「まー兄」のひとことに、七年ぶんの好奇心の罪が全部乗ってた。
佳多奈がクリスマスの病室で、泣いてる正樹の頭に手を置いて「……まー兄」って言うとこ。あそこで完全にやられた。事故で言葉も情緒もなくなった子が、いちばん最初に取り戻したのが、自分の手を引いて連れ出した相手の名前だったんだよ。しかもその事故の引き金は正樹の「見たい」って好奇心。罪と再生がひとことに同居してる。瞳の寝言の真相も、サーシャの脚絡みも、ぜんぶ胸に来た。蘭子の送り出しだけ最後まで飲み込めなかったけど、それ込みで8。
スコア詳細
「泣けるから」って薦められて、半信半疑で入った
2000年のD.O.の作品。天美っていう街に戻ってきた高校二年の今村正樹が、七年前に母を奪った事故の傷を引きずったまま、幼馴染たちと再会していく話。
正樹はもともと宇宙飛行士になりたかった子なんだけど、母を喪った事故でその夢に蓋をして、いまは天文部の幽霊部員になってる。そこに瞳・佳多奈・恭子・蘭子・ゆかり、それから留学生のサーシャが絡んできて、それぞれが胸にしまってた痛みと、正樹が捨てきれなかった夢が、一年の四季のなかで重なっていく。あたしは最初「学園もの×宇宙の夢、いい話っぽいな」くらいの軽い気持ちで入った。そしたら一人ひとりの抱えてるものが想像よりずっと重くて、何度も置いていかれそうになった。いい意味で。
佳多奈の「まー兄」——あの覚醒で全部持っていかれた
あのね、佳多奈の話していい? いい? もう止まらないから先に言っとくけど。
佳多奈はずっと無表情で、廊下でぶつかっても「だから日誌と鍵」ってオウム返しするだけの子なんだよ。じゃんけんで毎回グーしか出さない。視線が合わない。それが事故のせいだって正樹は思い込んでて、ずっと自分を責めてる。「佳多奈の大切な知性を根こそぎ奪い取ったもの。それは、僕の浅はかな好奇心だ」って独白するとこ、あたしここで一回止まった。だって正樹が「燃焼実験、見たい」って言って、地理に詳しい佳多奈の手を引いて禁止区域に入ったのが事故の引き金なんだよ。罪の重さが尋常じゃない。
で、クリスマス。正樹が病室で「どうして……こんなことに……なってんだろうな」って泣くんだよ。号泣してる。そしたら佳多奈が、泣いてる正樹の頭にそっと手を置いて、「……まー兄」って言う。その瞳に知性の光が宿ってる、って地の文が来た瞬間。ダメだった。声出して泣いた。覚醒した佳多奈が最初に取り戻した言葉が、自分を傷つけた相手の、自分がずっと呼んでた名前なんだよ。ずるくない? 罪を背負った相手が、罪の証であるはずの子に、いちばん優しい形で赦される。こんなの耐えられるわけない。
しかも覚醒したあとの佳多奈がまたいいんだ。「2分、遅れてる」って時間に厳しくなったり、「あたたかいの、好きだから。春みたい」って胸に頭を預けたり。情緒がちゃんと育ってる。最後にSASの候補生になって、現存する中でいちばん若い宇宙飛行士候補って紹介されるとこまで、ぜんぶ報われてた。感動・カタルシス9点はほぼこのルートで確定した。
瞳の寝言が伏線だったって気づいた時の背中のぞわっと
瞳は表面ずっと脳天気なの。「Passion is power」が口癖で、えへへって笑ってばっかり。
でも体育祭で倒れて、保健室で「……たしは…なれない、から…………」って寝言を漏らすんだよ。あと「Tマイナス四分、フライトコントロールデータチェック」とか、ロケットの打ち上げ手順を口走る。あたし一周目は「天文部だから詳しいんだなー」くらいに流してた。流してたんだよ。それが先天性心疾患の真相が出てから、ぜんぶ意味が変わった。瞳は生まれた時から自分が宇宙飛行士に絶対なれないって知ってて、だから心の奥で、正樹の代わりに宇宙に行く夢を見てたんだ。寝言があの夢の輪郭だったって気づいた時、背中がぞわっとした。
「わたし、一緒に宇宙には行けないけど、まーくんのことは一生……ううん、二生も三生も好きでいたいから」って台詞。「ごめんね、勝手に夢をおしつけて。ごめんね、勝手に好きになって」って謝るとこ。自分が無理だから、誰かの夢を後押しするために生きてきた子が、その後押しした相手に「ごめんね」って言うんだよ。逆でしょ。謝るのは正樹のほうでしょ。なのに瞳が謝る。あたしここで「いや待って、なんで瞳が謝るの」って画面に言ってた。浪人エンドの「瞳の見れない分を、すべて僕が見てくる」って誓いで、やっと感情が着地して、ちょっと救われた。
