花梨がずるかった。こんな子に恋しないわけがない。
KID製の全年齢恋愛ADV。見習い天使・花梨が卒業試験として「指定した人間を幸せにする」役目で主人公の家に居候する話。読んでいくうちに花梨自身が主人公を好きになっていく——その過程の描き方がずるい。自分の恋心を「病気かな」と思う天使の純粋さに、気づいたら引き込まれていた。双葉の別れのシーンと花梨の告白、この二つのために全部があった。日常シーンの温かみと積み上げた感情の着地が8.0の内訳。
スコア詳細
「泣けるから」って薦められた話
天使が「あなたを幸せにするです」と言ってくれる話。
KIDが2001年にPS1でリリースした全年齢の恋愛ADV——あたしがプレイしたのは2002年発売のWindows版。主人公の椎名は前年に恋人の渡瀬双葉を病気で亡くし、一人暮らしで孤独を抱えて生きている高校2年生。そこへ見習い天使の花梨が突然やってきて居候を始める。花梨の卒業試験は「椎名を幸せにすること」——どちらも思いがけず、試験の枠を超えた感情が動いていく。
友達に薦められてプレイした。「天使ものか」と思ってたら、最初から双葉の死が物語の土台に敷かれてて、そこから始まるんだとわかった。舐めてた。ごめん。
花梨がずるい——「なんで胸が痛いんだろう」から始まる恋
花梨は、自分が恋をしていると気づかない。
「椎名に幸せになってほしいだけです」と言い続けてた花梨が、他のヒロインから「椎名のことが好きなんじゃないの?」と問い詰められても「そんなことないですよ」と答え続ける。その違和感の正体を、花梨本人がわかっていない。
「なんで、胸が痛いんだろう」
このセリフが出てくるのは、花梨が他のヒロインと椎名の距離に嫉妬しているシーンだ。本人は嫉妬だとわからない。「病気かな」と思ってる。恋を知らない天使が恋を知っていく過程が、ここまで丁寧に書いてあるとは思わなかった。
そして風邪で倒れて、椎名に看病される。「こんなに優しくされたら、花梨はどうすればいいですか?」って、自分の気持ちをそのまま独白する。このシーン、あたしはダメだった。なんで看病されてる側が読んでる側を泣かせるんだよ。
家を出るシーン花梨が自分の恋心を自覚したあとの行動が、また花梨らしい。「天使が人間に恋するのはご法度」と知りながら、しかも「椎名の心を乱したくない」と思って——荷物をまとめて黙って家を出る。
花梨の手紙を見た椎名が飛び出すシーン、「花梨!!」って叫ぶ。このあたりからずっとドキドキしてた。椎名が追いかけるとき、ようやく「動いてる」と思えた。
双葉のこと——「じゃ、答えは出てるじゃない」
双葉が、この作品の核心だと思う。
双葉は物語が始まる前に亡くなっている。でも物語全体を通じて、椎名の心の声として存在し続ける。深夜に部屋の中で椎名が「双葉……」と呟くと、どこかから双葉の声が届く。「情けないよ、椎名ぁ。それくらいで弱音を吐いてどうするのぉ」——という感じで、笑いながら椎名を叱咤する声。
この声の使い方が、うまいと思った。双葉がいないのに、双葉の存在感がある。椎名が双葉を引きずっているのが、わかる。
夢の中で双葉に会うシーン終盤、椎名が花梨への想いと「天使と人間」という壁の間で悩んでいる夢の中で、双葉が現れる。
「悩んでも仕方ないよ。椎名は花梨ちゃんが好きなんでしょ」
「天使だろうが人間だろうが花梨ちゃんは花梨ちゃん。そうでしょ?」
「じゃ、答えは出てるじゃない」
……ここで泣いた。泣くとわかってた。わかってたのに泣いた。双葉が「もう私がいなくても寂しくないよね。本当はもう少し傍にいてあげたいけど……」って言って去っていく。椎名が「双葉! 双葉!!」って叫んでも、もう夢の中にいない。
双葉は椎名を好きだった。だから椎名に花梨への想いを確かめて、背中を押して、去っていく。これが別れのシーンだとわかってた。それでも読んでいてきつかった。
「もうこうやって椎名に会うことは無いって事」
「もう、私がいなくても寂しくないよね……」
花梨が地上に残ることを天使界の校長が許可する場面——「花梨君、お幸せに」——のあと、地の文に一行ある。「双葉が起こした最後の奇跡」と。
