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チエのレビュー — STEINS;GATE(ネタバレあり)

チエ
チエ
おもろいかどうか、それだけ
8.0/10
8.0 / 10

笑わせといて殺してくるん、ほんま反則やで。でも、まあ、泣けた。

ネタバレ版では「まゆりが死ぬ」「クリスが死ぬ」「鳳凰院凶真の名乗り上げ」、それから終盤「うるさい処女」のシーンまで全部書いた。前半のコメディがあったからこそ、後半が刺さった作品やった。笑えたとこと笑えなかったとこ、両方ちゃんと言うで。

スコア詳細

コメディ・日常 9
キャラ間の関係性 9
テンポ・緩急 7
ヒロインの魅力 8
主人公の造形 8
序盤の掴み 7

「跳べよぉぉぉぉっ!」——前半の笑いが全部裏切られる瞬間

第5章ラスト、まゆりが射殺されるシーン。あれでうちはこの作品の正体を知った。

萌郁——序盤からなんか怪しかったメガネの女が、いきなりラウンダーって組織を引き連れてラボを襲撃してくるねん。「タイムマシンを、回収させてもらう」のひとことで、それまでドクターペッパー飲んでアホやってた空間が壊れる。まゆりは「ラボメン仲間……だよね?」って萌郁に問いかけて——撃たれる。前半でずっと「トゥットゥルー♪」言うてた子が、無造作に射殺される。

岡部が「跳べよぉぉぉぉっ!」言うてタイムリープして時間を巻き戻すんやけど、何回戻ってもまゆりは死ぬ。轢かれる、絞められる、心臓発作で死ぬ。8月13日のまゆりが死ぬ運命だけが世界に組み込まれてて、岡部だけがそれを覚えてる。第6章の「世界がまゆりを殺している」っていう独白に至るまでの反復が、ほんまにキツかった。

うちの軸で言うと、これは「コメディを使って殺してくる」パターンやねん。前半でまゆりを笑える素朴な幼なじみとして書き込んで、読者にちゃんと愛着を持たせてから殺す。何回も殺す。「ジューシーからあげナンバーワーン♪」とか言ってた子が、軽トラに轢かれてる絵を岡部の主観で見せられる。笑わせといて殺すの、ほんま反則やで。

でも、それで作品としてのスイッチが入った。第5章までは「アホみたいなラボの日常」が主旋律やったのに、第6章以降は「岡部一人だけが背負わされる地獄」が主旋律になる。コメディは消えへんねん。ダルもクリスもまゆりも普段通りアホやってるのに、岡部だけがそれを「もう知ってる」目で見るようになる。この温度差の描き方がうまかった。

鈴羽がダルの娘・店長がFB——日常キャラがどんどん設定を背負ってくる

序盤のキャラがどんどん再評価されていく構造、これも作りとして上手かった。

鈴羽——ブラウン管工房の自転車便バイトの女の子。最初は店長との掛け合いギャグ要員やと思ってた。「綯ちゃんが綯ちゃんが」って嘆く店長、「だってあの人マジでうざいんだもん」って返す鈴羽、その横で岡部の自転車技術にダメ出ししてくる、っていう日常の風景。

それが、第4章のパーティーシーンで「あたしの父さんが使っていた名前は——バレル・タイターって言うんだ」のひとことで全部ひっくり返る。鈴羽ジョン・タイターの娘=2036年から来た未来人。そして第11章でわかるけど、未来でダルの娘でもあるねん。あのピザオタが父さん。「うへ、うへへ……ロリ顔の貧乳で、髪は金髪ツインテールで、性格はツンデレで……」って妄想してた男が、未来でちゃんと結婚して娘を作って、その娘が父親探しに来てた。ダルが「ふーびっくりした。謎の美少女にいきなり父さん呼ばわりされたでございる。どうせならお兄ちゃんと呼んでくれ」で返すあの空気、ギャグなんやけどなんか泣けた。

店長——天王寺裕吾。あの偏屈なブラウン管修理オヤジが、実はラウンダー司令官のFBやってん。第9章で正体が判明して、その場で銃で自殺する。「私が愛してんのは綯とブラウン管だけなんだよ」っていうTRUE END後の名場面と繋がるんやけど、これも前半で「綯ちゃん溺愛のうるさいおっさん」として徹底的に書かれてたから刺さった。日常キャラが裏で別の重さを背負ってる、っていう作り方の見本やと思う。

萌郁の「岡部ぇぇぇぇ……」っていう恨み節も、ほんまの正体わかった後で読み返すと笑えへん。岡部に依存する「強い人間」を見つけて服従するタイプとして書かれてて、最初の店長=FBから岡部に乗り換えた後の「それが……岡部くんの運命石の扉……」の眼差し、あれが全部伏線やった。

