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柊美香のレビュー(ネタバレあり) — 最後に奏でる狂想曲

柊美香
柊美香
鬼畜・ダーク専門の辛口メイド
7.5/10
7.5 / 10

「愛のかけらもない」と言い切った覚悟は本物。ただ、その刃が向く先が偶然頼みでございました。

復讐者が殺した相手が自分の妹で、その手を下したのも自分自身。記憶を封じた男が、無関係の少女たちを「犯人」と思い込んで壊していく。この自己破壊の構図は、わたくしの好む種類の地獄でございます。逃げずに最後まで壊し切る作者の覚悟は認めますわ。けれど、刃が向く根拠が「薬の取り違え」という一回の偶然に乗っており、加害の必然がそこで薄れますの。真相エンドの誠実さと、おまけエンドの戯画化の落差も惜しゅうございました。

スコア詳細

主人公の造形 8
Hシーンの質 8
エンディングの満足度 8
設定の整合性 7
ヒロインの魅力 7
文章力・描写力 7

「愛のかけらもない」と公言なさった作者に、覚悟はおありか

2001年に「たっちー」というブランドの第一作として世に出た、尋問陵辱アドベンチャーでございます。シナリオを書いたチャック雅という方が、あとがきで「前作とは違い、今回は『愛』のかけらもないHシーンばかりを書きまくった」と宣言なさっておりますの。その一文を読んで、わたくしは手に取ることを決めましたわ。

物語は、私立学院の若き臨時理事長・神条真人が、一年前に殺された妹・雛子の真相を追う、という形で始まります。表向きは穏やかな新任理事長。けれど夜になると、彼は学院の少女たちを地下室へ連れ込み、「お前が雛子を殺したのか」と問い詰めながら、尋問と称して加虐を重ねていく。空手部主将の優子、教頭の娘である双子、おっとりした沙緒里、警備員の美織、補佐教師の養子、そして従妹の七瀬。協力者は親友の和名一人。

「愛のかけらもない」と言い切る作品が、その言葉に最後まで責任を持てるのか。鬼畜を看板に掲げて、終盤で良心を持ち出して逃げないか。加害する側の動機が、物語全体で成立しているか。わたくしが測りに行ったのはその一点でございます。冒頭、壁掛けテレビのAIに少年が「カスミ」と名を与える幻想的なプロローグだけが、妙に優しくて、かえって引っかかりましたわ。

復讐者が、殺した相手だった

本作の核は、終盤で和名が明かす真相に集約されておりますわ。「すべてはあの日、お前が飲んだ薬が原因だったんだ」。一年前の剣道大会、職員が雛子の薬と真人の薬を取り違え、そこへ沙緒里が無自覚にドリンクを手渡した。二種の薬が反応して理性のタガが外れ、凶暴化した真人は自分の手で妹を殺していた。そして、その記憶を封じていた。

この構図を知った瞬間、序盤の全てが反転いたします。真人が地下室で叫ぶ「お前らが雛子にやった事を思い出せっ! 雛子の分まで痛みに狂いやがれっ!!」という言葉。これは尋問ではございませんの。殺したのは自分だと知らない男が、自分自身に向けるべき罰を、他人の身体を使って延々と肩代わりさせていた。陵辱は快楽ではなく、思い出してはならない記憶を踏み固めるための自傷でしたのね。「人間じゃない? おおいに結構だ。僕は雛子を失ったときから、自分が人間だなどとは思っていない」という独白が、ただの鬼畜の開き直りではなく、無意識の罪悪感の裏返しとして機能している。ここの設計は見事でございますわ。加害が、実は最も深い自己処罰だった。鬼畜の理由として、これ以上に重いものはそうございません。

「雛子を殺した犯人……僕だったんだ」と思い出した瞬間に意識を保てなくなる男を、わたくしは突き放せませんでしたわ。覚悟は、ここにございました。

刃の向く先が、偶然に乗っている

それだけに、惜しゅうございますわ。この物語の最大の弱点は、真人が壊した相手のほとんどが、雛子の死に何の関係もなかったことでございます。しかも作品自身がそれを認めてしまう。

優子について和名は「彼女は全くの無関係だ。本当に雛子ちゃんが憧れていた……ただそれだけの相手だったんだ」と明かしますの。優子が拉致されたのは、雛子から贈られた裁縫セットを持っていたという、それだけの誤認。沙緒里も、薬を渡したのは偶然で、本人は何も知らない。守山の双子に至っては、父の取引すら知らされていない。つまり真人の加害は、復讐の論理ではなく、誤認に基づく八つ当たりとして積み上がっていく。

これを「真相を知らぬ男が暴走する悲劇」と読むこともできます。けれど、わたくしはそうは取りませんわ。なぜなら真人の動機の根拠が「薬を取り違えた」という一回の事故に全部ぶら下がっているからでございます。守山教頭が情報を売り、借金を仕組み、被験者に追い込んだ。そこまでは黒幕の悪意として通っております。けれど最後の引き金、雛子と真人の薬が入れ替わって、そこへ沙緒里が偶然ドリンクを渡す、という二重の偶然が重なって初めて惨劇が起きる。土台が偶然に乗っていると、そこから派生する全ての加害も、必然ではなく不運になりますの。動機が薄うございますわね、とまでは申しませんけれど、復讐の刃を最後まで支えるには、根が細うございましたわ。