花梨が椎名の傍にいられたのは、双葉の働きかけがあったから。この一行が、椎名が新しい恋をすることへの双葉の祝福だと読める。
泣いた。この一行だけで泣いた。あーーもう。
「花梨は椎名が好きです」——12月25日のこと
花梨の告白シーン、ここだよここ。
12月25日、クリスマス当日。「今日、天使界に帰るです」と言う花梨に、椎名が追いつく。
花梨は言う。「花梨は椎名に話さないで帰ろうとしました。でも、自分の気持ちに嘘は付けないです」
「花梨は椎名が好きです。椎名の傍にいたいです」
椎名が返す。「オレも花梨が好きだ。一人の女性として」
……待って。ちょっと待って。「一人の女性として」って付け足したんだよ。ずっと「妹みたいだな」とか言ってた椎名が、ここで「一人の女性として」って言うんだよ。やっと気づいたんだってわかる。そっちも泣きそうになった。
「ふにゃ~。嬉しいですぅ!!」
で、花梨がこれを言う。涙を流しながら叫ぶ。もう完全にダメだった。
各ルートの話——花梨ルート以外の正直な感想
花梨ルート以外もプレイした。正直に言うね。
千夏ルート・貴史ルート千夏(篠崎千夏)ルートは、花梨ルートでわかってきた千夏の繊細さがそのまま生きてた。貴史への恋を乗り越えた先に椎名がいる——という流れは自然だと思った。
貴史ルートは少し特殊で、椎名が千夏と貴史の仲を取り持つ「マッチメイカー」になる話。ロマンスじゃなくて友情の結末。これはこれで好きだった。「俺、不器用だからな」の貴史が、不器用なりに千夏に向き合う場面は、二人を応援してたからよかった。
結花ルート七瀬結花のルートは、他とちょっと違う重さがあった。大学1年生で、恋愛に傷ついた過去を持つ女性。内なる分身「香乃」と共存していて、椎名に「救ってほしい」と言える。
「わたしのこと、好き……?」に対して「誰よりも愛してる」と答えてグッドEDになる。香乃が消えて、結花が「ひとりになれた」と泣く。このシーンは刺さった。「誰かに必要とされて初めて自分がひとりになれる」——という逆説がちゃんと書いてある。
理香子ルート榎理香子は高校1年生の後輩で、神社の巫女の家系。中学時代から椎名に片思いしてた子。グッドEDは元日の神社で椎名が「双葉、オレはもう大丈夫だ」と言って終わる。双葉の記憶との和解がエンドのテーマになってて、花梨ルートとは別の角度で同じテーマを扱ってる。
ただ——理香子ルートはボリュームが花梨ルートより少ない。「もっと理香子のこと描いてほしかった」と思った。素材はいい。
初音ルート・真央ルート初音と真央はDC版追加のヒロイン。初音は「双葉に似た容姿の先輩」で、椎名が最初は重ねて見てしまう相手。「最初、初音さんには昔付き合ってた娘を重ねて見てた」と椎名が正直に打ち明けるシーンがあって、そこはよかった。
真央は初音の後輩で、中学時代から片思い。初音が「真央と付き合ってください」と言い出す展開があって、三角関係の解消の仕方がちょっと独特。双方の感情が丁寧に書かれてたとは言いにくいけど、真央が椎名への想いを抱えてきた年数は伝わった。
8.0——「好き」と、「悔しい」
花梨と、双葉が、この作品だった。
花梨の純粋さ。双葉の別れのシーン。「花梨は椎名が好きです」の告白。「双葉が起こした最後の奇跡」の一行。——あたしが泣いたのは全部ここだ。それだけの感情を動かしてくれた作品を、好きと言わずにいられない。
「大事なのは悲しい思い、辛い思いを忘れるのではなく、それらの思いとともに生きていくことだと思うです」——花梨がこう言えるのは、花梨自身が椎名の悲しみと一緒にそこにいたからだと思う。花梨は「忘れろ」じゃなくて「一緒に生きていこう」と言った。この差が、この作品のテーマの全部だと感じる。
悔しいのは——花梨ルートに比べてサブルートが薄いこと。理香子も結花も、もっと描いてほしかった。特に理香子は素材がいいだけに、もっと尺がほしかった。
もう一つは椎名のもどかしさ。感情移入しきってると「動け!」って何度も叫びながら読む時間が長かった。双葉への想いが理由だとわかってからは見方が変わったけど、読んでる最中は辛かった。
8.0。花梨さんがずるかった。本当にずるかった。……好き。
