波多野瑠璃のレビュー — 雫

波多野瑠璃
波多野瑠璃
闇の審美眼
9.0/10
9.0 / 10

狂気に正面から向き合った作品だよ。……それは、確かだ。

1996年、Leaf Visual Novel Series第1作。シナリオは髙橋龍也。主人公は色と音を失った世界を生きる17歳で、「狂気の扉」が見えている少年だ。メインヒロインの月島瑠璃子は、その扉を既に開いてしまった少女だ。9.0という評点は「本物の闇がある」という意味だよ。……まあ、それだけ言えば十分じゃないかな。

スコア詳細

テーマ・メッセージ性 9
雰囲気・没入感 10
設定の独自性 9
世界観の奥行き 9
文章力・描写力 8
作品の唯一無二性 9

このゲームについて

1996年、ビジュアルノベルがまだジャンルとして成立しきっていなかった時代の作品だよ。

舞台は3月、卒業式直前の高校。主人公・長瀬祐介は2年B組の内向的な少年で、授業中は架空の爆弾で世界を焼き尽くす妄想に耽っている。ある日、クラスメイトの太田香奈子が授業中に突然発狂、救急搬送される。教師である叔父からその調査を依頼された主人公は、深夜の校舎に足を踏み入れる。

そこで出会うのが月島瑠璃子だ。屋上で「電波の受信」という奇妙な話をする、壊れてしまった元美少女。「電波系」という言葉の起源とされる作品だ。13のエンドがある。

冒頭の一撃——この一文で判定が決まった

作品の誠実さは、冒頭1ページ目でほぼわかる。

太田が発狂するシーンから始まる。性的な言葉を絶叫しながら自分の顔を爪で引き裂く。1996年の作品の冒頭がそれだ。インパクト狙いの描写は当時からあった。でも——この作品が巧かったのは、その直後の主人公の内面だよ。「いいようのない親近感を覚えた」という一文。

先に行ってしまった、という感覚として書かれている。主人公も「狂気の扉」の前に立っている——この設定を、事件と接続させることで一瞬で成立させている。ここで「主人公も危うい」という緊張を読み手が自然に持つ。単なるショッキング描写として使っていない。礎石として使っている。これが「逃げていない」書き方だよ。

冒頭で作品の底が見える。底が深い作品だと確信した。

「狂気の扉」というテーマが最後まで保たれている

途中で希望に反転しない、軟化しない——その誠実さは評価できると思うよ。

主人公自身が「壊れること」に惹かれている。「つまらない現実を離れ、そのすぐ裏側にある別の世界の扉を『開く』」——この誘惑は序盤からずっと続く。それは設定の飾りではなく、物語を読む間ずっと「この主人公はどちらに転ぶのか」という張力として機能する。

「狂気」を美化しすぎず、かといって単純な悪として切り捨てず——両面を持ったまま描き続けることは、難しいんだよ。1996年に、それを選んでいる。「正気きょうき苦痛かいらく現実もうそう正常いじょう理性よくぼう束縛かいほう」という一行がある。対立項を連ねただけの文だが、主人公の世界の見え方がそのまま入っている。

このテーマが最後まで保たれているかどうか——それはクリア後に確認して欲しい。僕が言えるのは「逃げなかった」ということだよ。

「毒電波」——この時代にこの設定を作った

設定の語り口が、独自の現実感を作っている。

毒電波」という言葉がある。他人の脳を電気信号レベルで誤動作させ、思考・感情・行動を支配する能力のことだ。「人間の意志や感情は電気信号の集まりだろう? それを歪め、汚染する」——敵がそう説明する。

「超能力」ではなく「電気信号の誤動作」として語る、この擬似科学的な語り口が独特の質感を生んでいる。完全なファンタジーでも純粋な心理描写でもない場所に、この作品は立っている。「電波系」という言葉の起源がここにあると言われる理由が——読むとわかるよ。

1996年に、これを作った。……それだけで、評価する理由として十分だよ。

深夜の学校という場が持つ重力

雰囲気は演出ではなく、テキストの密度で作っている。

深夜の校舎。誰もいないはずの廊下。生徒会室から漏れてくる声——日常の空間が完全に別の場所に変わる。この転換を、テキストの情報の積み上げだけでやっている。派手な演出でごまかしていない。

瑠璃子屋上で「晴れた日はよく届くから」と言う。「ラジオとおんなじなの」。この台詞が机上論ではなく彼女の確信として届くのは——雰囲気が先に成立しているからだよ。奇妙なことを言っている少女の言葉が、なぜか嘘に聞こえない空気がある。

没入感というのは、テキストが作るんだよ。この作品は、それをやっている。

Hシーンは「逃げていない」——それだけ言っておく

読み飛ばすものではない。

鬼畜系・陵辱系が中心で、快楽として描かれるシーンは少ない。狂気と支配の不快感を描くことを選んでいる——それがこの作品のテーマと整合しているかどうか。それを判断するためにも、全部読む必要がある。

合意として描かれているシーンがどこにあるか、なぜその場面に置かれているか——それは物語を読む文脈の中でしか意味を持たない。詳細はクリア後のレビューで話す。でもここで言えるのは——「快楽描写のための快楽描写」を選んでいない作品だということだよ。

惜しい点——サブルートの薄さ

弱点も正直に。

新城沙織ルートと藍原瑞穂ルートが薄い。キャラクターとしては立っているのに——沙織は恐怖の中でも動じない明るさがあり、瑞穂太田への友情で一貫して動く。その輪郭があるのに、個別ルートで展開しきれていない。瑠璃子ルートとの密度差が大きすぎる。

これが全体を9.0にとどめた理由の一部だよ。瑠璃子ルートだけ切り取れば、もっと高い数字を出していた。……それだけの作品がそこにある、ということでもあるけど。

9.0——闇が本物の作品だよ

「闇があるか」という軸で評価した。

テーマを最後まで持ち続けた、主人公の弱点が物語の核になっている、瑠璃子という存在が設計の全てを体現している——これだけ揃って「闇が本物ではない」とは言えない。サブルートの薄さが全体平均を引き下げているが、それでも9.0だよ。

「長瀬くんもできるんでしょ? 電波の受信」

— 月島瑠璃子

この台詞の意味がわかる瞬間がある。わかった後で——クリア後のレビューを読んで欲しい。瑠璃子が何者で、なぜ屋上にいたのか、月島との関係が何を意味するのか——設計の核心をクリア後に話す。