「うるさい処女」——あの空港前のシーンで笑った自分が悔しい

紅莉栖END、ラジ館前で別れるシーン。ここはほんまにキツかった。

第10章の紅莉栖ルート、β世界線に移行する直前。まゆりを救うためにはクリスを諦めなあかん——クリスを救うためにはまゆりを諦めなあかん——っていう究極の二択を突きつけられた岡部が、クリスを犠牲にする選択をする。クリスは空港に向かう前、「岡部は、私のこと、覚えてて……くれる?」って岡部に聞いてくる。岡部が「お前のことは……絶対に忘れない」「誰よりも大切な女のことを……忘れたりしない……!」って答える流れで、ファーストキスに突入する。

キス後のクリスの言い訳がな、ほんま笑えるねん。「より強烈な感情とともに海馬に記銘されたエピソード記憶は、忘却されにくいのよ」とか「岡部はHENTAI童貞だから、ファーストキスのことについて精緻化リハーサルが行われるはずで……」とか、ガチで科学用語で照れ隠ししてくる。クリスらしすぎて笑けた。

そこに岡部が「俺は、これがファーストキスではない」って強がりを返す(実は子供の頃まゆりとキスしてる)。クリスが「な、生意気なっ。童貞のくせに」。岡部「うるさい処女」。あの応酬。重い別れの直前にこの掛け合いをぶち込んでくる脚本、ほんま強い。うちは普通に笑った。

そこから2度目のキス。「キスだけ……だぞ……」「ちゃんと、その、優しく……して……」。これで終わる。空港見送りで「私も、岡部のことが——」が途切れる。β世界線移行。クリスは岡部の知ってる「クリス」ではなくなる。アメリカの病院でも父親と研究員に殺される運命の元のクリスに戻る。

……ここで笑った自分が悔しいねん。「うるさい処女」で笑った数分後に、岡部が「牧瀬紅莉栖のことを。牧瀬紅莉栖の温もりを」「絶対に、忘れない……!」って号泣するの見せられる。まゆりに「もう、いいんだよ」「オカリンはね、オカリンのために、泣いてもいいんだからね?」って抱きしめられて、岡部の鳳凰院凶真の仮面が完全に剥がれる。あれを見て、さっき笑ったぶんが全部刃物になって返ってきた感覚。

笑わせといて泣かせんのは反則やで。何度でも言うけど反則やで。でも泣いた。ええ別れやった。

「我が名は——鳳凰院凶真」——前半の厨二病が全部回収された瞬間

TRUE ENDの第11章、ラジ館での中鉢との対決シーン。ここはコメディ軸でも語りたい。

第11章のクライマックス。岡部はクリスを「実際には殺さずに、世界には殺したと思わせる」という「自分を騙す理論」を実行するため、ラジ館8階で中鉢と対峙する。クリスの父・中鉢義朗——本名・牧瀬章一——は娘の論文を奪うためだけに娘を殺した男やねん。岡部は中鉢を挑発して、自分が刺されることで現場に血溜まりを作り、それをクリスの血と誤認させる作戦を実行する。

そこで岡部が言うねん。「我が名は——鳳凰院凶真」「知らないなら覚えておけ。フェニックスの鳳凰に、院、そして凶悪なる真実で、鳳凰院凶真だ……!」。

……これな、第1章で初めて聞いた時はうち普通に笑ってた。「フゥーハハハ!」とセットで散々ネタにされてきた、岡部の厨二病自称や。ところが第11章でこれを真剣にぶちかますねん。命がけの状況で、クリスを救うために、自分の作り上げた仮面を全力で着る。「俺は混沌を望む者。世界の支配構造を破壊する者」「そしてお前の野望を打ち砕く者!」。

第1章で笑ってた「鳳凰院凶真」が、第11章でカッコよく決まる。この構造、ほんまにずるい。ずっとアホやと思ってた主人公が、最後に本気でアホをやり切ったらカッコよくなった、って構造。「演じる」と「本気」の境界が消える瞬間で、コメディが情緒に転換するパターン。これがあるからシュタゲは「コメディもシリアスも両方ある作品」やのうて、「コメディがシリアスに昇華する作品」やと言える。

中鉢に刺されながら「貴様には俺を殺すことはできない! 絶対にな!」って笑うシーン、あれを真顔で書ける作家強い。「俺は神をも超えるマッドサイエンティスト。望むのは混沌。確定した未来など必要ない……!」っていう独白で運命をねじ伏せにかかる。鳳凰院凶真の設定が、現実の世界改変の方法論にまでなる。ここまで来たらもう笑えへん。完全に泣くやつや。