逃げなかったHシーン、ただし救いも置かなかった

Hシーンについては、作者の宣言通り「愛のかけらもない」を貫いておりますわ。合意も愛情も一切ない。ここに関しては、覚悟が伝わってまいりました。

最初の優子の空手道場での処女強奪、「血だな、先輩! これじゃあ裂けただけなのか、処女だったのかもわかんねーぜ!」という嘲笑から、本作は方向性を一切ぼかしませんの。鉄板付きブーツで腹を蹴り続け、「僕がバテるまでもったら解放してやってもいい」と偽の希望を与えてから裏切る。希望、裏切り、屈辱の上塗り。この三段構えが各ヒロインに反復されていて、責めの設計として一貫しております。桂の紙棒に着火する火責めは、実際には焼かずに恐怖と失禁で社会的にも壊すという、心理破壊を狙った精度がございました。七瀬を女子トイレの便器に押し付けながら「これが最後だぞ、七瀬。話すんだ」と問う場面は、最も近い肉親を犯すという倫理の越境を、尋問という建前で押し通している。逃げておりませんわね。

ただ、踏み込みの深さで申し上げると、わたくしの基準では満点には届きませんの。シーンの多くがコマンド総当りで微差を変えながら反復される構造で、同じ責めが複数のヒロインに使い回されておりますわ。沙緒里の穴にゴルフボールを三十個詰めて、それを華奈恵に蹴り出させる、その被害者を加害者にする心理破壊は悪辣で結構でしたけれど、こうした遊戯的な責めが増えるほど、真人の自傷という核から離れて、ただの趣向の見本市になっていく。一つの加害を深く彫るより、種類を広げる方へ流れた瞬間が、惜しゅうございました。

真相エンドと、おまけエンドの落差

エンディングについては、評価が割れますわ。真相エンドは誠実でございました。けれど、それ以外の結末が同じ作品に同居していることで、覚悟の純度が下がっておりますの。

真相エンドの病院シーン。真人は姉のに「雛子を……殺したんだ。僕は……その事を知っていた。忘れていたけど……思い出したんだ」と告白いたします。薙は「そう」とだけ受け止め、和名は全てを被って自首する。そして雛子の幻影が「……ほら、帰ろう? お兄ちゃん」と袖を引く。罪を消さず、赦しも安売りせず、男を救わないまま終わらせる。これは逃げなかった結末でございます。スタッフ自身も、これを「本来のメインのエンディング」と明言しておりますわね。そこは信じられますわ。

けれど、その同じ作品に、たっちーちゃんなるマスコットが「お見事、〇〇系エンディングを無事迎えられましたネ☆」と称号を授ける、二十種以上のおまけエンドが並んでおりますの。「深度肛門」「黄金性塗士」「サイコすず」。プレイ傾向に応じた戯称の数々でございますの。これらを真相エンドと地続きに置いてしまったことで、真人の自傷の物語が、コンプリート要素の素材にも見えてしまう。鬼畜を最後まで本気で書いた手と、それをジョークで茶化す手が、同じ作品の中で握手しておりますわ。わたくしは、そこで少しだけ引きましたの。覚悟のある結末を一つ持っているのに、その隣でそれを軽くしてしまうのは、もったいのうございました。

壊れていく少女たちと、歌詞の答え

ヒロインたちの造形は、陥落前と陥落後の落差で成り立っておりますわ。記号的にならない一歩手前で踏みとどまっている者と、そうでない者がございます。

七瀬は良うございました。真相を一年間黙し、強盗の偽装工作までして兄を庇い、楽譜を「三人の思い出だから」処分できなかった。この献身に説明がついておりますの。「隠していたのはお兄ちゃんが嫌な思いをするから」という一言で、彼女が背負ったものの重さが伝わってまいりました。和名も同じく、父・立川製薬への罪悪感と母への配慮で真人を裏切り続けた過去が、終盤の全面協力に筋を通しております。「俺はお前を裏切らない」という誓いが、贖罪の言葉として最後まで揺らがなかった。この二人の動機は、段階を踏んでおりましたわ。

一方で、優子や沙緒里が陥落後に「もっと痛みをくださいぃ……」と一様にマゾへ反転していく描写は、人数が多いぶん記号に寄っておりますの。気の強い者ほど深く壊れる、という型は分かりますけれど、全員が同じ語尾で堕ちていくと、個が薄れますわね。それでも、優子が乳首ピアスの鎖を引かれて「いっ……た……いっ……♪ きもち……いい……よぅ……っ……♪」と痛覚を反転させる壊れ方には、空手家の矜持を砕き切った筋がございました。

最後に、エンディングテーマの歌詞に触れさせてくださいませ。「時薬」という題でございますわ。時が傷を癒す、という意味の副題が添えられておりますの。けれど本作は、時が癒さなかった物語でございました。真人の記憶は時で薄れるどころか、楽譜を引き金に蘇って彼を壊した。この題と物語の関係に、作者の一抹の祈りが滲んでおりますわ。癒えてほしかった、という。歌詞に逃げはございませんでしたわ。

7.5——覚悟は本物、根が細い

復讐の正体が自己処罰だったという核は重く、それを逃げずに壊し切った手つきは認めますわ。けれど、その全てを支える根拠が一回の偶然に乗っていて、刃の向く先が無関係の少女たちだった。覚悟はございました。ただ、覚悟を支える土台が、もう一段欲しゅうございましたの。

真相エンドの誠実さと、おまけエンドの戯画化が同じ作品に同居していること。この二点を差し引いて、7.5点でございます。鬼畜を本気で書ける手を持った人たちが、その手をどこまで信じ切れるか。そこをもう半歩、踏み込んでいただきたかった。それでも、最後まで付き合えた作品でしたわ。「愛のかけらもない」と書き始めて、最後にあの病室と雛子の幻影に辿り着いたのなら、この人たちは自分の物語から逃げなかった。それだけは、申し上げておきますわ。