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氷室栞のレビュー(ネタバレあり) — 遺作

氷室栞
氷室栞
設計を読む
7.3/10
7.3 / 10

閉じた校舎を一階ずつ降りていく脱出の骨格と、謎を解くほど凌辱が減るという逆説。設計だけを抜き出せば、この作品は巧い。

先に断っておく。私は鬼畜も純エロも苦手で、加害そのものに点を甘くする趣味はない。だから内容ではなく構造だけを抜き出して評価した。閉じ込められた旧校舎を五階から一階へ降りる脱出の組み方、《怨》の赤い文字と盗聴器がつながる伏線の連鎖、陣八が共犯だが殺人犯ではないという二段の真相、そして謎を解くほど凌辱ビデオが減っていく逆説。ここから真相と結末まで全部踏み込む。設計の射程は、正直に言うと長い。ただし設計の駒として消費されたヒロインたちと、受け身の主人公。そこが惜しい。総合7.3。

スコア詳細

プロット構成力 8
伏線と回収 8
ルート・分岐設計 8
テーマ・メッセージ性 7
エンディングの満足度 7
主人公の造形 6

扉を開けてしまう物語——全体構造の整理

まず骨格から。この作品は推理と脱出の二つの仕掛けが一つの校舎に同居している。

遺作の本体は、閉じた旧校舎を五階から一階へ降りていく脱出構造にある。冒頭に置かれた一文「誰も定められた運命から逃れる事はできない/そう、たとえ扉の向こう側に不幸が待ち伏せしてたとしても/あなたは操られた人形のようにその扉を開けてしまう」が、構造の宣言になっている。プレイヤーは健太を操作して鍵を集め、扉を一つずつ開ける。だがその「扉を開ける」行為こそが、この作品では破滅へ進む選択になっている。脱出のために扉を開けるのに、開けるほど運命に近づく。テーマと操作が一致している。ここが第一の巧さだ。

仕掛けは二層ある。一つは縦の探索。音楽室に集められた九人が施錠で閉じ込められ、健太が形状記憶合金の鍵などを駆使して各階を解錠していく。もう一つは誰が敵かを当てる推理。校舎を徘徊する遺作という用務員の正体と、その背後で動いていた協力者の存在。脱出ゲームと犯人当てを同じ密室で走らせている。この二層を一本の探索で兼ねさせた組み方が、本作の知恵の中心だ。

そして最大の真相は二段構えになっている。一年前の妹殺害事件という前史を背骨に置き、まず「協力者は誰か」を解かせ、その答えが出たところで「では実際に殺したのは誰か」をもう一度ひっくり返す。一段で終わらせず、二段目で前提を裏返す。順に解体していくと、この二段オチの置き方に明確な意図が見える。

謎と情報の配置——逆説で組まれた脱出

まず評価したいのは、脱出の達成と凌辱の回収を真っ向から相反させた設計だ。

この作品は、健太が謎を解いてヒロインを早く救えるほど、8ミリビデオの凌辱映像が解放されない。逆に手間取れば、遺作に連れ去られたヒロインの陵辱テープが視聴覚室に残される。つまり「上手くプレイすること」と「エロを回収すること」が原理的に両立しない。これは尋常な作りではない。普通の鬼畜系は、加害シーンを見せることが目的化してプレイヤーの操作と一致する。ここでは逆だ。プレイヤーが優秀であるほど、見たいはずのものが見られなくなる。加害を消費させる仕組みに対する、設計上の批評にすらなっている。正直、感心した。これは巧い。

情報の配置も丁寧だ。各階の階段手前の扉に赤いペンキで書かれた《怨》の字。これは一見、遺作の仕業に見える不気味な装飾として置かれる。だが真相に至ると、これは脅迫されていた陣八が隙を見て書いた良心の痕跡だったと判明する。背景の不気味さが、犯人を指す証拠に変わる。同じ手法で、健太に届いた差出人不明の手紙、明美への脅迫状、美由紀への妹の事件への言及。バラバラに見える呼び出し状が、最後に一つの配布網だったと束ねられる。情報を散らしておいて終盤で束ねる。基本に忠実で、隙がない。