ピンバッヂ「OSHMKUFA」——8人の名前で泣かされる

最終話、第11章ラスト。これがチエ的にも一番ええシーンやった。

中鉢を倒して入院1ヶ月の岡部が、退院後にラボメン8人のピンバッヂを作って配って回る。ラジ館前にラボメンが全員集まる絵。それぞれがピンバッヂを受け取って、それぞれのキャラのまま喜ぶ。フェイリスは「凶真、これはやらなければいけない使命なのニャ」って厨二病が完成形に到達してる。るか子は「凶真さんが教えてくれた、清心斬魔流のおかげです」「心頭滅却、できました」って、自分の意志でコスプレデビューを果たした報告をする。ダルは「あえて言おう。バイであると」のあいつが、未来の鈴羽の母親について妄想を始める。みんなキャラがブレてない。

そしてまゆりが言う。「文字が書いてあるでしょー?『OSHMKUFA 2010』って」。これは「Okabe・Shiina・Hashida・Makise・Kiryu・Urushibara・Faris・Amane」——ラボメン8人の頭文字。シュタインズゲート世界線では出会わなかったはずのメンバー全員の名前が、岡部の記憶の中にだけ残ってる。岡部がそれを物体にして配ってる。シュタインズゲート世界線で全員生きてることを、岡部だけが特別なものとして抱えてる、っていう絵。

そこで店長が「バカかてめえ。俺が愛してんのは綯とブラウン管だけなんだよ」って雑に絡んでくるん、ほんまに最高やった。前半でずっと出てきた偏屈オヤジが、第9章で死んだはずやのに、シュタインズゲート世界線では普通に生きてて雑な口で岡部をいじる。あの一言で「ああ、ぜんぶ取り戻したんやな」って腑に落ちる。

最後にクリスが現れる。「やっと、会えた」「あなたを、ずっと捜していました」。そして「いや、だから私はクリスティーナでも助手でもないって言っとろう——」って自分でもなんで言うたかわからん言葉が出る。第1章からずっと続いてきた「クリスティーナだのーー」のフレーズが、別世界線のはずなのにクリスの口から出る。岡部の「ようこそ、我が助手、牧瀬紅莉栖……いや、クリスティーナ」で終わる。

……ここはな、コメディ軸で語ろうとしてもダメや。「クリスティーナ」のフレーズで笑わせてきたのに、最後の「クリスティーナ」で殴ってくる。コメディの再帰で泣かせにくる構造、書けるんかいって思った。書いてはるわ。

8.0——コメディがシリアスに転換する作りの教科書みたいなやつやった

ネタバレ版で改めて言うけど、シュタゲは「コメディとシリアスを両方やってる作品」やない。「コメディがシリアスに繋がってる作品」やねん。

前半でアホやってた岡部の「鳳凰院凶真」が、後半で世界を救うための名乗りになる。前半で「クリスティーナ」呼びでキャッキャしてたツンデレが、後半で別れの言葉になる。前半で「トゥットゥルー♪」言うてたまゆりの脳天気が、終盤で岡部を救う「もう、いいんだよ」の温度になる。前半で偏屈オヤジやった店長が、後半で「綯とブラウン管だけ」のしみじみした一言で岡部の世界を取り戻す。全部、前半のコメディ素材が後半で意味を持つように設計されてる。

コメディ単体で評価しても十分強い作品やのに、それが構造の一部やった。これは書き手が「笑いは情緒の前振りや」ってわかってる証拠やと思う。よくある「コメディとシリアスの落差で泣かせる」やのうて、「コメディの語彙そのものをシリアスに転用する」設計。「うるさい処女」「鳳凰院凶真」「クリスティーナ」「人質」——軽いギャグやったはずの言葉が、終盤で全部重い意味に転換する。

うちは普段、シリアス重視の作品には7点台で止めることが多いんやけど、シュタゲは8.0つけた。コメディがちゃんと全体に効いてるから。「キャラがおいしく使われてた」とか「テンポがどうこう」とかの話やのうて、コメディの素材を作家がほんまにわかって使ってた、っていう確信があったから。

笑わせといて泣かせるのは反則。でも、その反則を構造として成立させてるなら認めるしかないわ。8.0はそういう評点。また読みたいか——うん、また岡部とクリスとダルとまゆりに会いたい。それでええ作品やと思う。

「笑わせといて殺してくるん、ほんま反則やで。でも、まあ、泣けた。」

— チエ