サーシャの脚、恭子の「身代わり」、ゆかりの作文
残りの三人も、それぞれ刺さりどころがあった。順番に話させて。
サーシャは正体が王女だってバレたあと、帰国するしかないって追い詰められる。文化祭の屋上で襲われて、ディネイが身を挺して守って。最後の一夜、正樹が腰を引こうとするのを、サーシャが「だって、だって……離れたくないです……」って脚で抱え込んで離さないんだよ。あの脚の絡みは、エロがどうとかじゃなくて、これが最後の一晩だってサーシャが分かってるから絞めてるの。王女に生まれて初めて誰かを自由に好きになった子が、その自由を手放す覚悟をしながら抱きついてる。記者会見で「心に決めた人がいますから」って公の場で言い切るとこも好き。国まで変えちゃう女の子の、たった一晩のわがまま。ずるい。
恭子は「卓の身代わり」として正樹を拾ってきた人で、正樹もそれを知ってる。クリスマス・イブに大介が木刀で襲ってきて、それを返り討ちにした正樹の本音「だから、その身代わりが必要だったと言ってるんだよ!!」を、弘兄の盗聴器越しに恭子が聞かされる。身代わりでも構わない、その身代わりが自分には必要だったんだって正樹が叫ぶの。受け身に見えた正樹がいちばん能動的になる瞬間で、ここはぐっと来た。
ゆかりは押しの女王で、ずっと笑いながら正樹を引っ張る子。宝くじ当てて「宇宙、行こうかと思って。二人分ね」って言い出すとこは笑った。でも田舎の押し入れから正樹の小学校の作文を見つけて、「ねぇ。なろうよ、宇宙飛行士。いっしょにさ」って言うとこで急に真顔になる。一年遅れでSAS受かって、滑走路で「火星に行くんだよ?」「いつまでも、一緒なんだからね。火星に行くのも……その先も」って抱きついてくるラスト、コミカルなのにちゃんと泣ける。この緩急が田中ロミオなんだなって思った。
蘭子ルートだけ、最後まで飲み込めなかった
悔しい。蘭子ルートだけ、あたしは最後まで乗れなかった。
蘭子の背景は好きなんだよ。子供の頃のリレーで怖くて逃げて、その罪悪感で「走り続けること」で償おうとしてきた子。「今村くんが走れって言ったから、私、走り続けたんだよ。だから今村くんは、私のルーツなの」って告白も、葬式前夜に「お母さんの代わりになってあげる」って言って拒絶された記憶も、ぜんぶ重い。ここまでは完璧に好きだった。
問題は終盤。恋人になった蘭子が走るのをやめちゃって、正樹がもう一度走らせるために、クリスマス・イブの校庭でわざと別れを切り出す。「もう男女はイヤだ」「瞳の方が百倍は可愛いよ」って心ない罵倒をぶつけて、追いかけさせて自己新を出させる「送り出し」をやるんだよ。意図は分かる。蘭子を陸上に戻すための、優しさの裏返しなのも分かる。分かるんだけど、あたしは蘭子に感情移入しきってたから、あの罵倒の言葉が直撃した。本人を傷つけて走らせるって、本当にそれしかなかったの? って画面の前でずっと思ってた。素材は他のルートと同じくらいいいのに、決着の付け方だけ「痛みでねじ伏せる」になってて、そこがどうしても飲み込めなかった。だから蘭子ルートの後味は6。悔しい。素材がいいだけ悔しい。
8——罪と赦しを、ひとことの名前で描けた作品
最後に。この作品は、正樹の好奇心が誰かを傷つけた罪の話を、ぜんぶ別の角度からやり直す話だった。
佳多奈は事故の罪を「まー兄」で赦して、瞳は「ごめんね」で正樹の代わりに夢を見て、恭子は身代わりを身代わりのまま肯定して、サーシャは一晩の自由を脚で抱え込んだ。母を喪って夢に蓋をした子が、誰かに見つけてもらうたびに「もう一度空を見ろ」って問い返される。その問い返しが、ルートごとに全部ちがう感情でやってくる。あたしはそのたびに泣いたり、画面に文句言ったり、忙しかった。それだけ物語と一緒に動かされたってことなんだと思う。
満点にできなかったのは、蘭子の決着が痛みに頼りすぎてたのと、ルートごとに刺さり方の差が大きいこと。佳多奈と瞳が突き抜けてるぶん、そこに届かないルートが目立っちゃう。でもそれは「全部のルートが佳多奈級だったら9だった」っていう、ないものねだりの悔しさでもある。
佳多奈が泣いてる正樹の頭に手を置いて「まー兄」って言ってくれた。あの一瞬があったことへのありがとうを込めて、8。
