見城も自分と同じ、世界を壊す側の人間だ、と。

最終決戦で、この鏡像の構図が反転する。見城は桜把に「鬣鬥鬧、おまえは……自分を恐れてるんだ」と言う(※引用者注・桜把を指す)。怪我で多くを失ったから、残ったものまで失うのが怖くて、世界を道連れにしようとしている、と。そして見城は自分との違いをこう言う。「ふいに……1人の女に会いたくなって、探して、会えたら……それだけですごく安心する」。桜把が「世界を壊すこと」でしか満足を得られないのに対し、見城は「誰かに会えること」で満足する。桜把は「おまえはオレと似ていると思い込んでいたが、オレはちがう」と否認される。鏡像だと思っていた相手に、決定的な差を突きつけられる。

この対の設計は、桜把を独立した視点として描いたからこそ効く。桜把幕間で彼の内面(顕示欲と復讐心、半分失った顔への絶望)を先に見せておくから、最終決戦の「自分を恐れている」という見城の指摘に説得力が乗る。三視点目を「単なる悪役の説明」で終わらせず、見城という主人公の輪郭を逆照射する鏡にしている。構造として無駄がない。

惜しい点——見城編の重複感と、終盤の駆け足

構造が見えている前提で、弱点を二点挙げる。

第一に、見城編が杏子編の「裏返し」に寄りすぎていて、独立した謎としての推進力が弱い。前作のまりな編は、小次郎編とは別の事件・別の謎を追っていて、それ自体に固有の引きがあった。本作の見城編は、杏子編で起きた出来事の裏側を説明する役回りが大きく、「もう一つの謎」というより「答え合わせ」になっている。だから杏子編をある程度進めたプレイヤーにとって、見城編は新鮮な驚きより「ああ、あれはそういうことだったのか」という確認の連続になりがちだ。視点を二つ用意した以上、それぞれが独立して走れる謎であってほしかった。

第二に、終盤の砂漠パートが駆け足だ。プリシアの長い告白で身代わりトリックと<EVE>の真相がまとめて開示された後、物語は一気に砂漠の追跡へなだれ込む。モニカが<EVE>の棺を抱えて砂漠に消え、杏子と雄二がそれを追い、ベドウィン村で力尽きたモニカの遺体と棺を発見してワクチンを合成する——この一連が、情報密度の割に駆け足で処理される。モニカという人物の背景(プリシアの幼馴染、内戦で家族を失った復讐者)も、もう少し早く提示されていれば、彼女の砂漠での死がもっと重く響いたはずだ。終盤に情報が集中する弱点は、前作のテラー編の情報量不足と同じ系統の問題で、シリーズが抱え続けている癖なのかもしれない。

もったいない。設計の方向は間違っていない。各情報のプレイヤーへの到達タイミングがもう少し滑らかであれば、もう半点は乗った。

7.7——前作には届かない。だが「続編でしかできない構造」を持っている

スコアの話に入る。

本作のマルチサイトは、前作のロック型から「表と裏を順番に見せる」型に変わった。前作の「片方だけでは絶対に閉じない」緊張感は薄れている。だからルート・分岐設計の点は、前作に届かない。マルチサイトの旗を掲げた続編としては、ここは正直に減点した。

一方で、本作には前作にできなかったことがある。前作で「護れなかった被害者」だった真弥子を、続編で「自分の意志で世界を救う者」に転化させた。前作の傷を続編が回収する、という一作では絶対に組めない構造を持っている。「眠りを妨げるな」の二層の意味、桜把と見城の鏡像と否認、真弥子の身体が感動と論理の両方を担う設計——個々の伏線の精度は、シリーズの水準を保っている。

そして本作のテーマ。「夏海さんが死んでも、わたしが死んでも、わたしたちの手から手をわたって……誰かが“記憶”をもって海を渡り、誰かが<EVE>を目覚めさせ……きっとたどりつく」という杏子の台詞。命をリレーで繋いで世界を救うという主題が、三視点それぞれの「手渡し」の連鎖として構造に反映されている。瀬野尾から夏海へ、夏海から見城へ、<EVE>からプリシアへ、モニカから杏子へ。テーマと構造が一致している。最後の「帰らなくっちゃ……」が、その手渡しを次へ繋ぐ独白として閉じる。

7.7という数字は、こう読んでほしい。前作の8.7には届かない。マルチサイトの核を緩めた分だけ下がった。だが、続編という立場を構造として活かした作品として、これは7点台後半の仕事をしている。前作をプレイした人間にだけ効く設計が、確かにここにある。前作の真弥子事件を知っている人ほど、本作の終盤は重く効く。それを構造から確認できた——そう思えただけで、続編をプレイした価値があった。