波多野瑠璃のレビュー — 臭作

波多野瑠璃
波多野瑠璃
語られない側を読む人
8.3/10
8.3 / 10

説明しないと決めた部分が、この作品でいちばん深い。

陵辱ゲームとして遊ぶこともできるけど、それだといちばん深いところに届かないと思う。語り手の「俺」がなぜ臭作という中年男の中にいるのか、この作品は最後まで説明しないんだよね。理由も、仕組みも、誰の仕業かも。普通なら説明不足と言われる場所を、意図的に空けたまま終わらせている。そこに一人だけ立って、僕たちの代わりに問いかけてくる娘がいる。「あなたは……誰?」って。この余白を埋めない判断が、この作品の闇の正体だと思うよ。

スコア詳細

世界の奥行き 9
雰囲気・没入感 9
作品の尖り 9
テーマの一貫性 8
文章力・描写力 7
ボリュームと密度 6

タイトルが人の名前だという時点で

『臭作』。ヒロインの名前でも、舞台の名前でもない。加害者の名前がタイトルになっている。

1998年、elf。粛正音楽学院の女子寮に、偽の管理人が住み込んでいる。本物の管理人志望者を脅して履歴書を書かせ、その名前を借りて潜り込んだ男。潜入から一ヶ月かけて、部屋に忍び込んで盗撮を重ね、弱味だけを溜めてきた。

僕がこれをやろうと思ったのは、この作品が「二重人格もの」として語られることがあるからだよ。陵辱ゲームの棚に置かれているのに、話の骨は別のところにあるらしい、と。

実際に触ってみて、思ったより深かった。ただし深いのは、書いてある部分じゃない。

説明されないまま置かれているもの

この作品には、最後まで説明されない穴がいくつかある。

いちばん大きいのは、なぜ「俺」が臭作の身体に入ったのかだ。

冒頭で「俺」は、エッチなゲームを起動したつもりだったと語る。気がついたら中年男の身体にいて、口を開けば自分のものでない言葉が出てくる。「まるで咽頭に下品言葉の変換器を搭載してる感じ」という表現で処理されるだけで、仕組みの説明はない。誰がやったのかもない。事故なのか、罠なのか、そもそもこれは何なのか。作品はそこを空けたまま二十時間走りきる。

二つ目は、八人のうち一人だけが、臭作の目の奥にもう一人いることに気づくという点。勘が鋭い、という以上の説明はどこにもない。他の七人はまったく気づかない。この非対称に理由が与えられていないんだよね。その娘が特別な血筋だとか、そういう補強を作品は一切しない。

三つ目は時間の扱いだ。ある時刻を境に、世界の様子が変わる。過去に戻っているようでもあり、別の場所に閉じているようでもある。作品はどちらとも言わない。時間が輪になっている可能性を示唆だけして、閉じない。

この空白を、僕は欠陥だとは思わないよ。埋めれば安っぽくなる場所を、正確に見抜いて空けてある。「実は寮に因縁があって」とか、そういう補強を一行でも入れていたら、この作品はただの怪談になっていたと思う。

七人は手続きで、一人だけが人物

正直に言うと、八人のうち七人は僕の関心の外だった。

渚、香織、志保、千秋、朝美、萌子、綾香。属性はきれいに散らしてあるけど、彼女たちは「追い込まれる順番」として並んでいるだけで、世界の奥行きを作る側にはいない。処女の令嬢、幼い子、気の強い娘、彼氏持ち、教師。分類として整っているぶん、余白がない。

唯一、教師の綾香は少し違ったかな。臭作が偽物であることを疑っていて、月曜の朝に学院長室へ突き出そうとしている。この人だけが、臭作の側の時間を脅かしている。他の七人が「いつ落とすか」の対象なのに対して、綾香は「いつまでに黙らせるか」の対象になっている。構造上の役割が違うんだよ。

そして新入生の絵里。この娘は作品の外側に手を伸ばしてくる。臭作の顔を見て、中にいるのが別人だと気づいて、「あなたは……誰?」と正面から訊く。その問いに、語り手が答えられない。