謎解きそのものの推理は、美由紀が担う。彼女は「音楽室は最初施錠されておらず、最後に入った陣八がチャイムを合図に扉を開け、遺作が閉めた」と組み立て、「いいえ、鍵を開けたのが陣八君よ」と協力者を名指しする。密室の前提を覆すこの推理が、本作で一番ミステリらしい瞬間だ。閉じ込めの起点である施錠そのものを内部犯の手引きで説明する。学園と密室と推理が、ここで噛み合う。

二段オチの設計——共犯から真犯人へ

伏線回収のタイミングで、この作品は一番大胆な手を打つ。

陣八が協力者だと露見し、号泣しながら全てを告白する。盗聴器理事長室に仕掛けて横領を知ったところを遺作に押さえられ、退学と逮捕をネタに脅迫されて協力者にされたこと。そして一年前、命じられて自分の交際相手だった美由紀の妹を呼び出し、もみ合いの末に頭を打って気絶した彼女を、遺作に「死んでるじゃねぇか」と思い込まされて以来、人質に取られていたこと。ここで読み手は「陣八が殺してしまった」という重い答えを受け取る。普通の作品なら、これが真相だ。

だが時計台で遺作がもう一段裏返す。「あんたの脅迫状に書かれていた通り、妹を殺したのは俺さ」「あの馬鹿、気絶してるお前の妹を死んだと思い込んだみたいだぜ」。陣八は殺していなかった。実際に妹を絞殺したのは遺作で、陣八は気絶を死と思い込まされ、一年間ただ脅迫の道具に使われていただけだった。一段目で確定したと思った罪が、二段目で別人に移される。しかも一段目の告白がなければ二段目の衝撃は成立しない。陣八に罪をかぶせて読み手を納得させ、その納得ごと覆す。伏線回収を二回に分けて、一回目の回収そのものをミスリードに使う。この置き方は巧い。

理事長の横領という設定の使い方も無駄がない。遺作が二十年間クビにならず校内を徘徊し続けてこられた理由、そして陣八が脅迫の連鎖に巻き込まれた起点が、たった一つの不正で同時に説明される。「俺が捕まれば、理事長もおしまいだからねぇ」の一言で、この閉じた校舎で起きたことの社会的な土台が腑に落ちる。設定を一個置いて二つの謎を支える。経済的だ。

エンドの設計——焼死・生還・成就が照らし合う

この作品はキャラ別の恋愛分岐ではなく、脱出の成否を起点に九つの結末へ枝分かれする。各エンドがどう全体を照らすかを見た。

分岐の起点は時計台だ。健太が単独で登れば羽交い締めにされて捕縛され、薬で気絶させられて柱に裸で縛られる。だが美由紀と陣八を伴って到達すれば、美由紀の挑発で遺作を扉際まで後退させ、脱出の活路が開く。脱出に失敗すれば肝試しの失火を装った放火で全員が焼死する。同じ時計台が、捕縛・焼死・生還の三方向への分岐点として機能している。一点に分岐を集約する組み方として整っている。

生還した後の後日談が、設計として面白い。脱出に成功すると遺作は校舎内で変死体になる。だが事件はそこで美しく終わらない。喪失で終わる後日談では、二学期に高島・里香・明美・宗光・美緒・琴未・陣八が次々に学園を去り、健太と美由紀だけが残る。そして健太の机に再び差出人不明の手紙が届く。冒頭の「扉を開けてしまう」物語が、ここで円環として閉じる。脱出しても運命の輪からは出られないという、テーマの最終確認だ。喪失で終わるこのビターな結末が、私には一番この作品らしく見えた。逃げていない。

