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大和仁のレビュー — Ever17 -the out of infinity-(ネタバレあり)

大和仁
大和仁
水深を気圧に換算したい男
8.5/10
8.5 / 10

海の底の数字が、どれも調べると本当に合う。

水深51メートルの海中テーマパークで浸水事故が起き、閉じ込められた人たちが脱出の手を探す。気圧や潜水の数字、ドイツ語の名札、幻の大陸の学説史まで、持ち込まれた知識の多くが調べると裏づけの取れるものだった。前の作品で薄いと感じた舞台の外側も、今回はちゃんと厚い。生物学の設定にいくつか食い違いが残ることを差し引いて、8.5だよ。

スコア詳細

設定の独自性 9
世界の奥行き 9
設定の整合性 7
テーマ・メッセージ性 8
文章力・描写力 8
エンディングの満足度 9

館内は6気圧、という一行に釣られた

テーマパークの館内が6気圧の混合ガスで満たされている。プロローグのこの説明で、ぼくはこの作品を最後まで遊ぶことに決めた。

KIDの『Ever17 -the out of infinity-』。2002年のinfinityシリーズ第2作で、ぼくはシリーズ第1作のNever7も遊んでいる。今回遊んだのはドリームキャスト版(2002年)。この作品は後にシナリオを書き直したリメイクが出ていて、2025年のリマスターもそちらの本文だから、ここで話すのはあくまで2002年の版の中身だよ。

舞台は洋上の人工島インゼル・ヌルと、その真下の海中テーマパーク「LeMU」。水深17メートル、34メートル、51メートルに三つの階が沈んでいる。5月の連休に浸水事故が起き、数人が館内に閉じ込められる。管理システムの案内役・茜ヶ崎空は、5月7日の午前4時30分前後に施設が完全に潰れると告げる。視点は二人。大学3年の倉成武と、記憶を失った少年だ。

海の中の施設が舞台の作品は、たいてい水圧も減圧もふんわりと済ませる。半分は疑っていた。以下、結末まで含めて、何を調べて書かれているのかを見ていきたい。

水深と気圧の数字が、ちゃんと合う

最初に電卓を出したのは、気圧の数字だった。

海水の中では、10メートル潜るごとにおよそ1気圧ずつ水圧が増える。水面の大気圧1気圧を足すと、水深51メートルの最下層はだいたい6.1気圧になる。館内を6気圧に保つ、という係員の説明は、いちばん深い階の外の水圧とほぼ釣り合う値なんだよ。係員は「ところで、このLeMUは、飽和潜水仕様の設計になっています」と言う。飽和潜水というのは、潜水士の体を高い気圧に慣らしきってしまう、実在の潜水の方法だ。そのうえで「内部の気圧を高めているので、このLeMUが水圧によって押し潰されることは絶対にあり得ないのです」と胸を張る。内側から押し返して外殻を守るという理屈そのものは正しい。だからこそ、この断言が物語の最初の皮肉になる。

ほかの数字も追いかけてみた。少年の道の終盤で、水没した救護室の空気だまりは4.5気圧だと言われる。水深34メートルなら計算上4.4気圧で、ほぼ合う。武の道でたどり着く海底のIBFは水深119メートルで、内部は約12.5気圧。計算すると12.9気圧前後だから、これも大きくは外れない。ヘリウム混じりのガスで声が甲高くなるから音声変換機を耳に付ける、という話も、ヘリウムの中では音の伝わり方が変わるという実際の現象を踏まえている。IBFからLeMUへ戻るのに減圧で12時間かかる、という制約が、つぐみ編の結末で武の首を絞める。物理の数字が、そのまま筋の締め具になっているんだよ。

空が水深51メートルから自力で泳いで出るのは無理だと説く場面の「15階建てのビルの屋上まで泳いで登るのと同じこと、です」も、1階あたり3.4メートルで計算が合う。だから、沙羅編の結末で少年と沙羅が水深34メートルを泳ぎ切ったときは、空の計算を知っているぶん、こちらも息を詰めた。

