四本の道は、最後の一本のための下準備だった。
海中テーマパークに閉じ込められた119時間を、大学生と記憶喪失の少年、二つの視点で追う。二つの視点、四人のヒロインの結末、そして最後に開く一本。すべての道に疑問が残され、最後の一本がそれを順に拾っていく。この構成が最後まで崩れない。序盤から中盤の歩みが遅く、途中で降りる人が出そうなのが弱点だ。伏線の精度は、私がこれまでプレイした中でも指折りだった。8.5。
スコア詳細
選択肢が一人称だった
プロローグの最後に出る選択肢は、行動でも相手でもなく、一人称だった。「俺は――」か、「ぼくは――」か。ここで三度、手が止まった。
KIDの『Ever17 -the out of infinity-』。2002年のinfinityシリーズ第2作で、私がプレイしたのはドリームキャスト版(2002年)。シリーズの前の作品も後の作品も遊んでいない。後年のリメイクとリマスターはシナリオが書き直された別の系統なので、ここでの話はすべて2002年の版の構造についてだ。
プロローグの地の文は、二人の主人公をどちらも「彼」と書く。名前は台詞の話者表示にしか出ない。今どちらの側にいるかを見分ける手がかりは、独白の一人称だけになる。そして最後に、その一人称そのものを選ばせる。物語の入口を人称で分岐させる作品は珍しい。この作品は最初の分岐で、自分は人称の扱いで勝負すると宣言している。その宣言が最後まで守られるかどうか。それを確かめるつもりで始めた。
ここから先は、結末まで含めた構造の話だ。
二つの系統、四つの結末、最後の一本
骨格は三段になっている。
舞台は、洋上の人工島インゼル・ヌルの真下に沈む海中テーマパーク「LeMU」。5月の連休に浸水事故が起き、数人が水深51メートルの最下層に閉じ込められる。管理システムの案内役・茜ヶ崎空は、完全圧潰推定時刻を「5月7日午前4時30分前後」と告げる。ここから119時間の籠城になる。
第一段は、プロローグの二択で分かれる二つの系統。「俺」の倉成武の系統は、5月4日からつぐみ編と空編に分かれる。「ぼく」の少年の系統は、優編と沙羅編に分かれる。第二段は、その四つの結末とバッドエンド。どの道も、何かを説明しないまま終わる。第三段が、四人のグッドエンドを見たあとに開くココ編だ。ここで初めて、二つの系統が一本のシナリオの中で交互に語られる。
そしてココ編で明かされる骨格の正体。武の系統は2017年、少年の系統は2034年の出来事だった。2034年の一週間は、2017年の事故をなぞるように、それと同じ顔をして拵えられていた。少年が優に西暦を問い、「……34年、だけど?」と返される場面で、二つの系統の関係がひっくり返る。同じ事故を別の角度から見ていたのではなく、17年を隔てた二つの事故を、同じ顔で並べて見せられていたわけだ。
登場人物の配置そのものが、仕掛けの図面だった
人物の置き方を後から並べ直すと、ほぼ全員が、二人いるか、名前が違うかのどちらかだ。
① 倉成武と、もう一人の「武」
武の系統の武は20歳の大学3年生で、軽口とダジャレで場をもたせ、探索を買って出る。少年の系統にも「武」はいる。こちらは桑古木涼権で、17年前の事故で記憶を失っていた15歳の少年が、大人になって武を演じていた。初日に武が少年へ言う「ああ、そうそう。2017年だ! ほら、メモメモ! 書いとけ!」と同じ年号を、2034年の「武」も入場券の半券を出しながら口にする。台詞ごと再現しているのが、この人物の正体の伏線になっている。
② 二人の少年
武の系統にいる記憶喪失の少年は桑古木。少年の系統の語り手は、ホクトという少年の体に、外から見ている視点が重なった存在だった。同じ「少年」という呼び名が、二つの年で別人を指す。
③ 二人の優
2017年の優は田中優美清春香菜、2034年の優はその娘で、自分の細胞核から生まれた田中優美清秋香菜。プロローグで優が「本当はもっと長い名前なんだけどね?」と言うのは、名前の長さの冗談ではなかった。「春」と「秋」の一字だけが違う二人がいる、という核心の入口だ。
④ 二つの年をまたぐ人々
小町つぐみは、2017年には不老の体を隠した23歳で、2034年には少年と沙羅の母として同じ館にいる。空は、2017年にも2034年にも同じ姿で現れる。2017年に14歳で館にいた八神ココは、2034年には少年にだけ見える少女として現れる。そして松永沙羅は、少年の双子の妹だった。人物表がそのまま、二つの年を重ねるための部品表になっている。
評価①:伏線は、二つの年の両方で成立するように書かれている
伏線と回収に10を付けた。私の評価軸で10は滅多に出さない。理由は以下のとおり。
