語らないことで、この館は深くなる。余白の側に、本物の闇が沈んでいるよ。
山奥の柵に囲まれた洋館。列車で目覚め、同じ会話がわずかにズレて繰り返され、誰も「おかしい」とは言わないのに空気だけが軋んでいく。この作品の一番深い場所は、最後まで言葉で説明されない場所にあるよ。全部解説してしまう館ものより、結論を読み手に委ねる作品の方が後に残る。暗部から逃げない尖りと、語られない余白。そこに闇がある。辿り着くまでの道が難解で、視点人物がやや受け身なぶん満点には届かないけど、分かる人間には深く届く館だと思う。
スコア詳細
この館には闇があるか——確かめたかった
手に取った理由は単純だよ。「館ものの決定版」と呼ばれている作品だと知って、本当に闇があるのか確かめたかった。
2003年、エルフ。シナリオは蛭田昌人。同社の創業者の一人で、これがキャリア最後の作品だと言われている人だよ。前作と名字を共有しているだけで物語は別物だから、前作を知らなくても問題ない。プレイしたのはWindowsの完全版。山奥の柵に囲まれた洋館に、恋人の杏奈に誘われて優馬が向かう——縄綱という老人の誕生日を祝うために。それだけ聞けば、ありふれた館ものに見える。
でも序盤の数十分で分かったよ。これは軽い作品じゃない。列車で目覚め、山道を歩き、洋館に入る。そこから先、同じ会話がわずかにズレて繰り返され、誕生日の日付がいつのまにか一日ずれている。誰も口にしないのに、空気そのものが歪んでいる。この不安の質は、明るいゲームでは絶対に出ない。掴みの段階で、この館には何か沈んでいると確信した。
そして本作は18禁作品で、目を背けたくなる暗部を含む。ただ、それが物語と切り離されていない。詳しくはクリア後に話すよ。
語られない余白——この館の一番深い場所
この作品の核は、説明されない場所に置かれているよ。
屋敷の主・縄綱は、女装し厚化粧で誕生日を祝う異様な老人だ。食堂に集めた客人に「特別な肉を用意させた」と謎をかけ、脅したあとで「冗談だ」と笑う。掴みどころがなく、何を考えているのか最後まで底が見えない。屋敷には拷問部屋があり、薬と注射器を握るメイドがいて、執事は懐に短刀を忍ばせている。情報は小出しにされ、何が本当に起きているのかは、プレイヤーが少しずつ組み上げるしかない。
そして繰り返される列車の目覚め。優馬は記憶を引き継ぎ、選択を変えながら、この閉じた館で何が起きているのかへ近づいていく。ここで大事なのは、この作品が肝心なことを言葉で説明しないということだよ。なぜ同じ夜が繰り返されるのか、この館の時間はどうなっているのか。本編は傍証だけを置いて、結論は読み手に委ねる。山道で見かけるある人物、屋敷跡に残るあるもの——それらが何を意味するのかは、最後まで明言されない。
言えない理由があって言えないんだよ。これは伏せておく。ただ、全部を繋いで解説してしまったら、この作品はただの仕掛け話に落ちていた。繋がないことで、考察の余白が永遠に残る。プレイし終えたあと、もう一度最初の山道を思い出した時に、初めて作品が本当に始まる。語られない余白の側に、本物の暗さが沈んでいる。これは書き手が闇を分かっている選択だと思うよ。
この館にしかない闇——暗部から逃げない尖り
この作品の雰囲気は、他の何かで代替できないものだよ。
柵に囲まれた洋館に閉じ込められ、抜け出せそうで抜け出せない。会話が軋み、日付がずれ、登場人物の誰かがふと「なんだか変だ」と漏らす。閉じ込められた人間が、自分が閉じ込められていることに気づかないまま振る舞う——この不安の質が、本作の中心にずっと流れている。明るい作品では決して出せない密度だよ。
そしてこの館は、人間の暗部から逃げないんだよ。薬で人格を奪われた人間が、守りたかったはずの相手にまで手をかけてしまう。招待客が婚約者の目の前で堕とされ、絶望が殺意と死に直結していく。普通の作品なら、どこかで救いの逃げ道を用意する。でもこの館は、人間の業が剥き出しになる場所を最後まで描き切る。残酷さの量ではエルフの中でもトップクラスと言われるほどだよ。
大事なのは、その暗部がただの見世物に落ちていないことだ。やってしまったことが、やった本人の重荷として物語に縫い付けられている。暴力が物語のテーマと接続している。だからこの暗さは、消費されるためのものじゃない。……館ものでこの感覚を持っている作品は、そう多くないだろうね。ループが希望の道具ではなく、抜け出せない呪縛として効いている。それがこの作品の尖りだと思うよ。
闇に辿り着くまでが、長い
引き下げた理由も言っておくよ。
この作品の一番深い場所に辿り着くには、難解な分岐をかなり潜らないといけない。館内の訪問順がルートに影響し、正解の道を見つけるまで同じ場所を何度も彷徨う。攻略本前提と言われるほどの試行錯誤だよ。考察の余白と引き換えに、その余白に辿り着く前の摩擦が大きい。深い場所まで来られた人間にしか闇は見えないけど、来る前に切ってしまう人もいるだろうね。
もう一つ。優馬という主人公が、世界を受け取るだけの器に近いんだよ。屋敷の異常を体験し、選択を変える役は果たすが、この閉じた世界に対して自分から問い返す場面が薄い。視点人物が世界を引き出す力を持っていれば、館の闇はもっと深く覗けたはずだと思う。……まあ、彷徨う器であること自体に意味があるとも読めるんだけど。そこは伏せておくよ。
7.8——語らないことで、闇を残した作品
最後に、この館に闇があったかを言うよ。あった。
世界の奥行き9・雰囲気9・尖り9。柵に囲まれた館の閉塞、軋む時間、暗部から逃げない筆致。そして肝心なことを言葉にしないまま閉じる構造。語られない余白の側に、本物の暗さが沈んでいる。全部説明してしまう作品より、ずっと後に残るよ。
引き下げているのは、その闇まで辿り着く道の摩擦と、視点人物がやや受け身であることだよ。だから満点には届かない。でも、ダーク・サスペンスが守備範囲に入る方で、語られないものを自分で抱えられる方には深く届く館だと思う。萌えや明るさを求める方には最初から合わない。真相とループの構造、なぜ語られないのか——その先はクリア後に全部話した。やり終えてから来てほしいよ。……まあ、そういう作品だよ。