ドイツ語の名札と、幻の大陸の学説史

LeMUの中の名前は、ほとんどがドイツ語だ。しかも、ちゃんと意味が通る。

係員の説明どおり、インゼル・ヌルは「島・ゼロ」。その下のエルストボーデン、ツヴァイトシュトック、ドリットシュトックは、ドイツ語で一つ目の床、2階、3階にあたる言い方だね。中性浮力式のエレベーター「アイ」は、ドイツ語で卵を意味する Ei。クラゲ型のゴンドラ「クヴァレ」は、クラゲの Qualle だろう。そして3階の開かない扉、ヒンメル。空が自分で「ヒンメルは……ドイツ語で『空』……私の名前です」と言い、別の場面では「それに、『天国』……」と付け足す。ドイツ語の Himmel は空と天国の両方を指す語で、浮島の船着場の石碑『天国はどこにある?』『空の上と、あなたの足元に……』は、この一語の二重の意味だけで組まれている。空の記憶がある扉と、足元の海底にある研究施設。語学の小さな事実が、作品の行き先をまるごと抱えているわけで、これには唸った。

致死性のウイルスの名「ティーフ・ブラウ」も、ドイツ語で深い青。海の底から漏れる病の名前としては、少し皮肉が効きすぎているくらいだ。最後に明かされる「ブリックヴィンケル」も、ドイツ語の Blickwinkel、視角や観点を指す語になっている。

レムリアという器

LeMUの表向きの由来は、幻の大陸レムリアだ。プロローグの地の文が、イギリスの動物学者スクレーター、地質学者ブランドフォード、ドイツの動物学者ヘッケルと、学説史を順に紹介する。調べてみると、この三人の並びは実際の学説史どおりで、キツネザル(レムール)の分布を説明するために陸橋を想定した話が、のちに大陸説として膨らんでいったものらしい。作中でも武が「スクレーターの唱えた学説は、とっくの昔に否定されてるんだ」と切り捨てる。面白いのはここで、LeMUの本当の名の由来は Leiblich Medizin と Utopie、つまりライプリヒ製薬の名前だった。さらに少年の道では、優の母が第3視点という概念の起源をレムリアに求める論文を書いていたことが語られ、優自身がそれを捏造だと言う。否定された学説を、企業の宣伝と研究者の作り話の器として使い直している。雰囲気で古代文明を借りたのではなく、否定済みだと知ったうえで使っている。この誠実さは評価したい。

キュレイの生物学、二つの作品の「キュレイ」

設定の芯にあるのが、小町つぐみの体を変えたキュレイウイルスだ。ここは生物学の授業みたいになる。

作中の説明では、キュレイはレトロウイルスで、逆転写酵素で自分の遺伝情報を宿主のDNAに書き込む。感染した細胞はテロメラーゼを作り続け、テロメアという細胞分裂の回数券を継ぎ足せるようになる。さらに、第17染色体にあるガン抑制遺伝子のp53を働かなくする。ここ、調べてみると驚くんだよ。p53の遺伝子は、本当にヒトの17番染色体にある。題名の「17」と、細胞の不死化の鍵になる遺伝子の住所が重なっている。偶然か意図かは分からない。ただ、テロメラーゼを持ち、p53が壊れた細胞というのは、現実のがん細胞の特徴そのもので、作中の地の文がキュレイを、体のすべての細胞をがん化させるウイルスと言えなくもない、と言い換えるのは、生物学的にかなり正確な比喩なんだ。

武がつぐみの血から抗体を作ろうと言い出す場面では、「天然痘、ペニシリン、ヘビ抗毒素……」と例を挙げる。抗体を含む血清で治療するという考え方は、ヘビ毒の抗毒素血清のように実際にある。ペニシリンは抗生物質で血清とは別物だから、ここは武の慌てた早口として受け取った。