一方で恋愛成就の結末二本は、設計から浮く。半年後に琴未と結ばれる結末、男性不信だった美由紀と結ばれる結末。物語として救いを置きたいのは理解できる。だが時計台で最も執拗に辱められた琴未、最も残酷に辱められた美由紀が、半年で手作り弁当を渡し遊園地でキスを交わす相手に着地する。脱出構造とテーマからは、この二本は明らかに別の力学で付けられている。商品としての要請なのだろうが、構造の一貫性という点では、ここで線が切れる。恋愛成就を入れるなら、ビターな結末のループ示唆と同じ重さで設計に組み込んでほしかった。もったいない。

細部の仕込み——猫の鈴、ピアス、差出人不明

細かい情報配置を拾っておく。ここに作り手の手癖が出る。

校舎の天井裏に縛られていた。健太は生まれつき猫が苦手で、校内の鳴き声に怯える。一見ただの設定だが、これは「ネズミが猫に鈴をつける」昔話のモチーフと響いている。誰が誰に鈴をつけるのか。閉じ込められた弱者が、徘徊する捕食者にどう対抗するのか。猫嫌いという主人公の弱点が、密室の力関係の比喩として置かれている。あからさまに説明しないまま、世界の手触りに溶け込ませてある。

美緒のピアスも効いている。明美が消えた後、自ら囮になろうと単独行動して連れ去られた美緒は、その際に床へピアスを落とす。後に美由紀がそれを回収し、時計台で本人に返す。すると放心状態の美緒は、ロボットのようにそれを着け直す。遺留品という探索の小道具が、最後に精神破壊を可視化する装置に変わる。物としては同じピアスが、回収の文脈で意味を反転させる。こういう小さな反復の置き方が丁寧だ。

そして差出人不明の手紙。事件の発端は、美由紀に馬鹿にされた里香が、腹いせに美由紀の名を騙って遺作へ送った一通だった。幼い嫉妬の手紙が、九人の監禁にまで膨れ上がる。そして喪失で終わる後日談で、同じ「差出人不明の手紙」が健太の机に再び届く。始まりの手紙と終わりの手紙が同じ形をしている。円環の留め金として、これ以上ないほど効いている。冒頭の詩「あなたは操られた人形のようにその扉を開けてしまう」が、ここでもう一度こちらを刺してくる。やられた、とまでは言わない。だが、巧い。

駒として消費される人物たち——惜しい一点

設計を褒めてきたが、その設計が人物を犠牲にしている。ここははっきり言う。

主人公・健太は推理小説マニアでパソコンおたく、観察眼があり鍵を解いていく。設計上は「謎を解く者」として必要な能力を持っている。だが一人の人間としては受け身だ。彼自身は最後まで遺作の犯行を止める側に回れず、ビデオ越しに目撃し、拘束姿を発見し、最後は自分も柱に縛られる。能動的に物語を動かすのは推理する美由紀のほうで、健太は探索の操作を担う器に近い。生還エンドで証拠ビデオを焼いて仲間の名誉を守る「悪いけど、これだけは美由紀の言う通りにできない」の一場面に、ようやく彼自身の倫理が出る。だがそこに至るまで、主人公の内面は薄い。構造の駒として機能はするが、人物としての厚みでは美由紀に大きく劣る。この評価で6だ。

ヒロインたちはさらに厳しい。里香・美緒・明美・高島先生・琴未・美由紀。それぞれに設定の差はある。男勝りの美緒、不倫の弱みを握られた明美、清楚な琴未。だが構造の中での役割はほぼ共通していて、「遺作に連れ去られ、ビデオに録られ、時計台で裸で拘束される」被害者の列に収まっている。設計が脱出と推理に最適化されている分、ヒロインたちは謎解きの報酬または罰として配置され、内面を掘る余地が削られている。美由紀だけが推理役として例外的に立っているが、その美由紀ですら妹の名前は最後まで明かされない。事件の根本原因である人物が固有名を持たないまま処理される。構造を回すために人物を駒にした、その代償がここに出ている。

