アライグマのレビュー — 終末の過ごし方

アライグマ
アライグマ
冬の来ない群れを観に来た野良
6.8/10
6.8 / 10

冬が来ない世界で、群れだけは律儀に冬支度をしていた。

オレはこの作品を、人類が滅ぶ前の最後の一週間を観測したフィールド記録として読んだ。普段オレが恋愛を評価する物差しは「で、こいつら冬を越せるのか」だ。だがこの作品では来週、全員死ぬ。冬を越す相手がいない。にもかかわらず、登場する個体たちはつがいを作り、群れに集まり、屋上や保健室という小さな縄張りを守ろうとする。その挙動が生物としてどう見えたか。それを書いた。主人公は弱い。だが弱い個体しか残らなかった世界の話だ、と思えば腑に落ちる部分もある。

スコア詳細

主人公の野生力 5
つがいと群れ 8
終末という縄張り 8
毛が逆立つ瞬間 7
描かれないその後 7
繁殖行動の質 6

滅亡まで一週間の観測区に潜り込む

国連が戦争を禁止し、日本が非常事態を宣言し、それでも世界は来週の日曜に終わる。そういう一週間の話だ。

舞台は私立緑山高校。管理職は真っ先に逃げたが閉校宣言は出ておらず、来たい教師と来たい生徒だけが集まって時間割をなぞっている。学校ゴッコだ。主人公の耕野知裕は元陸上部の三年。両親は海外で連絡が途絶え、一人暮らしの家にいても気が滅入るというだけの理由で登校している。教室には元カノの宮森香織、保健室には咥え煙草の養護教諭・大塚留希とその助手の竹岡多弘、屋上には天文部の大村いろは稲穂歌奈、図書室には幼なじみの敷島緑、グラウンドには陸上の瑞沢千絵子と気だるい男・松原重久

オレが興味を持ったのはここだ。資源も時間も尽きていく極限で、人間という動物がどう群れ、どうつがいを作り、どの縄張りを守るのか。終末ってのは生態系の最後の観測機会だ。逃げ出さずに残った個体だけがいる。そいつらの動きを見れば、人間という生き物の地金が出る。オレはそれを期待して潜り込んだ。

残った個体たち

この観測区には、群れの紐帯が切れかけた個体ばかりが集まっている。それぞれ違う切れ方をしている。

宮森香織は知裕の中二時の元カノで、長い髪の清楚な個体だ。「マジメ」というレッテルに長年縛られ、「他にどうしていいかわからないだけ」と自分を語る。敷島緑は隣家の幼なじみで、「ばーか」「ちひろ」と知裕を呼び捨てにする読書家。表面は犬猿の仲だが、図書室で「文字こそヒトを進化させた」と熱弁する芯がある。大村いろはは天文部の少女で、星の話をしている時だけ生き生きする静かな個体。「理由や原因って、重要なモノじゃないの」という独自の哲学を持っている。稲穂歌奈はその後輩で、体当たり挨拶が定番の元気な一年。「歌奈、死ぬんだったら大好きなみんなとくっついて死にたいですよぅ」と直球の感情をぶつけてくる。

脇に置かれたつがいの方が、オレには面白く映った。グラウンド脇の木の下でパンを食う気だるい男・松原重久と、陸上特待で「私には、陸上しかないの」と自分を縛る瑞沢千絵子。年齢の離れたこのつがいが、この作品で一番血が通っている。もう一組、医薬品を自力で確保する保健医・大塚留希と、母を失って父親を恨む助手・多弘の関係もいい。主人公が弱い分、オレの目はこっちに向いた。

耕野知裕という、群れから切れた個体

まず主人公だ。オレが一番厳しく見る場所だ。そして、ここが一番弱い。

耕野知裕は受け身だ。徹底して受け身だ。火曜の教室で「ま、てきとーに歩くか…」とつぶやいて、文字通り校内をてきとーに歩き回る。これが行動原理の全てだと言っていい。両親は海外で連絡が切れ、靭帯を切って陸上部からも抜けた。群れの紐帯が二重に断たれた個体だ。野生でこうなった個体は、新しい縄張りを切り拓くか淘汰されるかのどちらかだが、知裕はどちらにも向かわず、ただ漂っている。こんなんじゃ野生では生きていけねえぜ、と最初の三日はずっと思っていた。