同じ台詞が、どちらの年でも通る
2017年の優は、父が失踪したのは自分が1歳のとき、つまり17年前だと言う。2034年の優も、ほとんど同じ言い回しで同じことを言う。2017年の優にとっての17年前は2000年、2034年の優にとっての17年前は2017年。生年が17年ずれた二人なので、同じ台詞がどちらの年でも嘘にならない。本文はこの一致を指摘しない。気づいた人だけが拾える。巧い。
誤読させる日付
優編では、メールの受信日時「02/07/19」を、少年も空も2002年7月19日と読み、今年を2017年だと思い込んだまま引き算をする。ココ編で優が、これはドイツ式の表記で月・日・年の順だと指摘し、2019年2月7日だったと分かる。プレイヤーも少年と同じ前提で同じ誤りを踏む。日付の書式が、そのまま罠になっている。
数が合わない
初日のモニターには、生体反応が6、5、7、6と揺れる。閉じ込められた人数と合わない。ココ編の少年の入口では、少年自身が逃げ遅れた人数と反応の数の食い違いを指摘する。数え漏らされているのは、数えている本人だった。実体のない空、少年にしか見えないココ、そして体を持たない視点が、同じ館に混ざっている。初日のセンサーの不具合に見えたものが、最後には作品の構造図になる。
船着場の石碑
作品の一番初めに出る石碑の銘、『天国はどこにある?』『空の上と、あなたの足元に……』。ドイツ語のヒンメルが空と天国の両方を指すことは空自身が明かし、足元の海底にはIBFがある。そしてココ編の終盤、砕けた石碑の「天国」のかけらを抱えて、ホクトの体を借りた視点が水深119メートルへ沈んでいく。銘文が、そのまま最後の道順になっていた。最初の一枚から最後の一手までを一本の糸で結んでいる。
誤った推理も、伏線として機能する
武の系統で、IBFで死んだ研究員の業務日誌に「T.Y」の署名があり、つぐみは研究員をココの父だと推理する。筋は通っている。ココ本人も父がIBFの研究員だと言う。だがその研究員は田中陽一、優春の父だった。ココの父が研究員であることは事実で、死んだ研究員とは別人。二つの正しい事実を並べて、間違った結論に誘導する。ミステリの手つきとして見事だと思う。
理論編が、最後の宣告の準備になっている
二日目の夜、空は武に「あなたが目を閉じたとき、私は消えてなくなるのです」と言う。誰かに見られて初めて姿を持てる自分を説明する台詞だ。ココ編ではそこに月の問答が加わり、空は「私は……月と同じなのです」と結ぶ。少年の系統では、優の母の研究テーマとして「第3視点」の定義が語られる。見ることが存在を作る、n次元の全体はn+1次元からしか見えない。この二つの理屈が、浮島で優春が少年に告げる言葉の土台になる。「ホクトの向こう側にいる『あなた』――」「そう、今、私のことを見ている『あなた』……」「あなた自身のこと」。少年が記憶を失っていたのは、ホクトの目に、画面の外から見ている視点が重なったからだった。
……やられた、と思った。プロローグで一人称を選ばせた理由が、ここで分かる。選んでいたのは主人公ではなく、私自身の居場所だった。鳥肌が立った。
評価②:四つのルートは、互いの答案になっている
マルチルートの必然性は、ルート間の情報差がどう組まれているかで決まる。この作品の情報差は、意図して偏らせてある。
武の系統で分かるのは、2017年の事実だ。つぐみが12歳でウイルスに感染して老いなくなったこと、空が立体投影のAIであること、海底にIBFという研究施設があり、そこから致死性のウイルスが漏れたこと。少年の系統で分かるのは、2034年の事実だ。優の父の記録が消されていること、空が示す「34年前」という数字が優の年齢と噛み合わないこと、沙羅と少年が同じ赤外線視力を持つ兄妹だったこと。どちらの系統も、単独では答えにならない。優編の終盤で通信の男が口にした「ブリック・ヴィンケル」という語に、少年は「だいたい、なんだよ……? ブリック・ヴィンケルって……?」と問い返すだけで終わる。答えのない問いを、わざと各ルートの出口に置いてある。
ロックと、二つの入口
ココ編は四人のグッドエンドを見たあとに開く。バッドエンドは条件に入らない。そして入口が二つある。武の視点から入る道と、少年の視点から入る道だ。どちらも序盤の区間を丸ごと別の版に差し替えていて、入口ごとに固有の場面がある。少年の視点の入口では、少年が紹介される前に沙羅の名を言い当て、沙羅に「どうして……知ってるの?」と問われる。優は「一方通行の向きが、逆なのよ、どう考えても」と指摘する。記憶喪失なら思い出せないはずで、知っているのはおかしい、と。この指摘がそのまま結論になる。少年は思い出しているのではなく、外から見ていたのだから。