前の作品と並べると

Never7を遊んだ人には、キュレイという語に聞き覚えがあるはずだ。前の作品では、キュレイシンドロームという心の病の名で、いづみが「キュレイのスペルは『C・…』、キュアのフランス語読み」と説明し、司祭の意味も込められていると語られた。ぼくは前のレビューで、cure と curé がどちらもラテン語の cura から来ていることを書いた。この作品のキュレイは、診断画面に Cure.Virus-P-Carrier と出るだけで、語源は何も語られない。同じ語が、前の作品では妄想の病、この作品では老いを止めるウイルスに貸し出されている。作中は二つを一切結びつけないし、物語も人物も別だ。ただ、前の作品で語られた、不死が人から人へうつるという少年の妄想と、感染で老いが止まるこの作品のウイルスを並べると、同じ発想の種を別の土に植えたように見える。

もう一つ、ぼくは思わず声が出た。この作品で優春に「不死には3つの種類がある」と説くのはモリノシゲゾウ博士で、地の文は博士を遺伝子工学の世界的な権威と紹介する。前の作品にも、守野茂蔵という同じ肩書きの人物が回想の中に出てきた。読みは同じだ。同一人物かどうか、この作品は何も言わない。クローンの扱いも響き合っている。前の作品では、作中の時点の9年前からクローン受精が法律で認められていると語られた。この作品では、空が2010年の法改正で人間のクローン受精が認められたと説明する。前の作品の舞台を2019年とするシリーズ年表に従えば、二つの数字はぴったり重なる。DNA鑑定の数字が「99.99999%」で揃っているのも、見つけて嬉しくなった。

海月の句と、十七文字の並べ替え

この作品でいちばん教養の使い方が冴えていたのは、一句の俳句だった。

少年の道で、管理システムに入るための合言葉が、プリンタの不調で潰れた紙に印字されている。少年が「わかった! ほらっ、こうやって紙を寝かして見れば……」と紙を寝かせて読み取り、優が「たぶんこれは、正岡子規の俳句『水無月の虚空に涼し時鳥』をもじったものだと思う」と見抜く。印字されていたのは『海月の虚空に秋涼し時鳥』。真上からではなく横から見ないと読めない、という紙の仕掛けが、そのまま視点を変えないと全体が見えないという作品の主題の、いちばん小さな実例になっている。

面白いのはここからで、季語を数えてみると引っかかる。元の句は、水無月も涼しも時鳥も夏の季語で、夏一色の句だ。もじった句には「秋」が一字入っていて、秋の涼しさと夏の時鳥が同居してしまう。俳句としては季がずれている。そのずれた一字が、優の本当の名前、田中優美清秋香菜の「秋」だった。少年がそれに気づく場面は、俳句の作法を知っているほど効く。

さらに、少年にだけ見える少女が告げる「ホクトのこすうみ、すぎしときに、つうず」。仮名を数えてみると、さっきの句とまったく同じ十七文字の並べ替えなんだよ。同じ十七文字が、片方では合言葉に、片方では少年の名前と出自を告げる言葉になる。そして「海月」の字。前の作品で、いづみが父から聞いた童話は「海の月と書いて、くらげ……」で終わった。この作品では、クラゲのゴンドラの名がクヴァレで、つぐみは武に「『月』に『海』と書いて『つぐみ』って読むの」と名前の由来を語る。月と海の組み合わせが、二つの作品にまたがって何度も浮かんでくる。

月を見ない間、月はあるのか

この作品の理屈の部分は、物理と哲学の古い問いを、かなり素直に借りている。

ココ編で、空が武に問う。目を閉じても月はそこにあるか、世界中の人が一斉に目を閉じたらどうか、と。そして「私は……月と同じなのです」と言う。調べるまでもないかもしれないけれど、これはアインシュタインが量子力学の解釈をめぐって、誰も見ていないとき月はないとでも言うのか、と問うた有名な話に重なる。空は、見られることで姿を持つ立体投影の自分を、その月にたとえているわけだ。