誤解のないように言う。これは私が鬼畜が苦手だから減点しているのではない。加害の不快さは、私の評価軸では加点も減点もしない。問題は、設計が人物の内面を回収しきれていないという構造上の話だ。脱出と推理の骨格があれだけ精密なのに、その骨格に肉付けされるはずの人物が薄い。設計の達成と人物の犠牲が、同じ作品の中で同居している。惜しい。

凌辱描写の配置——装置として読む

凌辱シーンの配置を、物語との接続の観点から見る。エロとして評価する立場ではないので、そこは語らない。

この作品の加害描写は、性交の逐語描写をかなり抑えている。「拘束された姿の発見」「ビデオ断片のセリフ」「事後の放心」で凌辱を示唆する間接手法が中心だ。たとえば高島先生が理科実験室で机に縛られた姿を見つけた健太に「健太君、お願いだからこっちに来ないで!!」と叫ぶ。直接の行為ではなく、見られることへの羞恥と恐怖を描く。装置としては、これは正しい。健太が加害者ではなく目撃者である以上、行為そのものを見せるより「すでに起きたこと」を発見させるほうが、脱出ものの恐怖と整合する。

遺作がビデオ越しに「このビデオを、健太のガキが見てるんだよ」と名指しで挑発する仕掛けも、装置として効いている。録画という行為が、遺作の「自分がした事を誰かに見てもらいたい」という自己顕示の動機と直結していて、なおかつそのテープがそのまま物語の証拠になり、生還エンドの焼却という選択につながる。加害の記録が、動機の証明であり、真相の手がかりであり、結末の倫理的判断材料でもある。一つの8ミリテープが三つの役を兼ねている。整合している。

ただ、相乗効果という段階まで届いているかというと、そこは保留にする。凌辱の多くはヒロイン別の差分として量産されていて、一つ一つが物語の必然から要請されているわけではない。装置として機能してはいるが、削っても本筋が崩れない部分が相当ある。本編との整合という最低条件は満たしているが、Hシーンがあることで物語体験が明確に深まる、という上位の達成には至っていない。構造の駒としての出来だけ見れば、平均より少し上、というのが正確な評価だ。

7.3——脱出構造の達成と、人物の犠牲

最後に総評を。

遺作の本体は、閉じた校舎を縦に降りる脱出と、密室の協力者を当てる推理を、同じ探索で兼ねさせた構造にある。冒頭の「扉を開けてしまう」という詩を操作系にまで貫き、謎を解くほど凌辱が減る逆説を仕込み、陣八=共犯という一段目の真相を二段目で覆して遺作=真犯人へ移す。そしてビターエンドのループ示唆で、円環を閉じる。一連の組み方は、エルフの鬼畜系の原点と呼ばれるだけのことはある。設計の射程は長い。プロット・伏線・分岐の三点で、私はこれを高く評価した。

弱点も整理しておく。第一に、脱出と推理に最適化された設計が、人物の内面を回収しきれていない。ヒロインは被害者の列に収まり、事件の根本原因である美由紀の妹は固有名すら持たない。第二に、恋愛成就エンドの二本が、ループ示唆のテーマと別の力学で付けられていて、構造の一貫性を切る。第三に、凌辱描写が量産差分に流れ、相乗効果の段階まで届いていない。これらは設計上の代償として残る。

業界史の中での位置付けで言えば、遺作は鬼畜系サスペンスという系譜の起点に置かれる作品だ。だが私が評価したのはその看板ではなく、脱出と推理を同じ密室で走らせ、プレイヤーの優秀さと凌辱回収を相反させた、その一手の射程だ。加害の不快さに点を甘くしたつもりはない。構造だけを抜き出して、なお巧いと言える。それが7.3を付けた理由だ。あと一歩、人物に肉が付いていれば、もう半歩上だった。そこが惜しい。