ココ編はどの結末から続くのか
ココ編の2017年の側は、つぐみ編のグッドエンドの続きになっている。武は潜水艇を浮かせるために海へ出て「俺は、死なない」と言い残し、水深119メートルで息を止める。空編では、武は空とともにヒンメルで沈むので、海底に体は出ない。ココ編が受け直すのは、かたわらにテラバイトディスクを落としたまま海底に横たわる武の体だ。四つの結末のうち、正史として拾われるのは一本だけ。
ところが、そこで終わらない。エピローグの最後で、肉体を得て船の甲板に立った空は、テラバイトディスクには書き込まれているはずのない記憶を持っている。「ピグマリオンの話」と「ポチッとな」。前者は空編の結末で、武が空のデータを写しながら語った神話の会話で、空はその場で、コピーの間に話したことはどこにも記憶されないと言っていた。後者はココ編で武がディスクを取り出すときの掛け声で、コピーの後の出来事だ。正史から外れたはずの空編の会話が、最後のエピローグに滲み出してくる。誰が渡したのかは書かれない。ルートの壁を越えた記憶を一つだけ置いて、説明しない。これは設計として巧い。分岐した道を、一段上から見ている視点がいるという作品の理屈を、最後の数行で実地に示している。
ほかの結末の役割
武の系統のエピローグは、ココ編を終えたあとの再プレイで解放される。中身はドイツ語の短い二行で、2034年5月1日という日付を名指すだけだ。ココ編を見た後でなければ意味が通らない。優編のバッドエンドは、プロローグの末尾と同じ言葉で閉じる。ただし間に「今度こそ護り通せるかもしれない。」という、その結末にしかない願いが一行挟まるので、ループの明示とまでは言い切れない。私はここを、意図して決めきらせない作りだと受け取った。
空編の結末で、武は空に向かって「俺は、死なない」と、つぐみ編と同じ言葉を言う。同じ宣言の直後に、つぐみ編では海に沈んで、空編では海の中を昇っていく。ココ編だけが、その宣言を字義どおりに成立させる。結末ごとに同じ台詞を置き、意味を最後の一本で確定させる。この手順が、全ルートで一貫している。
弱点:序盤から中盤が長い。そして回収されない糸が少しある
テンポ・緩急は6にした。正直に言うと、ここがこの作品のいちばんの弱点だ。
籠城の一日一日は、タツタサンドの食事、暗闇の鬼ごっこ、空の講義、つぐみとの口論で埋まる。後から見れば伏線の宝庫だが、プレイ中は同じ時間割の繰り返しに感じる日がある。しかも二つの系統で、似た出来事が二度ずつ来る。私は四日目で一度止まった。構造の帰結を見届けたい人間でなければ、ここで降りてもおかしくない。もったいない。
回収されない糸もある。少年の系統の初日、館内はもう1気圧で、ヘリウムも抜けているのに、空は音声変換機を外させない。優だけが黙って視線をそらす。露骨に置かれた違和感なのに、ココ編でも理由は語られない。つぐみが引きずる足が同じ場面の中で右から左に入れ替わるのも、作中人物が気づくのは一部だけで、残りは誤記なのか意図なのか決められない。どれも本筋を揺らすほどではないが、ここまで精度の高い作品だからこそ目立つ。
それから、ココ編の終盤で、2017年の側で全員をすぐ救った未来が崩れ、視点が逆の指示を出す場面。「だから17年後、ボクをだまして!」。17年後の事件が17年前の救出を支え、17年前の救出が17年後の事件を呼ぶ。この輪には起点が書かれていない。私はこれを、作者が意図して残した空白だと受け取った。ただ、ここで納得できるかどうかは、プレイヤーによって分かれると思う。
8.5——一人称の二択に、最後の答えがあった
骨格は9、伏線は10、ルートの組み方は9。そこから序盤の重さを引いた。
二つの年を同じ顔で並べ、同じ台詞が両方の年で通るように書く。四つのルートの出口に答えのない問いを置き、最後の一本で拾う。正史から外れた結末の会話を、エピローグに一つだけ滲ませる。そして、プロローグで選ばされた一人称が、最後にプレイヤー自身の居場所だったと明かす。最初の分岐の意味が、最後の場面で確定する。構造としてこれ以上の閉じ方はそう無い。
エンディングにも9。海に消えた男も、海底で眠っていた少女も、17年をかけて計画を運んだ人たちも、ちゃんと帰る場所に着く。10にしなかったのは、起点のない輪と、回収されない糸が少し残るから。均して8.5。
……正直に言うと、最後の甲板で、全員が見えないはずの何かに向かって手を振る場面で、少し手が止まった。構造の帰結として、だと思う。たぶん。