ゲームの中の人物に問われて、遊んでいる側が黙る。この一往復のために、七人ぶんの陵辱が置かれていたんだと思う。

「美学」という言葉の使われ方

臭作という人物のいちばん暗い部分は、暴力じゃなくて語彙だと思う。

この男は自分の手口を「美学」と呼ぶ。その場で襲う強姦魔とは違う、自分は段取りを踏んでいる、と。「鬼畜道」という言葉も持っていて、「仏心は鬼畜道に禁物だぜ」と自分に言い聞かせる。

面白いのは、この言葉が負けた時にも使われることだ。思いどおりに進まなかった場面ですら、臭作は「美学を全うした」と言い張る。負けを勝ちに書き換えるための語彙になっている。

これは深いよ。暴力そのものより、暴力に名前をつけて自分を納得させる作業のほうが、人間の暗い部分に近い。作品はそれを臭作の口から言わせるだけで、地の文で批判しない。批判しないから、読んでいるこっちが気づくしかない。説明しないという判断が、ここでも効いている。

ついでに言うと、この男は失敗すれば普通に捕まる。追い込みをしくじれば相手が先回りして動き、手錠がかかって終わる。あれだけ「道」を語っておいて、負けるとただの中年男に戻る。そこも容赦がないね。

この作品にしかないもの

代替不能な体験が一つある。それは終盤に置かれている。

具体的に何が起きるかは言わないけど、構図だけ説明しておくよ。

助けようとしている人間が、助けようとしているまさにその瞬間に、凶器の側にいる。止めたいのに、止める主体そのものが動いてしまっている。だから相手にできることが一つしかない——自分から逃げてくれ、と頼むこと。

この構図を成立させるには、「俺」と臭作が同じ身体を共有していて、しかも別の意志を持っていなければならない。つまりこの場面は、序盤からの二重人格構造が全部揃って初めて撃てる弾なんだよ。設定を先に置いて、二十時間かけて撃つ。

そしてもう一つ。この作品の救いは、救う側と救われる側が入れ替わる形で来る。ずっと守ろうとしていた側が、実は守られていた——という反転が成立するのは、序盤の「あなたは……誰?」がここまで引っぱられているからだ。伏線というより、一本の線がずっと張ってあった感じだね。

最後の動作もいい。終わったあと、語り手はある動作を途中で止める。それをすれば全部が消える動作を、しない。ここに一行も説明がないのが、この作品のいちばん誠実なところだと思うよ。

深いのは端と端で、真ん中は薄い

褒めた分、正直に言っておくところがある。

この作品の密度は、冒頭と終盤に偏っている。入口の憑依、出口の抗いと救済。この二つは代替不能だけど、その間にある七人ぶんの追い込みと辱めは、ほとんど同じ手順の反復だ。写真を突きつけて、制服で迎えさせて、同じ順番で進む。

語彙も常套句が回っていて、ヒロインごとの言い回しの差が、設定した属性の差ほど大きくない。そこは書き分けの手を抜いたと言われても仕方ないと思う。

七人ぶんを通過しないと終盤が効かない、という設計は理解しているよ。でも「必要だから薄くていい」わけじゃないよね。ここが厚ければ、僕はもう一段上を付けていた。

8.3——埋めなかったから残った

これは、分かっている作品だと思う。本質から逃げていない。

逃げていない、というのは暗いものを最後まで描いたという意味じゃなくて、説明したくなる衝動に負けなかったという意味だよ。なぜ入ったのか、なぜあの娘だったのか、あの時刻は何だったのか。全部空けたまま終わる。埋めれば安くなると分かっていた人が書いている。

真ん中の七人ぶんが薄い。そこは引く。それでも終盤のあの構図の代わりになるものを、僕は他に知らない。

陵辱ゲームだと思って手に取ると、たぶん半分も持って帰れない。……まあ、そういう作品だよ。