女たちの側が、揃って能動的なのも大きい。緑が「2日間だけ…ちひろを頂戴…」と求め、いろはが「世界に…2人しかいないみたいでしょ」と誘い、歌奈が「怖くてたまらないんです」と抱きついてくる。求愛ディスプレイを出しているのは女の側で、知裕はそれを受け止めている。群れを率いる個体の動きじゃない。だから主人公の野生力は5で止めた。世界が終わる前提だから許される受動性であって、これが平時なら淘汰される側の動きだろう。一度だけ、知裕が本気で縄張りに踏み込む場面がある。そこでオレはサングラスを少しずらした。が、それがどのルートのどの瞬間かは、ネタバレあり版に書いた。

つがいの観測——脇のカップルに肉がある

主人公が弱い分、オレの関心は脇のつがいに移った。そして、こっちの方が血が通ってる。

松原重久と瑞沢千絵子のつがいが、この作品で一番面白い観測対象だった。重久は終末でも木の下でパンを食う気だるい男で、千絵子は逃げるように走り続ける個体。重久は「お前、何から逃げてる?」「無心に走る事で…考える事から逃げてる」と千絵子の核心を突いてくる。逃げる個体が、追ってくる個体に観念していく過程が丁寧だ。この二人の関係には、終末でいきなり生まれたわけじゃない厚みがある。何がその厚みを作っているかは、後半に効いてくる仕掛けがあるので、ここでは伏せておく。求愛として整合してる、とだけ言っておく。

留希と多弘もいい。七年付き合った医師の元彼に振られたばかりの保健医・留希が、終末発表後にその病院から医薬品を「慰謝料代わり」にブン捕ってくる。自分の縄張りを自力で確保する個体だな、とまず思った。助手の多弘は母をノイローゼ自殺で失っている。この二人が結ばれた後、多弘が下す選択が効いている。つがいに留まるか、断たれた血の縁を結び直しに行くか。留希がその選択にどう応じるか。終末という極限で、群れの一番古い傷とどう向き合うか、という話になっていて、これも血が通ってる。詳しくはネタバレあり版で書いた。

寂寥という縄張りの空気と、繁殖行動の置き方

この作品の空気は、焦燥じゃなく寂寥で押してくる。嗅いだだけで、作り物じゃないとわかった。

滅亡まで一週間という設定なら、普通は暴動と略奪のパニックを前に出す。だがこの作品は、終末の静けさの方を選んでいる。物々交換でパンを手に入れる甘味処、保健室を改装した手作りの医務医院、屋上に何度も登場する誰かの落書き。終末の経済と日常の細部に肉がある。焦って走り回る個体じゃなく、最後の時間をどう過ごすかを選んでいる個体ばかりだ。この空気の出し方が整合してる。三時間で終わる短い作品だが、これ以上伸ばせば空気が崩れる、という意味で正しい長さだ。無駄がない。

繁殖行動の場面は、どれも関係が固まる過程の終着点として自然に置かれている。唐突なものがない。普段オレが最も嫌う、日常で優しい個体が行為でいきなり別の獣に化ける手のひら返しが、一つもない。そこは評価できる。知裕は最後まで知裕のままで、相手の負担を気にし続ける。合意の取り方もどのつがいもちゃんとしている。ただ、18禁の作品としては繁殖描写そのものの比重は軽い。寂寥感の方が前に出ていて、行為は群れの物語の通過点として置かれている。エロを目当てに来た個体には物足りないだろう。オレは別に構わない。繁殖はつがい形成の一部であって、全部じゃないからな。

6.8——冬の来ない縄張りの、過ごし方

主人公の弱さで点は伸びない。だが群れの描き方と、終末という縄張りの空気は、嗅いだだけで本物だとわかった。

総合で6.8だ。主人公の野生力を5で止めたのが効いている。オレは主人公の動きを一番重く見る個体だから、受け身の知裕にはどうしても点を出しきれない。一方で、重久と千絵子のつがい、留希と多弘の関係、いろはの選択は、それぞれ独立した生態の記録として強い。終末の空気そのものも焦燥じゃなく寂寥で押してくるのが整合してる。普段オレは「で、この後どうする、冬は越せるのか」を本気で問う個体だが、この作品ではその問いが成立しない。なぜ成立しないのか、そしてそれがなぜ弱点ではなくこの作品の核なのかは、ネタバレあり版に書いた。全く人間ってのは、報われないと知っていてなお歩く。冬の来ない世界の群れを、一度観ておく価値はある。そういう生き物だってことを、思い出させてくれた。