空の講義はさらに進む。同じ由来から分かれた自己は、無関係な2本の線のWではなく、一点でつながるYの形をしている。3次元から4次元に上がるとYはΨになる。量子力学で波動関数を表す記号がΨで、分かれた自分を一段上から同時に見る、という図は多世界解釈の絵を思わせる。空は「この場合の4次元空間とは『ミンコフスキー時空』のことを指しているわけですが……まあ、その話はいいでしょう」と、相対論の用語を出しかけて引っ込める。この引き際がいい。知っているけれど、講義をそこまで広げない。

最後に優春が、2次元の平面に住む点A・B・Cと、それを上から見下ろす点Dのたとえで、第3視点の仕組みを説く。2次元の住人を使って高い次元を説明する手つきは、19世紀の小説『フラットランド』以来の定番で、元ネタのある説明だ。そのうえでこの作品は、点Dを画面のこちら側、つまりプレイヤーに置いた。「あなたを呼んだのは、あなた自身なの」。次元のたとえ話を、物語の外にいる人間を名指すための道具にまで延ばした。ここが、ぼくがテーマに8を付けた一番の理由だよ。

ちょっと残念なのは、生物学の食い違い

設定の整合性は7で止めた。理由ははっきりしている。

一つ目は、キュレイの種の壁だ。作中の説明では、キュレイは種の壁を越えて伝染することはあり得ず、ヒトにしか感染しない。ところが、つぐみの飼っているハムスターのチャミは、つぐみの血を介して同じ体になった、とつぐみ自身が言う。作品はこの食い違いを最後まで説明しない。二つ目は、紫外線だ。キュレイ種は紫外線に極端に弱く、屋外では夜しか動けないと説明される。抗体を打ってキュレイに感染した優春と桑古木涼権も、エピローグでは陽射しの降る船の甲板で笑っている。少年も作中で一度首をかしげるけれど、答えは出ない。

三つ目は冬眠だ。17年の人工冬眠を、少年は「人間の体を、6度から7度ぐらいの低体温状態に保って、心拍数と呼吸数をギリギリまで減らす……」と説明する。医療で使われる低体温療法は、体温を30度台前半まで下げる程度で、体温6度というのは人間の生理ではまず生きていられない領域なんだ。ここはSFとしての飛躍だと割り切った。赤外線が見える目も同じで、ヒトの可視光が380から780ナノメートルという作中の数字は正確だけれど、そこから先は物語の都合として受け取るしかない。

前の作品では、いづみの説を最後まで説のまま宙に置いて、科学の言葉を借りた嘘にならないよう保険を掛けていた。この作品は逆で、仕組みをはっきり言い切る。言い切ったぶん、合わないところも見えやすくなった。前の作品と同じ7を付けたのは、数字の確かさで加点し、言い切ったがゆえの食い違いで同じだけ引いた結果だよ。

8.5——調べるほど、海の底が深くなる

この作品がぼくに残したのは、p53の住所と、季のずれた一句だった。

世界の奥行きに9を付けた。前の作品では、島の外の世界が薄いと書いて6を置いた。今回は、ライプリヒ製薬という会社の思惑、海底の研究所、ウイルスの開発を告発しようとして拘束された研究者の人生、エピローグの新聞記事まで、主人公の見ていない場所にちゃんと世界がある。エンディングにも9。前の作品で宙に置かれた謎に不満を書いたぼくとしては、この作品が仕組みを最後まで語り切ったことを素直に喜びたい。

飽和潜水と気圧の計算、ドイツ語の名札、否定済みの学説の使い直し、がん細胞と同じ顔をしたウイルス、子規のもじりと十七文字の並べ替え、月とアインシュタイン。持ち込まれた知識の幅が広く、そのほとんどが雰囲気で借りたものではなかった。生物学の食い違いがいくつか残ることを差し引いて、8.5だ。プレイを終えてから、ぼくは染色体の図を見直した。それだけで、この作品をやった意味は十分にあったよ。