変身ヒロインが触手に嬲られる。表向きはそういう作品だよ。でも、その明るい皮の下に、虚無と喪失の底が沈んでいる。僕が見たかったのは、そっちだ。
触手陵辱ADVに深みを求めるのは、ある種の賭けだよ。表層の快楽しか用意していない作品の方がずっと多い。でも魔法少女アイ2は、そうではなかった。街に薬を撒いて人を怪物に変える連中が、「一切は赦されている」という虚無の思想を口にする。その源にいる黒コートの錬金術師と、彼に抗おうとする者たち。二浪の予備校生・岡島秋俊が抱える説明のつかない喪失感。明るいハーレムとコメディの下に、確かに重い核が沈んでいた。ただ、その核を最後まで暗く貫けたかというと、少し違う。7.4。
スコア詳細
魔法少女アイ2とは何か——colors・2002年の触手陵辱ADV
変身ヒロイン陵辱系というジャンルの黎明期を代表する、colorsの一作。
2002年、ブランドcolorsが出した18禁の触手陵辱ホラーADVで、「魔法少女アイ」シリーズの第2作にあたる作品だ。主人公は岡島秋俊、二浪の予備校生。3年前の大地震で友人を失って以来、「大切な何かを忘れている」という説明のつかない喪失感を抱えたまま、無気力な浪人生活を送っている。そこへ、触手の化け物「ゆらぎ」と戦う魔法戦士リンが街に現れ、続いて寡黙な戦士アイが秋俊の部屋に転がり込み、騒がしい共同生活が始まる。街では化粧品会社アルケーが絡む不審な事件が続発し、隣に越してきた明るい管理人・加賀野メグや、予備校仲間の望月紫、元クラスメイトの宮広美景といった顔ぶれが、いつしか事件の渦に巻き込まれていく。
僕がこの作品に手を出したのは、正直に言えば期待というより検分だよ。触手モノに闇を求めるのは賭けだ。多くは表層の快楽で終わる。この作品がその大多数の側なのか、それとも違うのか。それを確かめたかった。前作より明るくコミカルになった、という評判も耳にしていたから、余計に疑っていたんだよね。
この作品の闇の質——虚無を撒く錬金術師
触手や薬より先に、僕を止まらせたのは、敵が口にする言葉だった。
街で人を怪物に変えている連中の口から、妙な言葉が漏れ始める。「これこそ本当の生き方だ、狼の生だ。恐れる事はない、一切は許されている」。この「一切は赦されている」というのは、二十世紀の魔術師クロウリーが掲げた法そのままだよ。触手ゲームがそれを引いてくる。そして、その思想の源にいるのが、真夏に黒いコートを羽織った異物として現れる、錬金術師シン。彼は世界を維持しようとする働きを「下らん」と切り捨て、生きることのすべてを「暇潰し」と呼ぶ徹底した虚無主義者だ。思想を武器にして人を堕とす敵、というのは僕の好物なんだよね。
この虚無の思想が作品の底に据えられているから、明るい表層のあちこちに、ふっと冷たい影が差す。無邪気な日常の裏で、確実に何かが腐っていく手触りがある。触手や薬はその思想の道具に過ぎない。本当の闇は、シンが撒いている言葉の側にあるんだ。この構図を持っている時点で、この作品はただの陵辱ADVの棚には置けないと思ったよ。
喪失と救済——明るい皮の下にある、重い核
虚無を撒く敵がいるなら、それに抗う側の描き方が問われる。ここは、逃げていなかった。
秋俊が抱える「大切な何か」という3年越しの喪失感。ヒロインたちが背負う過去。この作品は、その喪失を思想として語るだけでなく、身体と結末に刻んでいく。各ヒロインには、想いが成就する明るい着地と、敵の支配に呑まれて堕ちていく暗い結末が、対の形で用意されている。同じ人物の左右に、救済と陥落を並べて、どちらも手を抜かずに描く。この非対称の徹底ぶりは、軽薄な作品にはできないことだよ。とくに管理人メグの背負っているものは想像以上に重い。彼女がなぜあれほど明るく振る舞うのか、その裏に何があるのかが見えてきたとき、この作品の温度が変わる。誰が本当に本質に触れているのかは、クリアした人には分かると思う。詳しくはもう一本のほうで話した。
陵辱描写についても、ただの暴力で終わっている個体もいる一方で、「なぜこの人物がそこに堕ちるのか」という文脈がきちんと積み上げられているケースがある。そこは物語と接続していて、意味を持っている。触手の消費として流すだけの場面と、テーマに繋がっている場面が、混在しているんだ。
弱点——ハーレムの明るさが、闇を薄める
ここまで褒めておいて、この作品には致命的に軽薄な部分がある。
コメディの比重が、僕には高すぎたね。予備校仲間との軽口、戦士たちが大食いやじゃんけんで張り合うくだり、ああいうスラップスティックな尺が、虚無と救済という核の周りに大量に置かれている。笑いを全否定する気はないんだ。テンポは技術的に悪くないし、軽薄ではあるけど、つい笑ってしまう場面もあった。でも、虚無を撒いた同じ画面で、大食い対決の勝ち負けを競っている。この温度差が、せっかくの闇を薄めてしまうんだよね。全ルートを踏破した先の着地も、僕にはやや明るすぎた。救済の物語として筋は通っているけれど、あれだけの闇を掘っておいて最後に全部を賑やかに回収してしまうのは、物足りない。テキストの密度も、触手と擬音の反復が嵩を占めて、内面まで踏み込めていない場面がある。深淵を覗いた、とまでは言えないんだ。
7.4——深淵の手前で止まった、それでも闇はある
虚無を撒き、その虚無に抗う意志を据える。この核を持っている勇気は、本物だと思う。
触手陵辱ADVという表層の下に、「一切は赦されている」という虚無と、それに抗おうとする意志を据える。この核を持っている時点で、この作品は軽薄な棚には置けない。本質から逃げていない部分が、確かにある。ただ、その闇を最後まで暗く貫くことはできなかった。ハーレムの明るさとコメディの尺が、掘った闇を薄めてしまう。深淵を覗いた、とは言えない。覗こうとして、途中で明るい方へ逃げた作品だ。それでも、この作品が撒いた虚無と、それに抗った者の一言を、僕はしばらく覚えていると思う。……分かる人間には届く作品だよ。7.4。
